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容姿で得をする人生ほど早く消耗する

 「美人は得だ」という命題を、多くの人はなんとなく信じている。
 そして半分は正しい。
 だが残りの半分、つまりその得がどこで請求され、いつ回収不能になるかについては、ほとんど誰も語らない。

 労働経済学者ダニエル・ハマーメッシュは、著書『美貌格差Beauty Pays』のなかで、容姿と生涯収入の関係を大規模データで実証した。
 その結論は身も蓋もない。平均以上の容姿を持つ人間は、そうでない人間より生涯で相当額多く稼ぐ。
 ハマーメッシュの推計では、容姿の格差がもたらす生涯収入の差は数万ドル規模に達する。これは学歴や勤続年数といった要因を統計的に取り除いた後でも残る、純粋な「見た目のプレミアム」である。美貌は、本人が努力して獲得したわけでもない資本として、確かに市場で換金される。

 問題はここからだ。
 この資本には、他の資本にはない致命的な性質がある。
 減価するのである。
 学歴は生涯にわたって効力を保ち、専門技能はむしろ経験とともに増価する。
 だが容姿という資本だけは、年齢とともに市場価値が確実に下落していく。そしてこの下落は、性別によって非対称に設計されている。
 社会学の複数の研究が示すのは、容姿が収入や評価に与える影響が、男性より女性において強く、かつ加齢による減価も女性のほうが急峻だという事実だ。
 男性の場合、年齢を重ねることが「貫禄」や「信頼性」としてプラスに転化されうるが、女性の場合、加齢はしばしば資本の純粋な喪失として処理される。

 ここに、容姿で得をしてきた人生の構造的な罠がある。
 若い頃に美貌のプレミアムを享受してきた人間ほど、その資本に無自覚に依存してしまう。周囲が向けてくれる好意的な反応、下駄を履かせてもらった評価、開いた扉。それらが「自分の実力」なのか「容姿への反応」なのかを、本人が区別できないまま人生が進行する。
 そして減価が始まったとき、────つまり周囲の反応が変わり始めたとき、当人は「なぜ世界が急に冷たくなったのか」を理解できずに混乱する。
 実際には世界は変わっていない。ただ、これまで支払われていたプレミアムの請求書が、遅れて回ってきただけなのだ。
 心理学ではこれを、外的報酬への依存が内発的な自己評価を空洞化させるという枠組みで説明できる。

 さらに酷なのは、この資本が「本人の努力の産物ではない」がゆえに、失われたときに何のスキルも残さないという点だ。
 美貌のプレミアムに頼って生きてきた分だけ、他の能力への投資が遅れる。得をしてきたはずの人生が、長期的には最も脆弱な足場の上に築かれていた、ということが起こりうる。

 実践的な結論は、悲観ではない。むしろ極めて合理的な資産運用の話だ。
 容姿という資本が減価する資産であると正確に認識できれば、対処は明確になる。減価する資産に依存せず、増価する資産――専門技能、人間関係、経験知――へ計画的に配分を移していけばいい。
 若い頃に容姿の恩恵を受けている自覚があるなら、それは「今のうちに、消えない資本を積んでおけ」という早期警告として受け取るべきだ。
 得をしている最中にこそ、その得が有限であることを織り込んでおく。
 これは損得勘定であって、道徳の話ではない。

 美しさが資本であることを否定する必要はない。
 ただ、それが目減りする通貨だと知っている人間だけが、来るべき為替の変動に備えられるというものだ。

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