信仰の擁護者チャールズ3世と教会エキュメニズム*「Ut unum sint」(彼らが一つとなるように)
私はイギリス国王チャールズ3世のファンではありませんが、ファンと間違えられるほどチャールズ3世について記事を書いています(笑)
チャールズ3世のバチカン公式訪問
先だってこんな発表がありました。
バッキンガム宮殿は、チャールズ3世とカミラ王妃が10月下旬にバチカンを初の公式訪問すると発表した。
宮殿は9月27日の声明で、国王夫妻は「2025年の聖年をレオ14世教皇とともに祝う」と述べ、カトリック教会にとって「伝統的に25年ごとに祝われる特別な時期」だと指摘した。
宮殿はまた、今回の訪問は「『希望の巡礼者』として共に歩むという記念年のテーマを反映し、英国国教会とカトリック教会によるエキュメニカルな活動を祝うものとなる」と述べた。
英国君主は何度かバチカンを公式訪問していますが、チャールズ王は皇太子時代から頻繁にバチカンを訪問していたそうです。(皇太子として合計5回訪問)

故フランシスコ教皇の体調不良によりキャンセルされた、チャールズ王の国賓訪問と似ている場合は、以下のようなことが予想されています。
チャールズ3世は、英王室と歴史的なつながりがある聖パウロ大聖堂と隣接するベネディクト修道院を訪問し、そののち、システィーナ礼拝堂で「宗教改革」以来初めて、英国君主として教皇とともに公開の祈りを捧げるかもしれません。
これはビッグニュースです!私の中では。
英国王室がローマから分離して以来、初めてのことです。
イギリスの宗教改革は、ヘンリー8世がカトリックのキャサリン・オブ・アラゴンと離婚し、愛人だったアン・ブーリンと結婚(1533年)するために教皇庁から離脱し、イングランド国教会(プロテスタント)を創ったのが始まりでした。
500年前は、現在のように海王星と頂点にした(世界を変容させる)マイナートライアングルが形成されていました。

映画『教皇選挙』や『天使と悪魔』にも登場したシスティーナ礼拝堂は、ミケランジェロが1508年から1512年にかけて描いた天井画と、1535年から1541年にかけて描いた『最後の審判』の壁画が有名です。
チャールズ王の宗教改革?
そして、バチカンからチャールズ王の訪問日が10月23日と発表されました。

現地時間午後12時、レオ14世教皇はシスティーナ礼拝堂で被造物の保護のためのエキュメニカルな祈祷を執り行います。
その後、サラ・レジア(王の間)で環境保護に尽力する個人や団体との会合が行われます。
午後2時45分には、国王夫妻がサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂を訪れ、チャールズ国王に正式に聖パウロのロイヤル・コンフラターの称号が授与されます。
教皇が、外国の元首や王と一緒にシスティーナ礼拝堂で祈ったことは今まであったのか?をAIに訊いてみたところ、公文書や記録は確認できなかったという回答でした。
システィーナ礼拝堂の使用状況
礼拝堂はローマ教皇の公式行事、特にコンクラーヴェ(教皇選挙)の会場として重要な役割を果たしています。
普段は一般信徒向けのミサや宗教的儀式の開催場所としても使用されますが、多くの公式行事では枢機卿や聖職者を中心に行われます。
教皇と外国指導者の祈りについて
提供された情報から、教皇がシスティーナ礼拝堂で多国籍の枢機卿や司祭志望の青年たちと祈る例は記録されています。
例えば、聖ヨハネ・パウロ2世は1985年に約60カ国以上から集まった新求道共同体の青年たちと集まって祈りを捧げました。
しかし、外国の国家元首や政府指導者と共に祈った事例は明示されていません。システィーナ礼拝堂は歴史的に非常に神聖で閉鎖的な空間であり、コンクラーヴェでは外部の人物との接触が厳格に禁止されています。
外国の王が一緒に祈った記録はありますか?
バチカンのシスティーナ礼拝堂で、教皇と外国の国王が一緒に祈ったという具体的な記録は、提供された資料および公的な史料では確認できません。
歴史的に教皇と外国の王が同じ場で公式に祈ったことを示す記録は存在しないとされています。礼拝堂は原則として教皇と枢機卿、教皇庁関係者による宗教行事の場であり、国家元首や外国王族が参加して特定の祈りを共に行った例は報告されていません。
結論
そのため、教皇がシスティーナ礼拝堂で外国の指導者、外国の王が共に祈ったという公文書や記録は確認できません。
通常は教皇、枢機卿、聖職者、特定の宗教的参加者が中心で祈りを行い、外国の政治的指導者が同席する例は少ないと推察されます。国際的な祈りや礼拝はむしろサン・ピエトロ大聖堂や外の広場で行われることが一般的です。
本当にチャールズ王が、カトリック本家のシスティーナ礼拝堂の儀式に参加されたら、これは新たな宗教改革になるかもしれません。

