撮影記9 祈りの森〜揖斐川町春日美束〜
春日美束
今回は伊吹山の東山麓に位置する岐阜県揖斐川町春日(旧春日村)での撮影記となります。どうぞよろしくお願い致します。
春日の美束(みつか)という地域に、近年地元の方が発見をされた、八つの滝からなる「大平八滝」があることを知り、昨年の夏から数回にわたり動画の撮影に訪れました。
動画は記事の最後に添えてありますので、是非ご覧下さい。

春日という地は、岐阜のマチュピチュとも称される茶畑が広がり、古くよりお茶、また、薬草の産地として知られています。更にその奥深くへと足を進め、粕川源流にある大平八滝を目指してまいりますと、次第に標高が増し、山の気が肌にしみ込んでくるのを覚えます。
ふと聞き慣れぬ鳥の声に振り返ると、野生の鹿が一閃し、その姿はすぐに森の奥へと消え去りました。この齢になるまで、鹿の鳴き声さえ知らぬまま生きてきてしまっていたのか、と自分に少し呆れながらも、この地の自然が持つ雄大な息遣いを直に感じる、それはそんなひとときでありました。
伊吹山は、滋賀と岐阜の境にそびえる霊山でありますが、撮影で出会った記者の方が私に語った「滋賀から見れば、春日はまさに太陽の昇る場所なんですよ」という何気ない言葉がとても印象に残っています。そんな聖なる春日美束の大平八滝への道すがら、ふと「春日森の文化博物館」と記された看板が目に入り、森の中にある文化博物館とは、ちょっと素敵だなと思い立ち寄ってみることにいたしました。
春日森の文化博物館

緑為す「長者の里」の一角にあるこの博物館の入口には、この中沢新一さんの祈りのような言葉が掲げられてありました。
森の探求とは
魂の探求なのだ。
そして私たちの未来は
森の中に隠されてある。
中沢新一さんは、私たち世代にとりましては、大変親しみのある方でいらっしゃいます。
少し、昔の話をさせて頂きますと、40年以上前の中学生の頃、私にはYMOに心奪われた日々がございました。YMOは単なる音楽の一過性の流行に留まらず、時代の息吹そのものを創出し、新たなる価値観を示すかたちで、間違いなく当時の日本文化全体を牽引していたのです。彼らは多くのYMO世代、YMOチルドレンを生み出し、その情熱は後に続く文化、芸術、哲学、工学、テクノロジー、メディアなど、ありとあらゆる分野に計り知れない影響を与えました。そして、中沢新一さんという方も、思えば、(坂本龍一さんにしても、いちいちYMOと思わないように)私にとっては、あの熱狂的なYMOの文脈の中に位置する方でありましたが、そのようなこともすっかり忘れて今なお著作なども普通に拝読させて頂いている方のおひとりであります。
※中沢新一 1950年生まれの宗教学者、思想家。79年よりチベット仏教僧侶に弟子入りし、密教の修行を積む。千葉工業大学日本文化再生研究センター所長。京都大学こころの未来研究センター特任教授 秋田公立客員教授。最近の著作 精神の考古学、構造の奥レビィ・ストロース論など。

ブライアン・イーノのアート。らしいですね。
チベタンダンス
その昭和であった1980年代は、探求したいことを求める手段といえば、専ら著名な人々の言葉に頼るしかほかに方法がありませんでした。彼らの語るところは、書籍であったり、ラジオであり、それこそが世界への扉であったのです。
私にとって、その扉を開いて下さる中心的な人物は坂本龍一さんでありました。音楽、その響きの奥にあるもの、その先に拡がる文化、そうしたものすべてが、幼い私には未知の世界への導きであったのです。そして、坂本さんを通じ、中沢新一さん(当時、中沢さんは細野晴臣さん派、笑)や浅田彰さん(坂本派の中心的存在ですが私には難しすぎました)を知りました。彼らの言葉は、坂本さんの音楽とともに、私の中に新しい問いを生み、世界の見え方を変え下さったように思います。

