お金が足りないと感じる日
前回の「お金について考えたい」は…
お金の不安は、最後まできれいに消えることはなかった。
連載を書き終えようとしている今も、完全な安心が手に入ったわけではない。ただ、ひとつだけ、はっきりしたことがある。
不安があるからといって、生き方そのものが間違っていたわけではない、ということだ。
ちゃんと暮らしてきた。
うまくいかない日もあったし、後悔する選択もあった。
それでも、その都度考え、迷い、立ち止まりながら、今日まで来た。お金が足りないと感じる瞬間があっても、その時間まで含めて、人生だった。
私たちは、いつの間にか「安心していい条件」を厳しくしすぎてしまったのかもしれない。
十分な貯えがあって、先が見えていて、失敗の可能性がなくなってからでないと、落ち着いてはいけないような気がしていた。
でも、そんな条件がすべてそろう日は、ほとんど来ない。
それでも人は、生きてきた。
笑い、誰かを思い、季節を越えてきた。
不安があったから止まっていたのではなく、不安を抱えたまま進んできた。その事実を、そろそろ正当に評価してもいいのではないかと思う。
お金は大切だ。
否定する必要はない。
ただ、お金だけが人生の通知表ではない。残高が少なくても、あなたが重ねてきた時間や、選び続けてきた態度は、どこにも消えていない。見えにくいけれど、確かに残っている。
もし、また不安な夜が来たら、この連載のどこかを思い出してほしい。
あなたは一人ではなかったこと。感じてきた違和感は、間違いではなかったこと。そして、ここまで生きてきたという事実そのものが、ひとつの答えだったことを。
安心は、完成形ではない。揺れながら、戻りながら、何度も作り直すものだ。その過程にいる自分を、失敗だと思わなくていい。途中にいるだけだ。
お金が足りないと感じる日も、きっとまた来る。
でもそのたびに、自分を責める必要はない。今日もちゃんと、生きている。それだけは、確かなことだ。