団結と環境*地球の共同管理
当初4月に予定されていた今回の訪問は、フランシスコ教皇の環境回勅『ラウダート・シ』の10周年と重なります。
英国国教会の最高統治者として長年諸宗教間の交流に尽力してきたチャールズ国王は、被造物の保護に焦点を当てた典礼への参加を特に希望しました。この典礼は、システィーナ礼拝堂で、教皇レオ14世とヨーク大司教スティーブン・コットレルが共同で司式します。
今回の訪問のエキュメニカルな雰囲気は典礼にも反映され、聖アンブロシウス・ミラノの賛美歌が英訳で歌われます。
音楽はシスティーナ礼拝堂聖歌隊が担当し、セント・ジェームズ宮殿の王室礼拝堂の聖歌隊とウィンザー城のセント・ジョージ礼拝堂の聖歌隊も参加します。
聖パウロ大聖堂では別のエキュメニカル祈祷会の後、レオ14世教皇とチャールズ王は、教会指導者、経済界関係者、環境保護活動家、国連専門家らと非公式会合に出席します。
「フランシスコ教皇は、すべてのものはつながっており、環境危機と社会危機は共に取り組まなければならないことを、私たちに繰り返し思い出させてくれます。レオ14世教皇もこの姿勢を継続し、更なる行動を起こされています。」

エキュメニズム
「世界教会一致運動」と訳される。
独立したキリスト教の諸教派を一致させようとする運動を指す。
キリスト教相互のみならず、より幅広くキリスト教を含む諸宗教間の対話と協力を目指す運動のことを指すこともある。
エキュメニカル運動では、プロテスタントと正教会が加わる世界教会協議会(WCC) が長年取り組みを続け、カトリック教会も第2バチカン公会議(1962年 - 1965年)を経てこれに呼応し、近年では特に、カトリックとプロテスタントのルーテル教会、聖公会の取り組みが成果を挙げている。
活動のレベルとしても、教派を越えた信徒レベルの対話や交流から、ローマ教皇やコンスタンディヌーポリ総主教、モスクワ総主教のような高位の聖職者・教役者を交えた教派間の対話まで様々な活動が世界各地で行われている。
チャールズ王への特別な栄誉
聖パウロ大聖堂のロイヤル・コンフラター
新約聖書の筆記者である使徒パウロに由来します。
聖パウロ大聖堂とベネディクト会修道院は、かつて7世紀のサクソン王たちがローマに資金を提供して聖ペトロと聖パウロの墓の維持を行ったことに遡る、英国王室からの後援を受けていました。
チャールズ王は、「聖パウロのロイヤル・コンフラター」という称号を正式に授与されるそうです。
聖パウロのコンフラターとは、カトリックの「聖パウロ修道会」のことで、ロイヤルがついているので「聖パウロの王室兄弟」という意味です。
名誉会員みたいな感じなんでしょうね。
チャールズ王はカトリック教徒ではないので、「聖パウロ修道会」の司祭に任命されることはないはずですが、そのような噂もあります。
この特別な栄誉は、英国王室とバシリカおよび修道院の関係を強調しています。


チャールズ王の紋章とラテン語の碑文「Ut unum sint」が刻まれた特別デザインの椅子が作られており、チャールズ王及び後継者(ウィリアム皇太子ほか)が将来また訪問されるときに使用するために聖パウロ大聖堂の後陣に永久に置かれるそうです。ぜひ、その椅子を公開してほしい。公開されたらここに画像を貼りますね。

ホーリー・トリニティ(三位一体)をイメージさせるデザインと思いました。

バッキンガム宮殿は、これを「国家元首としてのレオ14世教皇と陛下の間の相互尊重の永遠の証」と称し、バチカンはこれを英国君主との「栄誉と精神的連帯の象徴」と表現しています。
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「Ut unum sint」(「彼らが一つとなるように」)は、イエス・キリストが十字架刑の前に「すべての信者が一つとなるように」と祈った時の言葉です。(ヨハネ福音書17章21節「イエスの祈り」)
サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂
名称は「城壁外の聖パウロ大聖堂」の意味。


