足裏はミディアムレアで
僕の足の裏には、アメリカが焼き付いている。
文字通り。
小6の夏の終わりだった。
覚えているのは、巨大なマクドナルド、10倍増しのドレッシング、紙コップパスタと、ぺらっぺらのトンカツ、そしてミディアムレアの足の裏だ。
その間に父が暴走し、兄は馬に乗って消えた。
父は口数が少なく、厳格で、短気でせっかちだった。何事も独断で決め、周囲を置き去りにして突っ走るような人だった。特に食には厳しくて、外食した記憶がほとんどなかった。
食に関しては、母も同意見だった。おやつは果物か煮干しかおせんべい。
ビタミンCとカルシウムが、我が家の合言葉だった。
炭酸は歯が溶けると言われ、コーラはテレビの中だけの飲み物だった。
僕と兄はCMを見るたびに羨ましがり、そのたびに母は困ったように溜め息をついていた。
父は何も言わずに、いつの間にかチケットを取っていた。行き先はアメリカのコロラド州。初めて聞く場所に行くぞと言われても、僕と兄は反応に困る。追い打ちをかけるように、母親は体調を崩して、来られなくなった。
いよいよ不安になった。
行きの飛行機ではほとんど眠れなかった。空港に着いた頃には頭がぼんやりしていた。
父が用意していたステーションワゴンに乗り込む。シートベルトを締めると、車はゆっくりと走り出した。ウィンカーを出すたびに、なぜかワイパーが何度も動いた。
「おかしいな」
父は車に文句を言いながら走らせた。
途中、父が車をとめた。
そこにはマクドナルドがあった。
僕は信じられない気持ちで、お店に入った。
父がカウンターで何やら注文し、トレーいっぱいの食べ物と自分の顔ぐらいあるドリンクが目の前に置かれた。眠気がふっとんだ。
ほとんど飲んだことのないコーラにむせた。
憧れだったビッグマックは、
箱の中でレタスが踊っていたが、かき集めてパンに押し込んで食べた。
山盛りのフライドポテトにワクワクしたが、
手がベトベトして、ズボンで手を拭った。
再び車に乗り込んだ。
どこかの十字路を曲がると、見渡す限りの草原と真っすぐな道が広がっていた。
「アメリカは広いだろう」と父は自慢げだ。
僕は適当にあいづちを打って、外に目をやった。
まわりに車は一台も走っていなかった。
しばらく変わらない景色を眺めていたが
突然、遠くからクラクションが聞こえた。
顔を向けると、一台のトラックが真正面から向かってきた。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
その時、父がはっとしてハンドルを切った。
トラックはクラクションを鳴らしながら横を通り過ぎて行った。
「アメリカは、右車線だったな」
父が前を向きながらボソッとつぶやいた。
いつもは冷静な父が間違えたことに気付き、
僕と兄はなぜか嬉しくなった。
「あっぶねー!」
と笑った。
今思えば、この旅は最初から最後までリミッターが外れていた。
危ない目にあわせたお詫びのつもりか、
ただ単に父が食べたかったのか、
その日の夜、ステーキハウスに立ち寄った。
「アメリカのステーキは大きいぞ」
と父は三人分を注文した。
「野菜も食べないとな」
とサラダも追加した。
食事を待っている間、父は珍しく、自分の話を始めた。
昔アメリカに来て、初めてステーキを食べた時の話だ。
高級そうなレストランにジャケットを着て入ったらしい。
1ドルが360円だった頃、当時は2ドルか3ドルでステーキが食べられたらしい。僕らは思わずメニューでステーキの値段を調べた。
10倍近くしていた。
ミディアムレアは発音に自信がなく、ウェルダンにしたとか。
極めつけは、ドレッシングの名前を間違えて
店員に爆笑されたらしい。
当時は珍しかったサウザンド・アイランド・ドレッシングを間違えて、
「テンサウザンド・アイランド・ドレッシング」
と言ったらしい。はっきりと。大きな声で。
「増えてるじゃん!」と兄が吹き出した。
僕も、釣られて笑った。
父は笑われた話なのに、どこか得意げだった。
その日食べたステーキはミディアムレアで、
赤い部分を食べると、ちょっぴり大人の味がした。
ドレッシングは間違っていなかった。
それが少し残念だった。
次の日は、草原にあるコテージに向かった。
そこには僕らより大きな馬が並んでいた。
一人ずつ背中に跨った。
しばらく揺られていると、兄の馬だけがどんどんと道を離れていく。
「バイバーイ」
