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大和ミュージアムサテライトに行ってきました

こんにちは、バリアフリー研究会のSetoです。
先日、家族で大和ミュージアムサテライトに行ってきました。

大和ミュージアムは26年3月末まで休館中

呉市を代表する観光スポットのひとつである
呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)は2025年2月から
2026年3月末まで休館の上、設備改修と展示内容の見直しを中心とした
リニューアル工事が行われています。
そこで、大和ミュージアムの工事期間中でも楽しんでいただけるよう
「大和ミュージアムサテライト」が設けられています。

大和ミュージアムサテライトについて

大和ミュージアムサテライトは呉市内中心部
ビューポートくれの1Fにあります。
呉駅からは改札を出て東に徒歩5分ほど、
川沿いに立つレンガ色のビルに大和ミュージアムサテライトを示す
幕がかかっています。
見学には所定の観覧料が必要です。
障害者手帳等を提示することで常設展観覧料の免除を
受ける場合は、窓口でご提示ください。

館内展示エリアの通路は車椅子・ベビーカーにも十分な広さ。
車椅子の貸出もあります。展示されている図面は、立って見るには
よい高さでしょう。

こちらは、観光情報コーナー
ベンチでひとやすみしながら
次の予定を立てるのもよいでしょう。
車椅子・ベビーカーの貸出は館内用、無料です。

ミュージアムショップもありますが、車椅子で利用するには
少々狭いかもしれません。
多目的トイレは、隣のビューポートくれホテルを利用するとよいでしょう。

1/100戦艦「大和」

入場するとまず迎えてくれるのは、1/100スケールの 戦艦「大和」(模型)
全長2m63cmですから、なかなか大きな模型です。
大和ミュージアムのシンボルである1/10「大和」は26.3m、
実際の戦艦「大和」は263mありました。身近な例でいえば、
東京、虎ノ門ヒルズのステーションタワーが高さ265.75mだそうです。

1/100戦艦「大和」
46cm砲の砲台1基で重量約3000トン。砲台は3つ。(9000トン)
小型軍艦である駆逐艦3隻分

設計図面-いろいろな役割、いろいろなかたち

次に見えてくるのは、航空母艦や巡洋戦艦の設計図(複製)です。
大正、昭和初期の計画図面ですから、現在のようなパソコンも3D CADも
ありません。図面には様々な線や寸法が一面びっしりと
書き込まれています。

これは「G6新航空母艦」という船の図面の一つ。
軍縮条約の制限がある中、1万トン強の船体に90機の飛行機と
大きな20cm砲を6門も載せようという意欲作でした。
飛行機も大砲もよくばった結果、
バランスが悪くなりこの案は採用されませんでした。

軍艦とひとくちに言っても、大きさや役割によって様々です。
主に大砲で戦う巡洋戦艦の甲板には大きな砲台がいくつも並んでいます。
一方、航空機を発着させる滑走路をもつ航空母艦の甲板は、
平らで見通しがよく、さえぎるものがありません。

巡洋戦艦「天城」の船内側面図
巡洋戦艦は、足の速さと攻撃力の強さが特徴で、
砲台のほか、速度を出すために多数のボイラーが搭載されています。
図面の右側(船の前方)には乗組員の居室が多く配置され、
後方には艦隊を指揮する司令長官の部屋が設けられています。
この「天城」は建造途中に関東大震災で損傷し、最終的に建造は中止されました。

また乗組員にとって艦は職場であり、生活の場でもありました。
図面を見ると、ひしめき合う機械や配管の間に兵員室(寝室)や
烹炊所(厨房)、食糧倉庫なども見えます。
厳しい訓練、長い航海で一番の楽しみは食事だったとも言われています。
一見なじみの薄い軍艦の設計図にも人々の営みが見えてきます。

館内中央に置かれている図面閲覧用ディスプレイ
手前のタッチパネルで操作すると大型画面に図面が投影される
タッチパネルは車椅子でも操作しやすい高さ
大型画面には角度がついていて見やすい

