国宝

著者
吉田修一
出版社
朝日新聞出版
発行
上(青春篇) 2021年9月30日 第1刷
2025年8月20日 第19刷
下(花道篇) 2021年9月30日 第1刷
2025年9月30日 第22刷
感想
今年(2025年 令和7年)を代表する映画と言えば間違いなく「国宝」だろう。6月に公開されてこれを書いている11月22日もまだ上映している。これほどロングラン上映となる映画は久しぶりだと思う。3時間に及ぶ超大作であるにも関わらずリピーターも多いらしい。私は一度しか見ていないが奥さんは二度観ている。私も時間と体力があればもう一度観たいと思うのだが、3時間は長いし、しんどい。 DVDが出るのを待とうと思っている。
私自身、最初はこの映画に興味が無く観る予定も無かったが、先に観た家族(奥さん、長女、長男)が皆勧めるので観に行った。因みに息子は1型糖尿病の私に「糖尿病で亡くなる映画やで。」と言ったので「どんな映画やねん!」と言いながら観に行った。(確かにそういう場面はあるが。)
映画自体は評判通り面白かった。梨園というある意味特殊な世界を描いているが、かなりの稽古を積んだのだろう、俳優の演技が本物の歌舞伎を観ているようであった。(勿論、見る人が見れば本物の歌舞伎とは違うのであろうが。)
ストーリーも間延びすることなく、所々、前後の脈絡が分からなくなる所はあったものの、吉沢亮演じる主人公、立花喜久雄と横浜流星演じる大垣俊介の芸を巡っての葛藤や血を巡るコンプレックス。実力が無くても歌舞伎役者の血族であればそれなりのポジションは与えられる一方、(二代目花井半次郎(渡辺謙)の息子である俊介は実力も秀でているが、それでも喜久雄には劣るという挫折を味わって一時、出奔する。)実力があっても血縁で無い者は端役しかもらえない。(喜久雄は三代目花井半次郎という大名跡を襲名するものの、二代目が亡くなると後ろ盾が無くなりたまの端役しか与えられなくなる。) そんな世界でひたすら己の芸のために全てを犠牲にして、最後は人間国宝になって。
そして何より舞台のシーンの映像が美しく、本物の歌舞伎座の舞台かと思うほどの大迫力であった。恐らく舞台から客席を見るとこの映画のように見えるのだろうと思わせる。(実際に舞台のセットを造ったそうである。)
そんな大作を観た後に原作を読んだのだが…
結論から言うとやはり映画が原作を超えるのは難しいと感じた。あらかじめ断っておくが映画は素晴らしい作品だったと思う。原作の世界観を活かしつつ物語を3時間にうまくまとめているし、間違いなく名画と言っても良いと思う。ただ、やはり言葉は悪いが原作を読むと映画はダイジェスト版という印象は拭えなかった。
例えば喜久雄が徳次と一緒に父親の仇討ちに宮地組組長を襲撃した後、なぜ花井半次郎の所に行くことになったのか。仇討ちは成功したのか?(失敗したのだとは思うが)一緒に居た徳次は?。
喜久雄と一緒に出奔した彰子は喜久雄が梨園に復帰した後はどうなったのか?あるいは女形の人間国宝、小野川万菊(田中泯)がなぜ晩年はボロアパートの一室で一人寂しく暮らしていたのか?など時間の関係もあるのだろうが、映画ではこの辺りが全てカットされていて話の繋がりが分からなかったが、原作ではそれについても細かく描かれており、映画で途切れ途切れになっていた部分を繋ぐことができた。
読み終えてふと思ったのだが、映画を観る前に先に小説を読んでいたらどうだろう。私の場合、映画を先に観てから原作を読んだのだが、初めに小説を読んでいたら果たして上下巻全て読み切っていただろうか?
昨年、初めて歌舞伎(中村勘九郎、七之助)を生で観て、それ以来歌舞伎をよく観るようにはなった。しかし、まだまだ俄かファンに毛が生えたようなものである。何年も歌舞伎を観ていてよく知っているファンの方ならともかく、私のような者や歌舞伎に興味が無い人にとってはいきなり小説から入るのは少しハードルが高いかかも知れない。演目の解説や歌舞伎のしきたりの説明もあるが、それに付き合いながら物語を追うのは意外にしんどく、上下巻を完読するのは難しいかもという気がした。
それならば映画を先に観てある程度頭にイメージを入れた方が歌舞伎のシーンもイメージしやすく本書は読みやすいのではないか。そんな気がした。
全篇読み終えて気が付いた。ブックカバーが二重になっている。オリジナルは上の写真の下側。そして映画化されてオリジナルを残したまま映画のポスター風のブックカバーが上からかぶせられていた。ブックカバーを差し替えるのではなくオリジナルを残してくれているのは良心的だと思った。(朝日新聞は嫌いだが、これはグッジョブと言ってあげたい。)