と茶化すと、兄は片手を上げた。
そのまま草むらの向こうに消えた。
ガイドは肩をすくめて何か言った。
父は気にも留めていないようだった。
そういう問題ではない気がしたが、兄が馬ごと消えていく光景が妙に可笑しかった。
しばらくすると兄は何事もなかったように
戻ってきた。
「どこ行ってたの?」
と聞くと、
「散歩」
とだけ答えた。
兄はいつも動じないのだ。
馬を降りてコテージに戻ると、
激しい夕立ちが降った。
人生で初めて、横に走る雷を見た。
さっきまで岩の上にいたリスは、いつの間にか姿を消していた。
雨も上がり、父が夕食を作ると言う。
「皿がない」
紙コップに入ったトマトパスタらしきものを差し出した。
パスタは伸びきっていて、ぶつぶつ口の中で切れた。
二口で手が止まった。
そういえば家で料理しているのは見たことなかった。僕はここで、父の手料理を警戒することを学んだ。
「せっかく作ったのに食べないのか」とブツブツ言いながら食べ始めた。
しかし、すぐに手が止まる。
「……お腹空いたな」
と何もなかったかのようにつぶやいた。
「日本食が食べたい」と、兄と僕がこれまでのうっぷんを晴らすように強く主張した。父は日本から持ってきたガイドブックと睨めっこし、日本食レストランを見つけた。
「近くにあるぞ」
そう言ったが、道に迷って30分後にようやく着いた。
父が頼もしい口調で「トンカツたのんだぞ」と言うので、僕と兄はうれしくなった。
出てきたのはぺらっぺらの衣だった。
最初は間違えたと思った。
父が店員に確認したが、どうやらこれがトンカツらしい。
ソースもない。ご飯も、味噌汁もなかった。
コテージに戻るころにはクタクタだった。
父は異国の地でも関係なく、当たり前のように靴を脱いで上がった。
僕らもそれにならって靴を脱いだ。
お腹は空いているのに、何も食べる気はしなかったが、靴を脱ぐと、それだけで少しホッとした。
夏とはいえ、コロラドの夜は肌寒く、父は暖房を入れた。床の格子から暖かい空気が吹き出している。珍しくて、しばらく覗き込んだ。
シャワーを浴びて、
パジャマに着替えて布団に入った。
今日一日はいろいろあったなと、思い返しているうちに、いつの間にか眠っていた。
夜中にトイレに行きたくて目が覚めた。
眠い目を擦りながら、月明かりを頼りに、誰も起こさないように、リビングにあるトイレに向かった。
ゆっくりと一歩、また一歩と進む。
次の一歩を踏み出した途端、足の裏からジューッという音がした。
思わず「あああ!」と声が出た。
逃れようと、もう片方の足を踏み出すも、またジューッと足の裏に強烈な痛みが走った。
もう声も出ない。
僕は床に転がった。
父が慌ててリビングに駆け込んできて電気をつけた。
床から熱い空気が吹き出している。
あの暖房だ。
足裏の熱さに耐えながらも、なんとか這いながらベッドに倒れ込んだ。
痛い、痛い、痛い。めちゃめちゃ痛い。
父は急いでタオルを濡らして持ってきた。
僕は仰向けになり、両手で足裏のタオルを押さえた。
父はこまめにタオルを替えてくれた。
朝、目が覚めると、
まだ足の裏がひりひりしていたが
歩けないほどではなかった。
兄は昨夜の騒ぎにまったく気づかず熟睡していた。
話すと、
「見たかったな」
と悔しそうに笑った。
それからようやく、
「足、大丈夫か」
と聞いた。
「もう大丈夫だよ、ほら」
と両足の裏を兄に向けた途端、大声で笑い出した。
僕は薄情な兄を持ったなと首を振った。
兄はツボにはまったらしく、なかなか喋れない。
ようやく、
「ス、ステーキ」
と絞り出した。
「は?」
「足の裏」と指さした。
足の裏を顔の近くに持ち上げると、そこには、昨日食べたミディアムレアのステーキみたいな網目状の焼き目が残っていた。
父も覗き込むと
「まだ赤いな」
と真面目な顔で呟いた。
兄はまた笑い出した。
僕は帰りの飛行機で、母のびっくりする顔を想像しながら、足裏の焼き目が消えないように秘かに願っていた。
そして夏休みが明けたら、クラスのみんなに僕の勲章を見せてこう伝えたい。
「アメリカでは車は右を走り、靴は脱ぐな」
母は足の裏を見て絶句し、学校では爆笑をさらった。
焼き目はいつの間にか消えていた。
それでも父の三回忌に、そんなことを思い出して兄と笑った。
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