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エリートの終わりと丁寧な暮らし | 2025-04-22

予言の書と言われている、ピーター・ターチンの『エリート過剰生産が国家を滅ぼす』という本があります。このnoteでも何回か取り上げられている気がしますが、改めて、2020年前後から始まった世界の混乱を説明できる「クリオダイナミクス(歴史動力学)」を提唱している本であります。ターチンの定義では、エリートというのは権力や名誉を求める人としております。お金持ちはそのお金を使い権力を手にする、高学歴はその学力で名誉を求める、といった感じです。そして、本書の内容を簡潔に述べると、「行き場を失ったエリートが増えると、社会は大衆の不満ではなく“エリート同士の内乱”で壊れる」ということです。本の中ではアメリカの南北戦争や中国の太平天国の乱といった事例を引き合いに出しながら、いかにエリートの過剰生産が国家を滅ぼす脅威になっていくのかということが説明されているのですが、まあ詳しくは読んでいただくとして、今日は行き場を失いつつあるエリートたちについて少し考えてみたいと思います。

少し話は逸れますが、日本には就職氷河期世代というものがあります。厚生労働省のサイトの定義によると、1990年代〜2000年代の雇用環境が厳しい時期に就職活動を行った世代を就職氷河期世代と呼び、希望する就職ができず、不本意ながら不安定な仕事に就いている、無業の状態にある、社会参加に向けた支援を必要とするなど、様々な課題に直面している方が多数いる世代のことです。ここに来て政府は政策として就職氷河期世代の支援を検討という発表をしており、今週には関係閣僚会議を設置するとのことです。個別具体的な政策が出てくるのはまだ先のことですし、その頃には世間の景気というものが今より良くなっているという見通しもありませんが、何もしないよりは良いでしょうし、端から期待しないというのも世をすねた態度言うものでしょう。とはいえ、多くの会社が定年を60−65歳に設定している現状では残り十年と少しという期間を巡って何ができるのか、時すでに遅しではないか、というのはその通りだと思いますし、一生浮かばれない世代として後世に語り継がれることは間違いないでしょう。また、ここ数日は、就職難だと分かっていたのだから差別化のために英語を学んだり資格を取得したりすべきだった、その努力をしなかったのだから自業自得である、という話が炎上しておりました。先の定義に照らし合わせれば雇用環境が厳しいという言い方では生ぬるいくらい環境は悪かったという研究も多く出ておりますし、実際に生き残っている人々は口を揃えて、ひどい時代だったと言っており、学生ができるレベルの差別化というので就職が有利になったかというと甚だ怪しいと言わざるを得ないですし、まさに今更どうこう言っても詮無いことなわけです。就職氷河期世代においては、エリートも非エリートも押し並べて不遇であったと言えますし、その世代がまだ政府の転覆を企図して蜂起していないことの方に驚くべきなのかもしれません。

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