私の言葉なんて…と思った夜に
夜、ふとスマホを手にして文章を書きかけては、投稿ボタンを押す前に消してしまうことがある。
「こんなことを書いても、誰も読んでくれないだろう」
「私の言葉なんて、意味があるのだろうか」
そう思った瞬間、画面に並んでいた言葉は跡形もなく消え、心の奥に小さな無力感だけが残る。
女性は特に「誰かを傷つけてしまうのでは」「場違いだと思われるのでは」と自分の言葉を抑え込んでしまいがちだと言う。完璧でなくてはいけない、正しくなくてはいけない、役に立たなければならない――そんな無言の圧力が、口を開く前に私たちの声を封じてしまう。
けれど、思い出してほしい。
これまであなたが救われた言葉は、必ずしも完璧なものだっただろうか。
落ち込んでいたときに友人がかけてくれた「大丈夫?」のひと言、雑誌の隅に書かれた短いフレーズ、SNSで偶然目にした見知らぬ人のつぶやき。
それらは決して整った名言ではなかったはずだ。むしろ、不器用で飾り気のない言葉だからこそ、心に届いたのではないか。
「私の言葉なんて」と思うとき、実は私たちは「万人に届く完璧な言葉」でなければならないと誤解している。
しかし本当に必要なのは、たった一人に届く言葉だ。
百人に無視されても、一人の誰かが「あなたの言葉に救われた」と感じてくれたなら、その価値は数字では測れないほど大きい。
自分の言葉に意味があるかどうかを決めるのは、自分ではない。
受け取った相手の心だ。だから「私の言葉なんて」と閉じ込めてしまえば、まだ見ぬ誰かの救いを奪ってしまうことになる。
たとえ反応が少なくても、数字が伸びなくても、そこに意味がないわけではない。静かに画面をスクロールしている人の中には、声を出さないまま深く受け取っている人が必ずいる。
あなたの言葉は、気づかないところで誰かの支えになっているのだ。
勇気を出して投稿ボタンを押す瞬間、その言葉はあなたのものから誰かのものへと変わる。自分の心を守るために閉じ込めていた言葉が、誰かの心を守る力になる。
それは小さな奇跡にすぎないかもしれない。けれど、その奇跡が重なっていくことで、人は支え合い、つながっていくのだろう。
本当の幸せは、数字では測れない。
「私の言葉なんて」と消してしまった文章の中にこそ、誰かを救う力が隠れている。数字に現れない反応、言葉にならない感情。それらは確かに存在し、静かに誰かの心をあたためている。
だから今夜は、その言葉をそっと残してみてほしい。
きっとどこかで、待っている人がいる。
前回の #数字では測れないシリーズ は…
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