見出し画像

『わたしは猫のように生きたい。』が映し出した人生観|読了後の書評

以前、「早すぎる書評」として、発売前の段階で『わたしは猫のように生きたい。』について書いた。

その時に感じていたのは、「猫のように生きたい」という言葉が、単なるかわいさや癒しではなく、今の時代を生きる人の疲れや願望に深く刺さっているということだった。

実際に読了してみると、その印象はよりはっきりした。

この本は猫について書かれた本でありながら、実際には、いけちゃん自身の人生観を語った本でもある。

猫という存在を通して見えてくるのは、彼女の価値観であり、物事の見方であり、生き方そのものだった。

1.猫という生き方への憧れ

猫は群れを作らない。
必要以上に他者に合わせない。
自由気ままに見えて、自分なりのルールで生きている。

かつて「ぼっち系YouTuber」と呼ばれた彼女が猫に強く共感する理由も、そこにあるのだろう。

時間や場所に縛られず、自分のペースで人生を歩く。
それは多くの会社員にとって羨望であり、同時に簡単には真似できない生き方でもある。

ただし、本書で語られる猫的な自由は、単なるわがままではない。
他者を拒絶する自由でもない。
自分にとって心地よい距離感を守りながら、それでも世界への好奇心は失わない。

そこに、いけちゃんらしい猫的な生き方がある。

猫への憧れとは、自由への憧れである。
同時に、自分を壊さずに人間社会を生きるための知恵でもあるように感じられる。

2.暇と虚無を知っている人

本書の中で印象的だったのは、鬱がひどかった時代の話である。
暇や虚無が怖かったという。
この感覚には、多くの人が共感できるのではないだろうか。

人は忙しい時には目の前のことに集中できる。
しかし何もすることがなくなると、不安や後悔や将来への恐れが顔を出す。
ある程度の忙しさは、悩む時間そのものを減らしてくれる。

だからこそ、人は仕事や趣味に没頭しようとする。

猫のように自由になりたいと思いながらも、人間は完全な空白にはなかなか耐えられない。
自由には、孤独や虚無もついてくる。

そのことを知っているからこそ、いけちゃんの言葉には妙な現実味がある。
単に「好きなことをして生きよう」という明るい自己啓発ではない。

自由でいたい。
でも、空白は怖い。

その矛盾を抱えたまま、それでも自分のペースを探していく。
この本の温度は、そこから生まれているのではないか。

3.人間観察という趣味

いけちゃんは人間観察が好きらしい。
電車に乗っている人や公園のカップルを見ながら、その人たちの人生を想像するという。

これは興味深い。
なぜなら、人間が嫌いな人は、そもそも他人に興味を持たないからだ。
本当は人間が好きなのではないか。

少なくとも、人間そのものに強い興味を持っていることは間違いない。
本書を読み終えた時、後半で語られる「長生きしたい理由」も、実はここにつながっているように感じる。

普通は、人の長所より短所が先に見えてしまう。
人の優しさよりは醜さにこそ目が向く。
だから社会は生きにくい。

にもかかわらず、いけちゃんは人間という存在そのものへの好奇心が強い。
幼少期に人との接触が少なかったと語っているが、むしろその反動として、今になって人間という存在に強い関心を持っているように見える。

人間社会には少し距離を置きながら、人間そのものは観察したい。
近づきすぎると疲れる。
しかし離れすぎると、今度は分からなくなる。

この距離感もまた猫らしい。

猫は人間にべったり依存しない。
しかし、完全に無関心でもない。
少し離れたところから、じっと見ている。

いけちゃんの人間観察も、それに近いものを感じる。

4.飽きっぽさと行動力

資格取得の話も印象に残った。

建築士をはじめ、いくつかの資格や新しい挑戦に対して、「面白そうだからやってみた」という感覚があるように見える。
そして、目標を達成すると興味が薄れていく。

これはよく分かる。

目標に向かっている最中が一番楽しいタイプなのに違いない。
もちろん、その後の実務には別の面白さがある。
しかし、興味は次の世界へ移っていく。

同じ分野を十年続ければ一角の専門家になれるだろう。
一方で、さまざまな分野を渡り歩けば経験値は横に広がる。
どちらが正しいという話ではない。

人生は有限であり、何を深掘りし、何を捨てるかは結局その人の選択である。
飽きっぽさは欠点にもなる。
しかし、行動力と結びつけば、それは人生の景色を広げる才能にもなる。

