【YouTubeで拾った名曲】『長崎の鐘(あたらしき付き)』
『長崎の鐘』は永井隆医学博士の実録である。
彼は長崎原爆で自らも被爆、妻を失ったが被爆者の救護にあたり、克明な記録を書き残した。
随筆はGHQが簡単には出版を許さなかった。
しかし、日本軍によるマニラ大虐殺についての記録の出版を条件に1949年にやっと許可が出た。
映画『長崎の鐘』はその随筆を映画化したもので、この歌唱は永井博士に捧げられたものである。
作曲は軍艦マーチの古関裕而、作詞のサトウハチローは実弟を長崎原爆で亡くしている。
この録音の末尾には、永井博士の読んだ和歌の「新しき朝」が挿入されている。
これは藤山一郎先生の歌唱に感激した永井博士が、不治の病床で作詞作曲と歌唱を担当した三人への感謝を込めて詠んだもので、それに曲をつけて挿入したものであるという。
永井博士はその二年後、帰らぬ人となった。
ボクは中学校の時に戦後の反戦教育で、日教組教師から原爆の悲惨な話を散々に聞かされ、この曲のことを思った。
サトウハチロー先生は原爆の惨さは一切語らず、
その代わりに永井博士の武器なき闘いと
「人の生きる意志」を表現してみせた。
我々が心に刻むべきは、おそらく醜悪な人間の暴力ではない。
「どこまでも生き抜く勇気」をこそ心に刻むべきであり、
自らの命をも省みず、一命を捧げて人を愛した永井博士の闘いを語り継がなくてはならないのではないか。
ボクはそれを平和教育の作文に書いたところ――職員室に呼び出され、
「日本軍を擁護する軍国主義、危険思想である」
と担任教師に総括された。
それを聞いたボクはこう思った。
この赤色教師は要するに
「核保有国は恐ろしいから逆らうな」
ということを植え付けたいだけなのだ、と。
この者たちこそが、実は我々の敵である。
ボクはそう思っていたかな。
