見出し画像

花の都と罪の奴隷|聖書を愛する営業マン

いつまで私は自分のたましいのうちで思い悩まなければならないのでしょう。私の心には一日中悲しみがあります。いつまで敵が私の上におごり高ぶるのですか。

詩篇13:2

部下からの急な依頼で行くことになった都内の営業先。アクセスを調べて、最寄駅の名前を見て、急に胸がザワザワしてきた。そこは30年以上前、田舎から飛び出してきた18才の自分が最初に住んだ街だった。

代理どうしの商談


部下からの電話は少々慌てた様子だった。

アポイントをダブルブッキングしてしまったので、一方の訪問をお願いできないか、という依頼だった。

たまたまその時間が空いていたから、引き受けることにした。

顧客情報を調べて驚いた。最寄駅が、大学進学で上京した最初の2年間を過ごした街だったのだ。

先方に着くと、アポを取っていた担当者は急用で不在で、代理の方が出てきた。

「お互い代理どうしですね」と笑い合いながら、場が和んだ。

こういうシチュエーションでの商談は、我ながら水を得た魚だと思う。

相手の警戒心をほぐし、潜在ニーズを引き出し、適切な解決策を提示する。喋りすぎず、それでいて的確に。新規開拓にしては上々の手応えで商談を終えた。

しかし、心の半分は、もうあの頃の街に飛んでいた。

カビ臭い6畳の部屋


長渕剛の「とんぼ」に、♪ 死にたいくらいに憧れた花の都大東京〜というフレーズがある。

高校時代、自転車を漕ぎながらこの歌を何度も口ずさんだ。早くこんな田舎を飛び出すんだ、と。

希望が叶い、都内の私立大学に合格して、意気揚々と上京した。

ところが、4人兄弟の長男ということもあって、仕送りは限られていた。

最初の2年間は、最寄駅から徒歩20分、坂道だらけの立地にある6畳一間・風呂なしのアパートだった。

南向きと聞いて喜んだが、窓を開けると隣家の壁がすぐそこにあって、陽はほとんど差し込まない。部屋の中は、常にカビ臭かった。

夜10時過ぎに帰ると、銭湯はもう閉まっているから、コンロでお湯を沸かして流し台で髪を洗った。アトピーが酷いから、これは堪えた。

けれど、それ以上に堪えたのは、心の荒みかただった。

いつも明るく笑顔を絶やさないようにしていたのに、東京に住んでからは、ナメられないように必死に歯を食い縛り、人を見るたびに「敵か味方か」で値踏みしていた。

そして、敵と判断した相手には、攻撃的な態度を取った。ほとんど学校に行かず、バイトに明け暮れた。

花の都の現実は、カビの臭いと他人への敵意で満ちていた。

神を知らないころの自分だ。

罪の奴隷から義の奴隷へ


礼拝で詩篇13篇を聴きながら、ダビデの嘆きが妙にリアルに感じられた。

「一日中悲しみがある」「いつまで敵がおごり高ぶるのか」あのカビ臭い部屋での夜に、もし、詩篇を知っていたら、そのまま自分の言葉として叫んでいただろう。

しかし、ダビデの詩は5節でこう転じる。「私はあなたの恵みに信頼しています」と。

それから10年が過ぎ、私はクリスチャンになった。

しかし、神に感謝します。あなたがたは罪の奴隷であったが、伝えられた教えの規範に心から従い、罪から解放されて、義の奴隷となりました。

ローマ6:17-18


まさに、あのころの私は罪の奴隷だった。

誰かを見れば敵か味方か。傷つく前に傷つけろ。そんな生き方をしていた。

洗礼を受けた日、古い自分にひとつ区切りをつけた。義の奴隷になる選択をした。

劇的な変化ではなかった。でも確かに、何かが変わった。

商談帰りに、地図アプリを頼りにあの坂道を上り、かつてのアパートのあたりを歩いた。

建物は変わっていたが、駅前のミスドは今も同じ場所に構えていた。ポン・デ・リングとカフェオレを注文して、窓の外を眺めながらしばらくぼんやり座っていた。

懐かしさと、恥ずかしさと、感謝が交互にやってきた。

あの荒れた日々がなければ、あの部屋での孤独を味わっていなければ、いまの自分はない。遠回りに見えた道が、気づけば一本の線になっている。

義の奴隷となったいま、あの頃の自分のように、人を信じることができなかったり、心を閉ざしている人に出会ったならば、その人の警戒心を少しでもほぐす力になりたいと思う。

こんな思いにさせられるなんて、それはもう恵みとしか言いようがない。


写真は、そのミスドの店内。改装してレイアウトが変わっていた。大学生の頃は、ここでオールドファッションとメロンソーダが定番だった。ジーンズのポケットに入れて持ち歩いていた文庫本をよく読んでた。鷺沢萠とか江國香織とか原田宗典とか。スマホがない時代の時間の過ごし方だったなと思う。

いいなと思ったら応援しよう!