いけちゃんの場合、好奇心が頭の中だけで終わらない。

実際に動く。
行ってみる。
受けてみる。
やってみる。

この「すぐ動く力」が、YouTuberとしての強さにつながっている。

5.自立した人間関係

前述した猫的な自由は、人間関係にも表れている。
本書を読んでいて感じたのは、いけちゃんが非常に「自立した人間関係」を好むことだ。

一緒に歩いていても無理に歩幅を合わせない。
離れたら離れたでいい。
しばらくして曲がり角で再び合流する。

この距離感は実に猫らしい。

現代では恋人や友人との距離が近すぎることで苦しむ人も多い。
しかし、本来の人間関係とは、お互いが自立した上で成立するものである。

依存は一時的な安心感を与える。
しかし長期的には関係を壊しやすい。
適度な距離感は、実は関係を長持ちさせる知恵である。

ずっと一緒にいることだけが親しさではない。
離れていても再び戻ってこられる。
その方が、むしろ強い信頼関係と言えるのではないだろうか。

猫的な関係とは、冷たい関係ではない。
相手を縛らず、自分をも縛られない関係である。

6.トラブルを楽しむ才能

旅先での予定不調和が好きだという話も面白かった。

普通なら避けたいトラブルを楽しめる。
なぜか。
おそらくYouTuberだからである。

トラブルは動画のネタになる。
失敗はコンテンツになる。

お笑い芸人も同じだ。
人前で話す仕事をしている人ほど、失敗体験に価値を見出す。
クリエイターにとって最も貴重なのは、新しいネタだからである。

予定通りに進む旅は快適だが、物語にはなりにくい。
予定外の出来事こそ、後で語れる経験になる。

彼女の旅好きは単なる旅行好きではない。
そこには未知の体験を求めるクリエイター気質が表れている。

予定外の出来事を「ネタ」として楽しめる感性は、前回の早すぎる書評で触れた「対話や偶然の中で形になった本」という制作過程とも響き合う。

計画通りに整えられた言葉ではなく、日々の会話や反応や偶然の中から生まれた言葉だからこそ、この本には作り物ではない温度がある。

7.忘れるという生存戦略

嫌なことがあったらどうするか。

寝る。起きる。食べる。そしてまた寝る。
非常にシンプルだ。
しかし意外と本質的でもある。

人間は忘れる生き物だ。
どれほど辛い出来事も時間と共に薄れていく。
また、別のことへ意識を移すことで、心は少しずつ回復していく。

本を読む。
映画を見る。
散歩をする。

目の前の刺激を変えることで、同じ不安を何度も反復する状態から少し離れられる。

無理に前向きになろうとしなくてもいい。
まず眠り、食べて、また日常に戻る。
それだけで救われることもある。

現代社会では「忘れないこと」が美徳のように語られることがある。

失敗を忘れるな。
反省しろ。
成長しろ。

もちろん、それも大切だ。
しかし、人間が生きていくためには「忘れる能力」も必要である。

猫が嫌なことをいつまでも引きずらないように、人間も時には過去を手放さなければ前へ進めない。

忘却は弱さではない。
生きるための機能なのである。

8.歩きながら考える人

いけちゃんは歩くことが好きだという。
歩行は健康に良いだけではない。
脳を活性化させる効果もある。

歴史を振り返れば、哲学者や思想家の多くが散歩を好んだ。
京都には京都学派の哲学者、西田幾多郎が毎朝歩きながら思索に耽ったことに由来する「哲学の道」がある。

歩くという行為は、身体運動であると同時に思考活動でもある。
机の前で考えるだけが思考ではない。
歩きながら景色を見て、風を感じながら考えることで、頭の中の絡まった糸が自然にほどけることもある。

いけちゃんの動画を見ていると、誰かと会話をしているというより、自分自身との対話をそのまま言葉にしているような独特のモノローグが印象に残る。
その語りの強さは、YouTubeで多くの視聴者を引きつけた理由の一つだ。

