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2025年9月末の駐仏大使の転落死と南アフリカ警察スキャンダル

2025年9月30日に南アフリカの大使が、パリで転落死したニュースがありました。

駐仏南アフリカ大使、パリのホテル敷地で遺体で発見 前夜に妻にメッセージ - CNN.co.jp

遺体で発見されたのはヌコシナティ・エマニュエル・ムテトワ大使。
検察の声明によると、妻が9月29日に行方不明届けを出した。
妻が最後に姿を目にしたのは午後4時半前で、「カクテルパーティーに出席する予定だった」という。

遺体で発見の駐仏南ア大使、生前は複数の汚職疑惑に直面(1/2) - CNN.co.jp

ナティ・ムテトワ氏氏は2023年12月に南アの駐仏大使に就任。それ以前には警察相やスポーツ・芸術・文化相を歴任した。
また国会議員も務めた他、南アで開催された2010年のサッカー・ワールドカップ(W杯)では現地組織委員会の理事にも就いていた。
しかしムテトワ氏の輝かしい公職人生は、汚職疑惑にまみれてもいる。生前の本人はこうした疑惑を否定していた。


南アフリカ大使の転落死

ナティ・ムテトワ氏は、ICJで南アフリカのイスラエルに対する大量虐殺訴訟の原動力となった南アフリカ国民会議(ANC)の幹部でした。

南アフリカ、イスラエルが「ジェノサイド行為」と国際司法裁に訴え - BBCニュース


アフリカ国民会議(ANC)は、アパルトヘイトに反対することで知られる解放運動として始まり、アパルトヘイト後の最初の選挙でネルソン・マンデラが南アフリカ大統領に選出されました。

フランス警察の捜査によると、ムテトワ氏は9月27日~9月28日の滞在予定で、その2週間前の9月15日にハイアット・リージェンシー・ホテルを予約していたが、その日には到着せず29日に予約が延期されていました。

パリのローレ・ベクオー検察官は、彼の遺体は火曜日の現地時間午前11時30分に警備員によって下の中庭で発見されたと発表した。
「部屋の窓の安全装置が、現場に残されたハサミで無理やり開けられていた」、「闘争の痕跡や薬物や麻薬の痕跡は見つからなかった」と説明した。
ムテトワ氏は自ら死を招いたように見えるが、法執行当局は捜査を進める方針で、「事実関係の解明に資する証拠を収集する」とも述べた。

南アフリカの国営放送局の発表によると、野党議員のカール・ニーハウス氏は「ナティ・ムテトワ氏の死は自然死ではなかった」と考えており、それは「明らかに不審な状況下で起こった」と信じているという。

南アフリカ政府とフランスは、ムテトワ大使の通信記録を非公開にしており、事件の真相は解明されていません。

AFPファクトチェックに対し、家族はムテスワさんの死に関する捜査は、別途通知されるまで未解決のままであると考えていると語っているそうです。


この事件について南アフリカについての人たちのXを覗いてみると、多くの人が自殺説を否定、中にはムテトワは生きていて失踪している(自殺するような性格ではなく、汚職の追求から逃れるために死を偽装した)と信じている人も多かったです。

勝手な推測ですが、汚職に関与した別の人物がムテトワ氏を口封じしたか、ムテトワ氏がその人物を脅迫していたのかもしれません。
ほんとうに投身自殺したのであれば、よっぽどの危機が迫っており、秘密を墓場まで持って行ったのかもしれません。


在任中に死亡した南アフリカ共和国国会議員のリスト

1988年にパリで暗殺された南アフリカの政治活動家ダルシー・セプテンバー


ムテトワ氏について

ムテトワ氏は駐パリ南アフリカ大使の着任する以前は警察大臣や芸術文化大臣の要職に就いていました。


ムテトワ氏が警察大臣(任期2009年~2014年)だった2012年8月のマリカナ虐殺を主導したと言われています。この時にストライキ中の鉱山労働者34人が警察に銃殺されました。

マリカナ鉱山は、イギリスの鉱物資源メジャーであるロンミン (Lonmin plc) が運営するプラチナ鉱山で、主要株主はグレンコアです。

ロンミンは、2019年6月10日、シバニエ・スティルウォーター(本部は南アフリカにある)に買収されました。
グレンコア・ピーエルシーは、スイス・バールに本社を置く鉱山開発及び商品取引を行う多国籍企業で、登記上の本社はタックス・ヘイヴンとして知られるイギリス王室属領のジャージーに存在します。

