短編「観測できない星」
宇宙船「天鏡艦」の中で、二つの影が静かに暗い床に映る。「天鏡艦」は、半永久的に稼働する先進的なテクノロジーを搭載した宇宙船だ。長期航行に耐えられるよう設計されたこの艦は、未知の星々を探し求める機能を備えている。船長ノアと研究者エリカは、未踏の天体を発見するという任務を果たすべく、この艦に乗り込んだ。長い航海を終え、二人はコールドスリープに入るところだった。
エリカがノアに話しかける。
「天体の姿って、過去の光を見ているって知ってる?」
ノアは少し考え込んでから答える。
「過去の光?」
「そう」
エリカはうなずきながら続ける。
「物が見えるってことは、目に届いた光を見ているってことだよね。100光年先の星を見ていると、その星の100年前の姿を見ていることになる。1光年っていうのは、光が1年間かけて進む距離だから。つまり、見えるのはその星の“今”の姿じゃなくて、その光が届くのに100年かかるから、実際には100年前の姿なんだ」
ノアはしばらく黙って考え込んだ後、言った。
「つまり、俺たちが見ている星は、過去の姿なんだな。今はもう消えて存在しない星かもしれないのに、それが見えているってことか。考えてみたら、面白いな」
「そう、ちょっとロマンチックでもあるでしょ」
エリカはにっこりと笑う。
「天鏡艦の望遠鏡なら、性能的には200億光年先の星だって観測できるよ」
ノアは驚きの表情を浮かべる。
「それはすごいな」
エリカは肩をすくめて言った。
「まあ、実際にその距離を観測するのは理論的には不可能だけどね」
ノアは不思議そうに尋ねる。
「どうして?」
「うーん、まあ、眠った後にでも確認してみようか」
エリカは微笑んだ。
二人はコールドスリープの準備を始め、やがて深い眠りに落ちた。
どれほどの時間が経ったのか、二人にはわからない。突然、船内に警告音が鳴り響き、エリカとノアは目を覚ました。周囲が異様であることに気づく。システムが異常を示すデータを表示し、エリカは驚きの表情を浮かべながらそのデータを確認した。
ノアが尋ねる。
「機械の故障で、早く起こされたのか?」
エリカはデータを見つめたまま答えた。
「故障してる。それで、コールドスリープが解けたみたい。でも、この経過時間は……信じられない。こんなこと、あり得ない」
「何が? 予定の100年より長く眠ってたのか?」
ノアが焦りを感じながら尋ねる。
二人は慌てて船のシステムを調べ、エリカは急いで観測望遠鏡を覗き込んだ。すると、エリカは顔を青ざめ、驚愕の表情を浮かべた。
「ノア、見て、これ。200億光年先の星が……」
ノアは少し考え込んで言った。
「それのどこが問題なんだ? 観測できてもおかしくないんじゃないか?」
「200億光年先の星を観測するなんて、あり得ない」
エリカは震える声で言う。
「だって、宇宙は138億年前に誕生したって言われてるの。それなのに、138億光年以上先の星が観測できるはずがないわ。その星は宇宙が誕生する前に存在していたことになってしまう」
ノアは首をかしげながら言った。
「見えるってことは、宇宙が138億年より前に誕生してたってことだろ。学者たちが計算を間違えたのかもしれない」
エリカは冷静に反論する。
「それは絶対にない。以前、私は138億光年以上先の星を観測しようと試みたことがあったの。そのときは何も見えなかった。まったく、何も。つまり、宇宙は138億年以上前に誕生していない。それなのに、今、この望遠鏡で200億光年以上先の星が見える……」
ノアは困惑しながら言った。
「じゃあ、どういうことだ? 一体、何が起こったんだ?」
エリカは深いため息をつき、震えた声で答えた。
「私たち、62億年以上も眠っていたことになる」
【解説】
この話のポイントは、宇宙が誕生したのは138億年前であるため、138億光年以上先の星は観測できないという点です。仮に138億光年以上先に星が存在していたとしても、その星は宇宙誕生以前には存在していないため、観測することはできません。しかし、宇宙誕生からさらに62億年が経過すれば、合計で200億年が経過したことになります。この時点では理論上、200億光年先の星を観測することが可能になるのです。
とはいえ、実際には宇宙は膨張しているため、観測できる範囲は約470億光年先まで広がっていると言われています。私がこの作品を作った当時はその事実を知りませんでした。それでも、後に知ったうえで訂正しなかった理由は、この物語がフィクションであり、話の流れを簡潔かつわかりやすくすることを優先したからです。
また、62億年も壊れない宇宙船など現実的には考えにくいかもしれませんが、フィクションとして割り切り、物語の設定として採用しました。科学的事実から離れた部分も含め、楽しめる物語を目指したのがこの作品です。
