⑫【拡散希望】19年前の中国旅行日記が面白すぎる!(西安・洛陽)マイミクさんよ、集まれ! -完-
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【西安。2006年7月7日】
ラサでの高地トレーニングを無事終えて、下界に降りてまいりました。
しかし、暑いですね・・・
何度あるんだろう?
38度くらい?
ラサは過ごし易かったです。
夜でも、それほど冷え込みませんでした。
やっぱ汽車の旅は楽ですね。
しかも、出来立てホヤホヤの車体だったので凄く綺麗でした!
ただ、ラサからゴルムドの区間は全車禁煙だったので、ちょっと辛かった…
それにしても、西安はええなぁ~
やっぱ西安好きですね!
がはは。
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●マイミクさんのコメント
≫旅行頑張ってますねー。
中国全土暑いんでしょうか、杭州も蒸し暑くてサウナみたいですよ・・・。
≫西安は特別暑かったように思います。
昼とかホント倒れそうなくらいでしたし・・・
≫西安の焼いた餅をスープに浸して食べるお料理食べました?おいしいですか?
≫旅長くない?(^_^;)
早く上海戻りなさいっ
あのときのあれ、買ってくれよぅ
●便太郎の回答
≫ほんと暑いですねぇ・・・
ラサは良かったなぁ~
≫西安暑い!でも、女の子薄着だから、目の保養に・・・
がはは。
≫食べましたよ!「しゃんしーぱおむー」ってやつですよね?
俺は好きです。
うまい!
≫どのときのどれだよ?
がはは。
もーすぐ上海に帰ります。
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本当に西安の女の子は垢ぬけてて可愛かったんですよ。
チベットから来たので余計そう感じたのかも。
しかも、露出が多い。暑いのでなおさらだったのでしょう。
ウルムチでは、まるで『ハムナプトラ』ような砂嵐に見舞われ、口の中がジャリジャリになった。
カナスでは、電気も水道もない村で、地元の人々と生活を共にするウルルン滞在記体験からのパトカーヒッチ。
新疆では、広大な砂漠で迷子…。
カシュガルからマイミクさんのコメント見て、勢いのみでチベットへ向かい、5000メートルの山越えに高山病。
途中錆びた釘踏んで、ラサでは発熱。
およそ文明生活から久しく遠ざかっていた便太郎…
本当は、成都行ってパンダ基地行って、九塞溝行って…
とかなんとか考えてましたが、
青蔵鉄道のチケットの西安行きが取れた事に運命を感じていた!
あの子に会わねば!!!
その前に…
もうね…
血気盛んな便太郎は、ムラムラがおさまらないんです…
最初に来た時、行った「babyface」へ目の保養に行きました。
目の保養だけで済んだかどうかは…
有料記事【便太郎のおもひでぽろぽろ官能編②】
で公開?
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【洛陽。2006年7月9日】
三度目・・・
昨日の夜行できました。
なんだろーねー
夏休みだからかな?
駅がね、めちゃ混んでるんですよ!
ラサからきたときもそうだったけど・・・
切符買うの一苦労です。
上海行きの切符も買っておけばよかったかな?!
あとで切符買いに行きます。
座席があれば、明日の夜の汽車で上海です!!!
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なぜこの時、またまた洛陽に寄ったんでしょうね?
何故だと思います?
勘の鋭いあなたなら分かったはず!!!
そうなんです。
あの服屋のおねーさんがどうしても忘れられず、
勝手に運命を感じ、電話番号を聞きに、わざわざ寄ったんです。
アホでしょ?
洛陽の青年宮という場所で、
小さな店舗で服を売っているんですが、
突然、現れた便太郎にビックリしてました。
そして何故か、彼女にラサで買った、
ちっちゃいぐるぐる回す、
でんでん太鼓みたいなやつをプレゼント。
その効果かな?そのご利益かな?