歩くこと。
考えること。
語ること。

これらが彼女の中では一つにつながっている。

9.生きづらいのに長生きしたい

本書の中で最も興味深かったのは、「超長生きしたい」という話だった。
これは少し不思議である。
彼女自身は人間社会に対して生きづらさを感じているからだ。

それなのに長生きしたい。
なぜか。
おそらく人間そのものに興味があるからだ。

世の中がどう変わるのか。
人はどう生きるのか。
新しい文化や技術は何を生み出すのか。

人生という巨大な物語を、できるだけ長く見届けたい。
そんな好奇心が伝わってくる。

意味もなく山手線を各駅で降りたりする。
海外へふらりと旅に出たりする。
新しいことに挑戦したりする。

その行動の根底には、「もっと世界を知りたい」という欲求がある。
振り返れば、本書を通じて何度も現れるのは好奇心というキーワードだった。

人間観察もそうだ。
旅もそうだ。
資格取得もそうだ。
歩くこともそうだ。

猫への興味ですら、世界を理解したいという欲求の延長線上にあるように感じる。

生きづらいから人生を早く終えたいのではない。
生きづらさを抱えながらも、この世界の続きを見てみたい。
そこに、いけちゃんという人の不思議な強さがある。

10.猫になれなくても

もし本当に猫になれたらどうだろうか。

どれほど猫を観察しても、猫がどのような世界を見ているのか、人間には分からない。
しかし、自分が猫になったらどう生きるかは想像できる。
本書の魅力はそこにある。

猫になる本ではない。

猫という視点を借りて、自分自身の生き方を考える本なのだ。
人間社会では、常に周囲との比較や競争がつきまとう。
学校でも、会社でも、SNSでもそうだ。

しかし猫は違う。

少なくとも人間ほどは、他者との比較を気にして生きていない。
自分のペースで生きている。
もちろん現実の人間社会で、完全に猫のように生きることは難しい。

仕事もしなければならない。
人付き合いもしなければならない。
責任から逃げることもできない。

それでも、考え方だけなら少し猫に近づくことはできる。

周囲に合わせすぎない。
無理に群れようとしない。
嫌なことを引きずりすぎない。
好奇心を忘れない。

本書が伝えたかったのは、そんなことなのかもしれない。

おわりに

前回の「早すぎる書評」で私は、この本が発売前から多くの人の心を引きつけていた理由について書いた。

人間社会に少し疲れた人が増えた時代に、「猫のように生きたい」という言葉があまりにも正直だったからである。

読了後、その印象は変わらなかった。むしろ強くなった。

ただ一つ違ったのは、この本が単なる「猫への憧れ」を語った本ではなかったこと。実際に本を開いてみると、そこにあったのはいけちゃん自身の人生観だった。

自由でありたい。
でも孤独は怖い。

人間関係は大切にしたい。
でも近すぎる関係は苦手。

人間社会は生きづらい。
それでも人間という存在には興味がある。長生きしたい。もっと世界を知りたい。

そうした一見矛盾する感情を抱えながら、自分なりのバランスを探している。だから、この本は多くの人の共感を呼ぶのだろう。

完全な自由人でもない。完全な成功者でもない。

むしろ、多くの人と同じように悩みながら生きている。その姿が見えるからこそ、読者は自分を重ねることができる。

読み終えて振り返ると、本書を貫いていたのは「猫のように生きたい」という願望そのものだけではなかった。

人間を知りたい。世界を知りたい。人生をもっと見てみたい。
そんな好奇心こそが、本書の根底に流れる人生観だった。

人が猫のように(誰かに飼ってもらって)生きることは難しいが、猫のように考えることなら今日からでも始められる。

周囲に合わせすぎない。
無理に群れようとしない。
嫌なことを引きずりすぎない。
それでも、好奇心は失わない。

人間社会のルールに疲れた時、少しだけ猫の視点を借りてみる。それだけで世界は少し違って見える。

そして、この本を読み終えた今、読者それぞれに問いかけてみたい。
あなたが最も共感した「猫的な生き方」は何だっただろうか。

人との距離感だろうか。
好奇心だろうか。
忘れる力だろうか。
あるいは、自分のペースを守ることだろうか。

その答えはきっと人それぞれ違う。
だからこそこの本は多くの人にとって、自分自身を映し出す一冊となるのだと思う。

いいなと思ったら応援しよう!

Replicant | 地政学インテリジェンス よろしければ応援お願いします いただいたチップは、記事執筆・情報収集・図解作成など、より深い分析を届けるための活動費に使わせていただきます

この記事が参加している募集