写真は「あ」で撮る
時々「カメラを始めたけれど何を撮ったらいいのかよくわからない」という質問を受けることがある。
好きなものを撮ればいいというのはよく言われることだけれど、日常の景色の中から自分の好きなものを選び取る行為というのは実は結構難しいことだと思っている。
これは駄目、あれは駄目、ここはイマイチ、何かいい被写体はないか……
そんなことを考えながらだとなかなか写真が撮れなくなる。
そして写真は難しいものだと思ってしまう。
私にとって写真は、日常の「あ」を集めていく行為だ。
「あ きれいな空」
「あ 猫がいる」
「あ 誰かの落とし物」
「あ 美味しそう」
内包する意味はそれぞれにせよ、自分が「あ」と思った瞬間にシャッターを切るようにしている。





目が止まったからシャッターを切る、
それくらい写真は気軽なものでいい。
SNSのタイムラインに流れてくる絶景写真。
ある写真がバズると皆が同じ写真を撮りたがり、まるでテンプレートがあるかのようにどこかで見たような写真が大量に流れてくるようになった。
それは自分が本当に好きだと思って撮った写真なのか、それともいいねがもらえそうだから撮った写真なのかと、たまに考える。
人に受けるものじゃなくても、いいねが少なくてもいい。
もっと写真は自分本位でいいと思うのだ。
もちろん他人からの評価がもらえればこの上なく嬉しいことだけれど、それが写真を撮る目的になってしまうのは写真という趣味を楽しむ上でとてももったいないことだと思う。
いつか私がカメラを持てなくなって、今まで自分が撮ってきた写真を並べて写真集をつくるとしたら、他人軸で撮った絶景ばかりの写真集ができあがるより、あのころ自分はこんな景色に感動したのだという記憶が鮮やかに甦るような写真集であってほしい。
だから私は今日も「あ」を集めつづける。


