お金の不安と
前回の「お金について考えたい」は…
私たちは、不安は消すものだと教えられてきた。感じてはいけないもの、早く片づけるべきもの、できれば持っていないほうがいいもの。
だから、お金の不安を抱えたままの日々に、どこかで失格の印を押してしまう。
でも、本当にそうだろうか。
不安があるから、今日を丁寧に生きている部分もある。
無理をしすぎないように気をつけ、体調の変化に敏感になり、人との距離を考える。もし不安が一切なかったら、もっと雑に、もっと乱暴に生きてしまうかもしれない。
そう考えると、不安は敵というより、過剰に働きすぎた同伴者のようにも見えてくる。
お金の不安は、とくにしつこい。解決したと思っても、形を変えて戻ってくる。環境が変わり、年齢を重ね、立場が変わるたびに、別の顔で現れる。だから、「完全になくす」ことを目標にすると、いつまでも終わらない戦いになる。
ここで、発想を少しだけ変えてみたい。
不安をなくすのではなく、不安がいても呼吸できる状態をつくる。そばにあっても、眠れる夜を増やす。考えすぎている自分に、気づける余白を残す。そのほうが、現実的で、身体にもやさしい。
不安と共存するというのは、諦めることではない。無視することでもない。ただ、不安の言うことをすべて真に受けない、という態度だ。
今すぐ結論を出さなくていい。最悪の未来を、今日決めなくていい。そう言ってあげるだけで、身体は少し緩む。
もし、不安を感じている自分を責めてきたなら、今日だけはやめてみてほしい。不安は、あなたが弱い証拠ではない。ちゃんと考え、ちゃんと守ろうとしてきた証だ。その役目が、少し過剰になっているだけだ。
夜、布団に入ってから不安が顔を出したら、追い払おうとしなくていい。来たね、と心の中で言って、横に座らせる。話しかけなくてもいい。ただ、同じ空間にいることを許す。それだけで、眠りに落ちるまでの時間は、少し変わる。
お金の不安を抱えたままでも、人は暮らしていける。笑うことも、誰かを思うことも、できる。その事実を、何度でも思い出したい。
次は、この不安とともに生きる中で、「それでも私たちは、何を大切にしているのか」という話をしたい。