当時の坂本龍一さんのアルバム「音楽図鑑」は、土着的、民俗文化的なジオグラフィック感に溢れ、中沢新一さんの研究されている、日本で最初のエコロジストである南方熊楠氏の影響を受けていると語られております。
また、「チベタンダンス」という曲も収録され、これも中沢さんのとても有名な著作「チベットのモーツァルト」の影響が明らかですが、この著作は、1959年まで政治的理由で秘密度の高かったチベット仏教の教えを「チベットの原始密教の原始過程と技法に参入し、その世界を解明しようとした最初の試み」であると思想家の吉本隆明氏に評されています。
1980年代前半は、日本が高度経済成長を終えてバブル経済へと突入する時期であり、当時、YMOのみならず、ニューアカディズムやポスト・モダンがファッション、サブカルチャーと結び付けられ大変な話題でありました。今思えばそれは、マスコミ、広告、出版業界の知的エンタメとしての商業的な戦略と申しましょうか、だからこそ、中学生にまで浸透していったわけでもあると思います。また、その旗手のように語られることの多かった中沢新一さん(ご本人の真意はわかりませんが)でありますが、著作などを拝読いたしますと、その世界観、内面世界は、実にそのようなこととは真逆でいらっしゃいました。
最近の「精神の考古学」という名著から個人的にとても好きな部分を一部抜粋します。
ケツン先生(チベット仏教の高僧)はここに私を送りだすときに、こう言った。
「山の中に一人でいると、いろいろな思考や感情が湧いてくるけれども、湧いてくるに任せてそれを眺めて過ごしなさい。怒りの感情が湧いたら、押さえつけずに、湧いてくるに任せ、怒りを我慢しないでどなってもいい。ただそういう気持ちを雲が空を流れるように眺めるようにしていなさい。悲しみも喜びもみんなそうやって心に湧いてくるがままに任せて、ただ雲のように眺めるといい。そうすればそのうち、思考や感情は自分の心そのものでなく、青空のほうが自分のほんとうの心だとわかってくる」

客席、写真手前左から3番目が私。(笑)
中沢新一さんのお名前から、思いもしない方向にこの記事は進んでしまっておりますが、もう少し続きを書いてみたいと思います。(笑)
時代は平成となり、ソ連崩壊、バブル崩壊を経て80年代とは大きく様変わりした1999年。当時、私はとても著名な方の事務所に籍をおきスタッフをしておりました。ある日、日本武道館で開催される坂本龍一さんのオペラ公演「LIFE」の招待券が事務所に届き、上司のご好意で私も連れていって頂くことが叶ったのです。この公演はその後の人生観を変えてしまう程素晴らしいものでありましたが、その公演の三幕目、突如、チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世法王が映像にてご出演になり、
「人は何かの問題に直面すると、その問題だけを見て解決しようとする。しかし、物事というのはあらゆるものが複雑に関わりあっているものです。解決にはその関わり全体を捉えることが大切です。」
と語られました。仏教でいう「縁起の法」、また、南方熊楠氏や中沢新一さんが詳しく研究されている「レンマ理論」ということになろうかと存じますが、その言葉に当時の私は感銘を受け、そしてそれは今でも時折思い出す大切な言葉のひとつとなりました。
物事を要素に分解し、それぞれの関係性を明確にしながら論理を順序立て並べ、組み立て理解する西洋的な思考の特徴を「ロゴス」、一方、物事を個別の要素に分けるのではなく、一つの全体として捉える東洋的な思考の特徴を「レンマ」とする考えがありますが、現代においては、国内外の政治、経済から、普段の個人の生活範囲にいたるまで、世の中の価値観はあまりにもロゴスに傾いていると感じてしまうことがとても多いのです。
例えば、「陰陽」など、相反する要素が調和しながら一つの流れを作るという考え方をもつ、レンマとして物事を捉える習慣があれば、改善される現代の諸問題はとても多いのではないでしょうか。
ロゴス的思考は、先の通り、論理を積み重ねて明確な結論を導く「構築的な思考」ですが、レンマ的思考は、物事を切り分けずに全体のバランスや流れを直観的に捉える「包括的な思考」です。どちらが優れているというわけではなく、両者を組み合わせることで、新しい解決の可能性は広がるのだと考えられます。
しかし、これらをそのまま現実の世界に移し替えるということは容易な業ではありません。この困難こそを詩人的な直観力で我々に語りかけることが、宗教や哲学、思想の役割のひとつであると言えるのかもしれません。
雲のように眺めましょう。

さて、更にそれから、10年の歳月が流れた2009年、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所主催のチベットフェスティバルが東京にて開催され、写真撮影なども自由ということでしたので、それならと安い一眼レフを初めて買って、会場に出向き撮影を行いました。
その時の一枚となります。

チベットのチャムという踊りです。
手の動きで神仏を表現しているそう。
写真なるもの、かねてより自分とは縁遠きものと心得ており、コンテストというものに応募し、世に問う心づもりなど、露ほども持たずにおりました。
しかし、SNSなどなかった当時、ナショナルジオグラフィックのオフィシャルのHPは、誰でも自身のページを持ち、そこで写真を公開したり、また、コンテストなどの告知も行われ、クリックひとつで簡単に応募できるフォーマットになっておりました。撮った写真をアップしクリックするだけならと、そのまま応募し、この写真は入選することとなります。そして、日比谷公園で開催された「ナショナルジオグラフィック地球のいのち展」に展示して頂く運びとなりました。
これは、未熟な私の写真が、ということではまるでなく「地球のいのち」というコンセプトに、チベットの背景や思想が共鳴したということなのだと思います。
しかし、これが自分の写真が世に出る最初の機会ともなり、この出来事を端緒として、そのまま現在に至る制作という仕事に繋がったということになります。
また、 「地球のいのち」というテーマはあまりに大きく、未だ咀嚼しきれないまま、以降、何を制作するにおいても自身の中で、「LIFE 地球のいのち」を通じて物事を考えるということとなりました。