教皇のメダリオンと世界の終わり
大聖堂の内部で最も印象的なもののいくつかは、壁に並ぶ265の大きなメダリオンです。
すべての教皇に 1 つありますが、最新の教皇のみが正確に表現されている可能性が高いことに気付くかもしれません。聖ペテロから教皇フランシスコまで、身廊の中に立ったまま教皇庁の線をたどることができます。
伝説によると、別の教皇勲章を置く余地がなくなると、世界は終わりを迎えるでしょう。 本当かどうかは別として、少なくともあと8人の教皇を収容するのに十分なスペースがあることを恐れる必要はありません。


聖パウロ大聖堂には、ローマの教皇大聖堂にある 4 つの聖なる扉のうちの 1 つがあります。ジュビリーの年(2025年)にのみ開かれ、救いと許しへの道を象徴しています。
ジュビリーの年に聖なる扉を通り抜ける巡礼者は、カトリックの伝統における重要な精神的恩恵である全礼の免罪符を受けることができると言われます。

ベネディクト修道院のガーター勲章の紋章


バチカンによると、「注目すべきは修道院の紋章に英国で最も権威のある勲章の一つであるガーター勲章の記章が含まれていること」だそうです。
実際、現在のセントポール修道院の紋章には、1344年または1344年にウィンザー城に設立されたガーター勲章のフランス語のモットーが刻まれた剣の盾の周りに革のストラップがあります:Honi soit qui mal y pense(英語:「悪を考える者は呪われてください」)。
修道院とイギリスの君主とのつながりは、サラセン人がパウロ修道院を訪れ、使徒ペテロとパウロの墓を崇拝し、彼らの埋葬地を守っていた大聖堂に、時には非常に貴重な贈り物を捧げたサラセン人の襲撃の時代にまでさかのぼることができます。
そして、中世後期にイギリスの主権者が聖パウロ大聖堂の保護者の機能を行使したのは、この宗教的関係のおかげである可能性があります。


チャールズ3世のホロスコープ
2022年10月23日にヴィーナススターポイント(VSP)が天秤座29度で起きたことを21日の新月の記事に書きましたが、チャールズ3世は月が牡羊座30度にあるのでVSPとは180度になっていました。
その2日後、10月25日は蠍座2度で日食でしたので、印象深く覚えています
王位継承1位で当然王になるべく生まれ、そのお役目を果たす時が来たことを象徴していました。
(エリザベス女王が崩御されたのは、2022年9月8日と発表されています)
時代が変わり、母と同じような統治の仕方はできなくなっていく中で、彼は彼の考えで彼なりの方法で王室を守っているのでしょう。
チャールズ3世の本心はわからないので、想像ですが(苦笑)
前回、天秤座でVSPが起きたのは150年前だったとか。しばらく天秤座ではVSPが起きていませんでした。
金星は、愛情や美、喜び、自尊心、価値観(お金、物質を介して)を司どるほかに、天秤座では正義、公平さ、調和を好みます。
チャールズ王がエキュメニカル運動に熱心なことは、戴冠式にも現れていました。


「陛下、信仰の隣人として、私たちは無私の奉仕の価値を認めています。
私たちは、感謝の気持ちを込めて、あらゆる信仰や信条を持つ人々と団結し、共通の利益のためにあなたに奉仕します。」
戴冠は英国国教会の長になるという意味もあり、「霊的な祭司」(精神世界を司る)になるということだと私は解釈していましたので、今回のバチカンの特別待遇も納得です。
星の上からは、チャールズ王の統治は2026年がピークに見えるので、2027年にはウィリアム皇太子が戴冠するのではないかと思っています。
Ut unum sint 彼らが一つになるように
そして明日の21日の新月は、天秤座28度で起きます。
「世代から世代に伝達可能な知識に到達するための、人類の広大で忍耐強い努力」

ネットによれば「時代遅れの二人の老人」ですが(笑)、2000年の歴史を持つがバラバラになってしまったキリスト教をひとつにしようと取り組んでいるのです。統一できたらすごいことです。
私はキリスト教徒ではありませんが(前世はがっつりキリスト教徒だったので)、うまく行けばいいな素直にと思っています。

父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。
彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。
あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。
わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。
