[を] 逃げ出したその先に 前編 /短編小説/
言葉の公園でなにやら声が聞こえた。
か:「濁点(゛)がつくと左肩重くってさー」
は:「左肩にくるよね。私は半濁点(゜)もつくのよ」
ひ:「俺なんか小さい[ゃ行]もついてくるからね。
いつも左に何かいるんじゃないかと思って
しまうよ」
か:「みんな左側を痛めないように気をつけなきゃ
だね」
近くのベンチにいた[を]は思った。
『僕は左側を痛めることはない。
だってついてくれるものがないから。
みんなは濁点や半濁点をお荷物みたいに言ってる
けど、仲良くしてるじゃないか…。
この気持ちを分かってくれる者はいないだろう。
[ん]さんだって[っ]を連れているんだから』
白い塗装が剥げかけたベンチで、[を]は考えていた。
『僕は単語になって他の言葉とくっつくことも
できない。
僕はいつも独りだ』
丸くなった背中をおもむろに伸ばし、天を仰いだ。
いつもと変わらない、ただぼんやりとした色があるだけだった。
『他の言葉のたちを見ると黒いモヤに覆われる。
ここで他の言葉のたちと一緒にいる必要は
ないんじゃないか。
公園を出て、ひっそりと繭になりたい』
[を]は公園を去った。
公園を出ようとする者は灰色の目でジトッと見られる。それがとても気分が悪く、出ていく者はめったにいない。
かつて[ヲ]が出ていったのを覚えているくらいだ。
それでも公園を出た[を]は気分がよかった。
均等な重心を感じながら歩いた。
しばらく歩いていると、透明な壁に当たった。
壁の外はいろいろな色彩を放っていた。
壁に背中を預けて座った。
米粒くらいになってしまった公園が目に映った。
視線を壁に流し込み、公園を背にして横たわった。
いつのまにか眠りに落ちた。
公園に伝書鳩がやってきた。
鳩は手紙と、なにやら筒を持ってきた。
[か]が手紙を読んだ。
か:「【緊急事態[を]を探せ!】
詳しくはこの望遠鏡を見よだって」
ひ:「望遠鏡見せて!」
[ひ]が見た景色は…
街頭ニュース:「本日、日本語格助詞[_]が使用不能になり、全国で大混乱引き起こしています。
意思疎通の困難、ビジネス機能不全に陥り、社会生活に多大な影響及ぼしています」
レシピ:「卵2個、砂糖小さじ1/2、しょうゆ小さじ1/2混ぜます。フライパン加熱し手かざし熱感じられれば、サラダ油ひいたフライパンに流し込みます。半熟状の卵液、ヘラ使いほぐしていきます」
ヒト:「分かるようで分からない…何これ」
説明書:「付属ケーブル、PCのUSB、デバイスのType-Cポート接続してください」
ヒト:「なに_どれに接続すればいいの?」
ヒト:「あれ?[_]が入力できないんだけど」
ひ:「[を]がいなくなって、格段に文章が読みづらく
なってる。説明書なんかは使い物になってない。
PCや携帯からも[を]入力できないらしい」
は:「これはまずいぞ。[を]を探しに行こう」
――後編に続く―ー
