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子供に投資する親の自己愛

教育という名のサンクコストと遺伝の残酷な真実

「子供には最高の教育を」
「子供の可能性を広げたい」

 こうした言葉は、一見すると無償の愛に満ちた献身のように聞こえる。
 しかし、少し違った行動遺伝学と経済学の視点を導入すれば、そこにあるのは美しい教育愛ではなく、親が自らの人的資本の失敗を子供に転嫁しようとする、醜悪な自己愛のロンダリングである。

 まず、私たちが直視すべき残酷な真実は、行動遺伝学における家庭環境の影響力の小ささだ。

 数多くの双生児研究が明らかにしている通り、知能や性格、そして学歴や収入といった人生の結果に対する家庭環境の寄与率は、私たちが信じたいほど高くはない。子供の知能の約50%から80% は遺伝によって規定され、残りの多くは「友人関係などの非共有環境」に左右されると言われている。

 つまり、親が血眼になって高額な塾に通わせ、週末を「教育ママ・パパ」として返上したところで、子供の地頭という設計図を書き換えることはほぼ不可能なのだ。

 にもかかわらず、なぜ親は子供に過剰な投資を続けるのか。
 それは、子供が自分自身の延長であり、子供の成功が親としての自分の市場価値を証明する手段になっているからだ。

 親は、自らが人生で果たせなかった「何者かになる」という夢を、子供という名のポーンに託し、教育という名の多額の資本を投下する。これを経済学では「代理消費」と呼ぶ。

 子供が有名校に合格したときに親が感じる快楽は、子供の幸福への喜びではなく、自分の「投資判断」が正しかったという自己愛の充足に過ぎない。

 この投資の最大のリスクは、それが莫大な「サンクコスト」を生むことだ。

 多額の教育費をかけた親は、「これだけ投資したのだから、見合ったリターン(一流企業への就職や、親への尊敬)を出すべきだ」という無意識の債権者意識を子供に抱く。
 これが子供にとっての重圧となり、親子関係を歪ませ、最悪の場合は引きこもりや絶縁といった「デフォルト(債務不履行)」を招くことになる。

 合理的な個人がとるべき戦略は、子供を「自分の所有物」や「将来の年金」と見なすのをやめることだ。

 子供の遺伝的ポテンシャルを冷徹に見極め、本人が望まない過剰な教育投資(=期待値の低いギャンブル)は控え、浮いた資金を自分自身の老後資金や、自分の人生の楽しみに回すべきだ。

 子供のために自分を犠牲にするというのは、裏を返せば「自分の人生に責任を負うのが怖いから、子供の人生に逃避している」ことに他ならないのではないか。

 真に自律した親とは、子供がどのような結果を出そうとも、自分自身の人生だけで完結した幸福を維持できる人間のことだ。
 子供を「投資対象」から「一人の独立した個人」へと解放したとき、初めてそこには、損得勘定を超えた風通しの良い「新しい家族の形」が生まれるのかもしれない。

 あなたは子供の成績に、自分自身の「評価」を重ねて見ていないだろうか。

#令和の人間関係経済学シリーズ

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