FIFAワールドカップ2010
またムテトワ氏は、南アフリカで開催された2010 FIFAワールドカップの地方組織委員会の理事でした。

アメリカの検察当局の起訴資料によれば、南アフリカで行われた2010年のFIFAワールドカップをめぐり、南アメリカ側からFIFAのジャック・ワーナー元副会長側に1000万ドル(およそ12億円)の賄賂が渡っていたと言われています。


ジャック・ワーナー氏は、トリニダード・トバゴの政治家、実業家で、2011年に停職と実質的に解任されるまで国際サッカー連盟(FIFA)副会長および北中米カリブ海サッカー連盟(CONCACAF)会長を務めました。2015年、チューリッヒにおけるFIFA年次総会の前にワーナーと数名のFIFA職員が逮捕され、「有線通信不正行為、ゆすり、マネーロンダリング」の罪で告発されました。

南アフリカではFIFAワールドカップの招致に向けて、かつてアパルトヘイト闘争をリードしたマンデラ元大統領を投入してロビー活動を行いました。
2004年のFIFA理事会にてワーナー氏らが南アフリカに票を投じ、その結果、モロッコなどを退け、開催地に南アフリカが選ばれました。

さらに、南アフリカ側からワーナーらに対しての「謝礼」について、南アフリカ政府の公的資金から出すのは難しいと判断し、代替手段としてFIFAから南アフリカに供与されることになっていたFIFAワールドカップの開催国への援助金を転用する方法で、ワーナー側に対して謝礼が渡されていました。


南アフリカの武器取引

ムテトワ氏はジェイコブ・ズマ前大統領(任期:2009年~2018年)の側近であり、ズマ大統領が副大統領在任中(1999年~2005年)からの高レベルの汚職疑惑(武器取引)に関与していたと言われています。

ジェイコブ・ズマ汚職容疑
南アフリカの武器取引(1999年~)

ズマ前大統領は、後述するUAEで逮捕されたが引き渡しされなかったグプタ一族と密接な関係があります。


1999年12月、ネルソン・マンデラ政権において、南ア政府は約300億ランド相当のコルベット、潜水艦、練習機、戦闘機、ヘリコプターの調達について欧州諸国と契約を結びました。
資金調達の取り決めと為替レートの変動により、契約の実際の費用は2020年10月にようやく支払い終わったそうです。総支出額は公表されていません。

当初からこの武器取引は多方面から批判され、しばしば詐欺、汚職、賄賂、組織的活動、マネーロンダリングなどによって、少なくとも3人の元閣僚と2人の元大統領(タボ・ムベキ、ジェイコブ・ズマ)が、この契約から不当に利益を得たとして告発されています。

しかし、ほとんどは立証も起訴もされておらず、有罪判決を受けたのは元ANC院内幹事とズマ前大統領の財務顧問のみですが、ズマ元大統領と武器取引の下請け業者の1つであるフランスのタレスに対する刑事訴訟が進行中と言われています。


フランスとの関係

1961年から1974年の間、フランスは南アフリカ最大の兵器供給国でした。

南アフリカからの制裁と投資撤廃を求める国際的な圧力が高まる中、フランスは秘密の方法(武器生産を南アフリカにアウトソーシングし、南アフリカと秘密協定を結んだ第三国を利用する)で武器輸出を続けました。

また、南アフリカの核研究と兵器計画に多大な支援を提供しました。ケーベルク原子力発電所
南アフリカは、フランスを含むいくつかの西側諸国、特にアメリカの協力により、70年代の終わりに6発の核爆弾を開発しています。


タレス・パリ本社


タレスについては他の記事でも書いていますが、重要だと思うのでまた書きます。

タレス(Thales S.A.)は、フランスの大手電機企業であり、航空宇宙分野、防衛分野、交通システム分野、セキュリティ分野での情報システムと各種サービスを提供しています。
前身は、1868年創業の「トムソンCSF」という名前でしたが、2000年にイギリスの防衛機器メーカー「Racal Electronics plc」を吸収合併した時に、社名を「タレス」(Thales)に変更しました。