見事に電話番号ゲットしたんです。
がはは。
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【洛陽。2006年7月10日】
またまた洛陽です。
だんだん、上海が近づいてきました。
今夜の汽車で上海に戻ります。
さっき、切符買いました。
ハードスリーパー(硬臥)が無くてソフトスリーパー(軟臥)です!
さすがに、無座は無理ですよぉ~
いやー約2ヶ月ぶりの上海です。
なんだか、チベットやウイグルのことが、遠い昔の出来事になってしまったなぁ
また、上海でがんばるぞー!
おー!
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●マイミクさんのコメント
≫いいなぁ、一度は中国行って見たいなぁ。
今日TVで「万里の長城」してたんだよね☆
これからどうするの?
≫凄すぎです!(笑)
何だかレポート見ていて惚れ惚れしました。
≫はやく帰って来てくださいよー。
僕は上海帰って次の日、食中毒になりました・・・
でもやっぱ上海が一番ですよ。メシとか全然旨いし、交通便利だし。
≫Sou Sou Chuugokuno meshiwa.
Tenka ippin dane.
Aa-,,,,, tenihchi nora-men kuitai!!!
≫懐かしいナァ。お金は?
中国の電車はきょう~れつだったけど、又乗りたいなぁ。
桂林行きそびれたし、万里もみてないし。
又上海から行こうかナァ。いつか...。
≫私が誰かわかりますか?
上海にはいつごろお戻り予定ですか?
●便太郎の回答
≫どーもどーも!
コメントありがとうございます。
トップページの写真は上海ですね?
上海仲間じゃないですかー?
これからもよろしくです。
≫しばらく、上海にいる予定なのでいつでも遊びにきてください!
これからどーしよう?
≫今夜の汽車で戻ります!
まっててねー
がはは。
≫今、アマゾンなんだ?
写真凄いね!!!
日本でてからどれくらいったた?
早く、出発地点の上海に戻ってー!
≫いやいや、お金はまだ半分あります、座席が無くて、ソフトスリーパーですよ!快適でした。
がはは。
また上海おいで!
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そして、この日の夜に、奇跡が起こるんですけど…
なんと服屋のおねーさんが見送りに来てくれたんです。
しかも、列車の中で食べてって差し入れまで持って。
なんかドラマみたいな展開ですよね?
彼女は服を仕入れに月1回、
上海の七浦路へ買い出しに行くそうで、
実はこの後、めでたくお付き合いしたんですよ~!!!
いや~青春だったなぁ~!
ちなみにその後、彼女とはお別れし、別々の道を歩むことになりましたが…
今は、他の人と結婚し1児の母となり幸せに上海で暮らしていると、コロナ禍に突然メールが来ました。
こうして5月18日に出発して7月12日に上海に無事帰った。
2か月弱で費用は大体1万元くらい。
左右のポケットに突っ込んだ2万元のうち約半分ちょい使った。
歩くたびにブランブランしていたポケットの揺れも小さくなり、だいぶ歩きやすくなっていました。
この旅行の前。
初対面の人に、
「中国語話せるんですか?」
と聞かれたら
「いや~ちょっとだけ…」
と答えていた。
しかし、この旅行を境にして、
「中国語話せるんですか?」
と聞かれたら堂々と!
「ハイ!話せます!」
そう、答えるようになった便太郎でした!
(マジで、中国語に自信を持ちました)
ひとりで出発した旅ではあるが、
行く先々には生活し、暮らしている人々がいる。
私は前人未到のエベレスト登頂を目指す、
孤独なクライマー(冒険家)ではない。
孤独を感じることもあるが、
現地の人々との出会いやふれあいを通し、
可愛い女の子と出会えることを妄想する、
エロトラベラー(旅行者)であることを、
当時の便太郎は、自覚したのでした。
めでたしめでたし。
おしまい。
ここまで読んで頂き誠に有難うございます。
この物語が当時のマイミクさんたちに届いたらとても嬉しいです。あ!って思った方。是非コメント下さい。そして、どうか当時のマイミクさんに届くように拡散をお願い致します。
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BY 現在の便太郎こと昔の中国のドラえもん