チベットフェスティバルで購入したタペストリー
慈愛
私たちは生まれた瞬間から両親の世話と優しさを受けており、その後病気に苦しみ年老いたときには再び他人の優しさに頼ることになります。人生の始まりと終わりに他人の優しさに頼っているのに、なぜ途中で他人への優しさを怠るのでしょうか
ダライ・ラマ14世法王
と書かれてあります。
長者の里

「春日森の文化博物館」は、中沢新一さん総合監修のもと「長者の里」という美しい森の中に1995年にオープンをされ、今年で30年になられるそうであります。この博物館の学芸員のスタッフの方はとても親切で、この古代の人々の祈りの場所であった大きな岩まで案内をして下さったり、五穀豊穣を祈る「春日の太鼓踊り」に案内をして下さったりと、素敵な思い出も沢山頂くことができました。
館内は、薬草文化や祭り、麻炭焼き、鋼精錬などこの地にまつわる素晴らしい歴史と文化に溢れ、また、様々な作家の方々の個展、コンサート、イベントなどが開催されています。

演者さんの顔がどうしても映ってしまい
動画ではこの正面からの場面はカット致しました。
大平八滝


粕川源流の数百メートルの間に、小ぶりではありますが八つの瀑布を併せ持つ大平八滝。
とても美しい場所でありますが、それらを全て撮影しようとすれば、いくつかの危険な箇所を乗り越えなければなりませんでした。沢を渡り、岩に結びつけられたロープを頼りに身を寄せ、不安定な梯子に足をかけ、一歩一歩苔むした岩を踏みしめながら必死に登り、カメラを回します。
その道中、自然の美しさ、川のせせらぎ、鳥のさえずりといったものは、一切、目にも耳にも入らず、平野部で暮らす運動不足の私に聞こえるのは自らの息づかいと心臓の鼓動ばかりです。
また、撮影前に、この粕川下流で熊に遭遇してしまった恐怖もあり、野生の動物にも注意しなくてはならない場所でもありました。
しかし、そうした危険を潜り抜け、撮影を終える頃には、妙な感慨が心を満たすのです。怖れも、疲労も、ただ新しい経験の輝きのなかに溶けてゆくように感じ、未知なるものへの驚きがただそこにある、そのような感覚だけが残るのです。
祈りの森
森の探求とは
魂の探求なのだ。
そして私たちの未来は
森のなかに隠されてある。
魂という言葉は、少し大げさな気がして、私は使ったことはありませんが、かつて、中沢新一さんが「祈りとは自身の内面に向けて通路を開くようなもの」とお話をされていらっしゃったのが強く心に残っております。
春日美束の森の中で魂の探求をし、森の中にある過去へ、そして過去の中に潜んでいた未来を探求する、今回はそんな柳田國男氏で言うなら「内省の学」、その内省に向けた祈りのような「森と魂の博物館」にはじまる少し不思議な撮影となったように思います。

最後に坂本龍一さんの著作「僕はあと何回満月を見るだろう」の冒頭に書かれてある、坂本さんが音楽を担当されたベルナルド・ベルトリッチ監督の映画「シェルタリングスカイ」での、原作者ポール・ボウルスの映画ラストシーンの台詞をご紹介したいと思います。
人は自分の死を予知できず
人生を尽きぬ泉だと思う
たがすべて物事は数回 起こるか起こらないか
自分の人生を左右したと思えるほど
大切な子供の頃の思い出も
あと何回心に浮かべるか
4〜5回思い出すのがせいぜいだ
あと何回満月をながめるか
せいぜい20回
だが人は 無限の機会があると思う
ポール・ボウルズ
今を大切に。

動画も是非ご覧下さい。
美しい景観と自然音でリラックスして頂いて、そのままお休み頂くためだけのチャンネルです。
今回は、何故だか4Kでのアップロードが上手くいかず、2Kでのアップとなりました。TVなどの大画面でも支障はないと思いますが、お許し下さい。(何度もアップを繰り返すうちに、こちらの記事もその都度長くなりました。笑 ここまでお付き合い頂いたあなた様に心より感謝申し上げます。)
では次回までお元気で。
ありがとうございました。
2025年3月 春日美束にて
