流されてみるってけっこう気持ちいいよね
──がんばらない生き方、試してみる?
世の中には、『意志ある者だけが前に進める』という考え方がある。
目標を持ち、自ら舵を握り、流れに逆らってでも前へ進む。それこそが人間のあるべき姿だ――と。
たしかに、そんな生き方はかっこいい。
受験に挑む若者、夢を語る起業家、日々を戦うビジネスパーソンたち。努力し、踏ん張り、計画を立てて人生を切り拓いていく姿には、胸を打たれるものがある。
でも一方で、そうやって進むことがつらくなったとき、
わたしたちはどこに逃げればいいのだろう。
自分の意志で生きることに疲れてしまったとき、“何もしないことが罪のように感じてしまう世界で、ただ流されるという選択肢は、そんなにいけないことなのだろうか。
流されること。それは、怠惰ではなく自然にゆだねることでもある。
川の流れは、誰にも逆らえない。けれど、それに身を任せてみると、思いのほか遠くまで連れて行ってくれることがある。むしろ、無理に泳ごうとして溺れるよりも、浮かんでいたほうが生き延びやすいのかもしれない。
世間は言う。流されてばかりじゃダメになる、と。
けれど、本当にそうだろうか。
流れに身をまかせるということは、今の状況を受け入れ、無理に抗わないということ。ある意味、それは『ちゃんと見ている』という証でもある。
世の中には、流された先でしか出会えないものがある。
あの街にたまたま引っ越したから、あの友人と出会えた。
たまたま面接に落ちたから、今の職場がある。
たまたま読んだ一冊の本が、考え方を変えてくれた。
どれも、意図して選んだ結果じゃない。
けれどそれが、人生を形づくってきた。
わたしたちは、たいてい“自分で選んでいるつもり”になっているだけだ。
思い返してみてほしい。
今のあなたの居場所や人間関係、持っている悩みや喜びの多くは、意図して手に入れたものだっただろうか?
それとも、流されていた先で『たまたま』出会ったものではなかったか?
偶然の積み重ね。それが、人生だ。
だからこそ、偶然に逆らいすぎると、かえって遠回りしてしまうことがある。
流されることは、弱さじゃない。自分で選ばずとも、ちゃんと人生は動いていく。 風が吹くときには、ただそちらに身をまかせればいい。
もちろん、流された先に困難が待っていることもある。
そしてそれは、自分で選んだ道にも、きっとある。
ならば、わざわざ苦しそうな道をえらばなくてもいいじゃないか。
「なんか、最近やる気が出ないんだよね」
そんなときは、無理にやる気を引き出さなくてもいい。
「ちょっと、何もしたくない」
それなら、何もしなくていい。
がんばらない自分を許せるかどうかで、人生の質は変わる。
『流される』というのは、結局のところ『信じる』ということだ。
自分の人生が、多少は勝手にうまくいってくれる可能性を。
あの人の優しさが、今日も世界のどこかに残っていることを。
何もしない日にも、何かがちゃんと動いているという事実を。
そのすべてを、信じるということ。
無理に進まなくていい。無理に抗わなくていい。
それでも人生は、ちゃんと進んでいくから。
そう思えたとき「流されるってけっこう気持ちいい」と思えるものなのだ。
そして、その気持ちよさこそが――
「生きる力」になるのかもしれない。
