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包むこと、つづき

幸田文さんにとっては、「包む」が「書くこと」のメタファになっている。同じように「包装すること」を表現の主題としている赤瀬川原平さんの作品が頭の中を横切っていく。それで、図録を取り出して、ぼやっとした頭の中の焦点を合わせみた。



「不在の部屋」展

「不在の部屋」展の中では、椅子、扇風機、何かの箱のようなもの(足置き台?なんだっけ?)が紙でていねいに覆われている。そして、さらにひもで結ばれてもいる。ひもは、椅子の、扇風機の、何か箱のようなもののアウトラインを暴き出している。紙で、ひもで、中身を要約され、念押しされている物体たち。なんと、よく見ると、絨毯までも!がたたまれることなく包装されている。

椅子は、あるだけで、人の気配が充満するのだけれど、包装してひもで結ぶことで、その気配さえ抹消する。

不在が強調され、
そして、全く人は不在になる。
不在が完成する。

時を経てもなお、「不在の部屋」展鑑賞者(わたしのこと)はその包装作品を贈り物として受け取るのだ。
そうやって、赤瀬川原平は贈り物をばらまく。(実は、今もばらまいている。)


図録(赤瀬川原平の冒険(脳内リゾート大作戦)/名古屋市美術館編集)/1995
  「不在の部屋」展/1963年/p.82,83にある。
   p.71には、梱包椅子に座る岡本太郎の写真がある。



「包む」が「書くこと」(幸田文さんの場合)のメタファ

「包む」が「書く」(幸田文さんの場合)表現のメタファだとすると、それが、この間読んだ

『作家はどうやって
小説を書くのか、
じっくり
聞いてみよう!』
青山 南 編訳/岩波書店

という本の中の一文と繋がった。


『パリ・レビュー・インタビューⅠ作家はどうやって小説を書くのか、じっくり聞いてみよう!』『パリ・レビュー・インタビューⅡ作家はどうやって小説を書くのか、たっぷり聞いてみよう!』青山 南著/岩波書店/2015

この本はパリ・レビューのインタビューで、作家たちが肉声で語る、「小説の技術」!(全2冊)とある。顔ぶれがすごくて、ボルヘス、ボウルズ、カーバー、ヘミングウェイも。作家の個性が言葉の端々に感じられて面白い。一冊目の本は、イサク・ディネセンから始まる。それからカポーティ、次がボルヘス、その次にケルアックのインタビューがある。カポーティがケルアックのことを、ノンスタイリストという動物で作家じゃない、汗臭いタイピストだとひどいことを言っている。中でもボルヘスのインタビューが良かった。

一冊目のボルヘスの言葉

ボルヘスの本は読んでいないけれど、名前だけは知っている。不思議な幻想小説を書いている作家さんというイメージがある。

隠喩、メタファについて話しているところが心に残った。(インタビュアーとの話も含めて!)

。。。ほんとにいい隠喩メタファーはつねにおなじである、と。つまり、時間を道に、死を眠りに、人生を夢になぞらえたりしますが、そういったものが文学において大いなる隠喩になってきたのは、なにか本質的なものにつながるものがあるからですよ、なにか隠喩を新らしく作れば、ほんの一瞬はひとをびっくりさせられるかもしれませんが、深く心にひびくということはない。人生を夢だと考えるのは、すでに、ひとつの思想なんですよ、ほんとうの思想なんです、というか、少なくとも多くの人が持ちそうな考えかただということです。。。。

『パリ・レビュー・インタビューⅠ
『作家はどうやって小説を書くのか、じっくり聞いてみよう!』p、58
青山 南著/岩波書店/2015
太字は引用者です。

後日、ボルヘスのインタビューが良かったと
Sさんにメールをすると、
ボルヘスの詩(スピノザについての)
を2編送ってきた。

「包む」が「書くこと」(幸田文さんの場合)のメタファになっているとしたら、赤瀬川さんの包装芸術(なんでも、ぐるりと取り囲んでしまうという)は「表現すること」のメタファになっている。二つのメタファを考えていると、ほんとにいい隠喩メタファーはつねにおなじである、というボルヘスの言葉につながってきて、また赤瀬川さんの包装芸術を考えるきっかけになってくるのだ。


首を振る扇風機、鳴り続けるラジオ

図録(赤瀬川原平の冒険(脳内リゾート大作戦)/名古屋市美術館編集)1995によると、「不在の部屋」展の、椅子、扇風機、何か箱のようなものは、籐椅子であり、扇風機はそのまま扇風機で、何か箱のようなものはラジオだそうである。


Ⅲハイレッドセンターの項目の解説文を読んでいると、

。。扇風機、ラジオ、籐椅子、ジュータンを梱包した作品は、不定形の梱包物から日用品の梱包への展開という意味において重要である。梱包された扇風機は、風を孕みながら首を振り、梱包されたラジオは鳴り続けるといった、梱包によって機能を喪失した日用品の無意味な動作は空虚なユーモアを漂わせているのである。

図録 赤瀬川原平の冒険(脳内リゾート大作戦)/名古屋市美術館編集)/1995
各章解説文/山田諭(名古屋市美術館)


とあって、なるほど、扇風機は紙で包装されても首を振り、四角い箱のラジオは梱包されて音を発していたんだ!


「宇宙の缶詰」、梱包概念も一緒に

さらに読んでいくと、その後の解説文が解かりやすい。HRC「ハイレッド・センター」が、紐、梱包、洗濯バサミの道具の概念をどんどん拡張して「シェルター計画」などのイベントを行い、「宇宙の缶詰」で、梱包概念は一つの究極まで到達したとある。なるほど、「宇宙の缶詰」も缶詰の内側から宇宙を包んでいるということなので、包装芸術なんだと。ただただ面白いと思っていた「宇宙の缶詰」の中には、梱包概念も一緒に詰まっていたんだなあと、図録によって頭の中の靄が取り払われる気がした。



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