展示施設の中央には、設計図面を画面上で見られる装置も設置されており、
スマホ同様、指先で拡大・縮小しながら航空母艦の設計図面を
見ることができます。

零式観測機実物大模型

設計図面を見終えると見えてくるのが、戦艦「大和」にも搭載された
零式観測機の実物大模型です。「観測機」は、大砲の射撃に必要なデータを
集める飛行機です。

翼が2枚の複葉機スタイルがよくわかる一枚
胴体下と翼の下についているのがフロート(浮き)
この飛行機は水面を離発着します。

戦艦「大和」の主砲は約42km先まで砲弾を飛ばすことができます。
でも、水平線より遠くの目標は地球の丸みが影になり見えません。
また、砲弾は飛んでいる間に風などの影響で軌道がずれてきます。
そこで上空から観察してずれを補正するのが「観測機」の役目です。

零式観測機は主として戦艦に搭載するために設計されました。
機体は2人乗りでコンパクトにまとめられ、
海面近くをゆっくり飛んでも安定するよう、複葉機になっています。
また、戦艦には飛行機を飛ばすための滑走路がありません。
発進は艦の上から発射装置で行いますが、
帰ってくるときには水面に降りられるよう
フロート(浮き)がついているのが特徴です。

コクピットは前後に二人乗り
写真は操縦席。機体左側のタラップを上がると
目の前が砲弾の軌道を確認する「観測員」席
その前方が操縦席です。激せま

第二次大戦前まで、日本は航空機の設計・エンジンの製造、
機体の組み立てまで一貫して行える航空先進国の一つでした。
そして呉市には軍艦の建造設備だけでなく、航空機の製造・研究拠点も
あったのです。
リニューアル後の大和ミュージアムでは、航空機に関する展示の
充実が図られるようで今から楽しみです。

呉で建造された艦たち-展示パネル

さて、呉には海軍直営の造船所である海軍工廠が置かれ、
軍艦の材料となる鉄の生産から、艦の組み立てまでを行いました。
壁面パネルでは、呉で建造されたおもな艦が紹介されています。

呉は日本海軍最大の製造拠点でした。
高炉の火は消えてしまいましたが
造船所は現役です。

呉で建造された最初の艦、通報艦「宮古」が完成したのは、
1899年のことです。この頃、日本はまだ海軍の主力となる
大型軍艦の建造を外国に頼っていました。
「宮古」は排水量1800トン、近隣国の軍艦と比べれば小さな艦でしたが、
無線技術も発展途上だった時代に偵察や通信など、
重要な役割を果たした艦でした。
それからたった40年のうちに、全長263m、排水量6万4000トンという、
世界最大の戦艦「大和」が完成したのです。

軍艦や軍用機の設計や運用には当時の国際情勢や、
その国が置かれた社会状況や技術水準が
はっきり現れます。
1945年の敗戦により海軍工廠は閉鎖されました。
その後、跡地に進出した造船所は、世界を結ぶ大型船を次々と送り出し、
製鉄所は70年余りにわたって世界の産業を支えて現代に至ります。
「兵器」という点で様々な意見や考え方はありますが、
当時の日本が大型船や航空機の設計・一貫生産能力を備えていたことは
歴史的にみても大変重要なことです。

小さくても魅力ぎっしり

大和ミュージアムサテライト、本館と比べればサイズは小さいですが
戦艦「大和」や航空機をはじめとする旧海軍の技術と現代のつながりが
よくわかります。とてもよいですね。おすすめですよ。
2000文字以上書いているこの記事が何よりの証拠です。

おみやげ屋さんも寄って呉

大和ミュージアムサテライトには、館内のミュージアムショップのほかに
出入口を出て隣にみやげ処もあります。
こちらの訪問記は同じくバリアフリー研究会のTOMOちゃんが紹介して
くれています。

この夏は、旅の目的地に入れて呉、また次回

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