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感情が動いたときに数字は動く

 スマホの画面を開くたび、目に飛び込んでくるのは数字だ。
 フォロワー数、いいねの数、アクセス数。赤い通知が点いていれば小さな高揚を覚え、ゼロのままなら胸の奥に重たい影が落ちる。
 私たちは無意識に、自分の存在をその数字に換算してしまっているのかもしれない。

 だが現実は皮肉で、几帳面に正しい情報を並べただけのページほど、人は足を止めない。逆に、少し不格好でも暮らしのにおいが漂う文章の方が、なぜか心をつかんで離さない。

 ある夜、疲れ切った私は冷蔵庫に残っていたトマトとニンニクでパスタを作った。深夜のキッチンで炒める音と匂いに包まれながら、皿に盛りつけた一枚を写真に撮ってSNSに載せた。
 完璧な料理写真を意識したわけでもない。むしろ、あまりに素朴で見栄えもしない一皿だった。ところが、そこに思いがけない数の反応が集まった。
 「わかる、私もそういう夜ある」と、見知らぬ誰かが共感を寄せる。
 結局、人を惹きつけるのは専門知識でも映える構図でもなく、生活の温度なのだろう。

人の心を動かすのは「役立つ」より「自分ごと」だ。
 100人のうち40人が経験する、と書くより「10人のうち4人が悩んでいる」と言った方がぐっと鮮明になる。
 駅から1キロでは遠さが想像しづらいが「歩いて15分」と書けば足の重さを実感できる。数字よりも、体に届く言葉の方がずっと強い。

 さらに、人が誰かに伝えたくなるときには「驚き」が潜んでいる。
 「そうだったのか」という意外性に出会った瞬間、思わず友人にLINEを送り、SNSでシェアしたくなる。その小さな驚きが波紋を広げ、数字は跳ね上がっていく。

 数字が伸びるとは、つまり「伝えずにはいられない感情」が生まれた証拠なのかもしれない。

 忘れてはならないのは、ページの命運を決めるのは冒頭の数行だということだ。人はページを開いて数秒で読むかどうかを決める。
 長い説明を積み重ねるより、「昨日、ふとした一言で泣きそうになった」という始まりの方が強い。そこで心を奪えなければ、最後まで読まれることはない。

 女性が文章を読むのは、日常のすき間時間だ。
 子どもが眠った夜の静けさ、通勤電車で揺れる朝、眠る前にベッドの中でスクロールする数分間。その限られた時間に、冒頭の一言が心に響くかどうかがすべてを左右する。
 わずか数秒で「読みたい」と思わせられるか。
 その境目で、ページの未来は決まってしまう。

 アルゴリズムは変わる。検索順位は上下し、SNSのルールも書き換えられる。けれど「共感したい」「驚きたい」「役立てたい」という人の欲求は変わらない。数字を動かしているのは、外側の仕組みではなく、結局は人間の感情なのだ。

 だから、もし自分の言葉を広げたいと願うなら、まずは「たった一人」を思い浮かべて書けばいい。
 恋人でも、妹でも、親友でも。誰かひとりに届けるつもりで言葉を選ぶ。その言葉がひとりの心に届けば、やがて何百人、何千人へと連鎖していく。数字は、そのあとについてくるにすぎない。

 本当の幸せは、数字では測れない。

 ページの数字が伸びる瞬間とは、魔法でも奇跡でもない。疲れた夜に作ったパスタのように、暮らしの体温をまとった言葉が誰かの心をあたためたときだ。その温かさが波紋となり、やがて数字になって返ってくる。

#数字では測れないシリーズ

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