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【毒親育ちの記録#4 #】誰にも見えなかった私-孤立と絶望-

私は中学3年間、誰にも守ってもらえない環境で過ごした。
家庭にも味方はおらず、学校では完全に孤立。
ここに書くのは、当時の私がどう生き抜いていたかという “現実の記録”。


壮絶ないじめはエスカレートし続け、私は不登校になった。
1年間で100日以上休んだ年もある。

進学のことなんて考えられないほど、自分の置かれた立場が惨めで、毎日が絶望だった。
今思うと、スクールカーストで言うなら最下層。
楽しい記憶なんて一つもないまま、中学が終わった。

出席日数の問題で高校進学は半分諦めていたし、正直どうでもよくなっていた。

そんな時、教師は「私のため」ではなく、自分の実績のために進学させようとしてきた。
仕方なく、同じ中学の子がいなそうな遠方の高校を選び、推薦で進学することにした。

成績は虐めをきっかけに急降下。
誰から見ても普通じゃない状態だったのに、周りは「自分もターゲットにされるかも」という恐怖の方が強く、私は完全に孤立したまま卒業した。

遠い高校へ、毎朝早く起きて通学した。
過去を知らない人ばかりの環境は、景色が違いすぎて、どこか現実味がなかった。

でも、中学の3年間で性格は大きく歪んでしまっていた。
人との接し方も、友達の作り方もわからなくなっていた。
案の定、うまくいかない。

ある日、学校を休んだだけで、母親に怒鳴りつけられた。

「だから高校は行かせたくなかったんだよ」
「どうせ行かないんだから」

耳を疑う言葉だった。

私はサボりたくて不登校になったわけじゃない。
虐められ、行きたくても行けなくなっただけなのに。

私がつまずくと、母親は決まって冷たくなる。
「どうしたの?」なんて、優しく声をかけられた記憶は一度もない。

高校に行かなかったら、どうやって就職するのか。
私の将来なんて、母親は何も心配していない。

母親の最大の関心は、父親の機嫌。
その機嫌を損ねそうなものを徹底的に排除すること。

母親の目には、私は映っていなかった。

そんな時、ある男性と出会った。
初めて「彼氏」という存在ができて、世界が変わった気がした。
救われたように感じていた。


傷はすぐには癒えないし、今も完全には整理できていません。
それでも、こうして言葉にすることで少しだけ前に進める気がします。
読んでくれてありがとうございました。

#毒親 #アダルトチルドレン #トラウマ #虐待 #搾取子 #いじめ #孤独

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