2002年、フランスの造船会社DCN(1631年に創立された。現在の名前はナバルグループ)がと合弁会社Armaris(アルマリス)を設立しました。


ところでDCNについては前の記事でも書いた「カラチ事件」に関係したアゴスタ90B級潜水艦を造った企業です。

有料記事のため詳しく書けませんが、「カラチ事件」は大規模な軍事スキャンダルでした。

2007年3月、DCNとタレスはフランス政府の承認を得て合併しました。

タレスの株はフランス政府26.4%を所有、2010年までヴェオリアのCEOだったアンリ・プロリオ氏(サルコジ氏とも縁が深い)が社外取締役を務めるフランスの軍用機メーカーダッソー・アビアシオンが25.3%を占めています。

フランスの政治経済には、アンリ・ブロリオ氏と、サルコジ氏の大親友ヴァンサン・ボロレ氏、そしてヴェオリア、タレス、ダッソーが必ずと言っていいほど出てきます。

タレス社は世界中で活動しており、イギリスやアメリカはもちろんの事、アジアではオーストラリアや中華民国(台湾軍)及び日本の自衛隊の国際共同開発にも参加しています。


マクロン大統領が南ア訪問、2国間関係の強化を約束(フランス、南アフリカ共和国) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース - ジェトロ

2021年5月28日に南アフリカを初めて公式訪問したマクロン大統領は、シリル・ラマポーザ大統領との首脳会談に臨み、アフリカ諸国のコロナ19ワクチンの生産と普及を支援すると明らかにした。
2国間関係においては、両国間の貿易投資を強化することを再確認し、既に発効済みのEUと南部アフリカ開発共同体(SADC)との2016年の経済連携協定の実行に加え、2021年1月から運用が開始されたアフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)の成功に向けた協同に合意した。

フランスのAP通信は、フランス政府がアフリカ諸国向けに数百万回分の新型コロナワクチンの供与を約束したほか、イスラム系武装勢力による散発的な襲撃が続くモザンビーク北部カーボ・デルガド州の治安情勢の安定に向けた支援を約束したと報じています。

同地域では、フランス資源大手トタルエナジーズによる大規模な天然ガス開発プロジェクトが進められています。

トタルエナジーズは、日本ではエンジンオイルのメーカーとしてビジネス展開しています。


インド系財閥グプタ一族

グプタ家はインド出身の実業家で、南アフリカにおける一族のビジネス帝国は、鉱業、メディア、テクノロジーなど、さまざまな産業にまたがっていました。
また政府閣僚や政府所有企業のトップもグプタ家が任命していました。
与党アフリカ国民会議(ANC)党のメンバーを含む、多くの著名な南アフリカ人や政治家がグプタ家の汚職活動疑惑に関与していると言われています。

詐欺とマネーロンダリングの罪に問われたグプタ一家は2016年に南アフリカから逃亡しました。
2022年、インターポールの赤色通達が発令され、アトゥルとラジェシュ・グプタの兄弟は、2022年6月6日にUAEのドバイで逮捕されましたが、前述のとおりUAEは引き渡しを拒否しています。

グプタ家は1993年にインドのウッタル・プラデーシュ州から南アフリカに移住し、サハラ・コンピューターズを設立した。
家族はヨハネスブルグのサクソンウォルドにあるサハラ・エステート(少なくとも4つの邸宅からなる複合施設)を拠点としていたが、2016年に南アフリカを離れ、アラブ首長国連邦のドバイに移住した。

2017年、グプタ氏が所有するオークベイ・インベストメンツの代理として活動していた英国の PR会社ベル・ポッティンジャーが、多数の偽のツイッターアカウントやその他のオンラインアカウントを使用して、人種間の緊張を故意に操作して煽り、人種的憎悪を煽り、「白人独占資本」を非難していたことが発覚しました。ベル・ポッティンジャーはその後、このスキャンダルをきっかけに倒産しました。

この話には続きがありますが、長くなるので別の機会に回したいと思います。


南アフリカ警察(SAPS)スキャンダル

そして、前述のムテトワ氏が関与していたかはわからないですが(おそらく関与していたでしょう)、現在の南アフリカ最大のスキャンダルが警察で起きています。

2025年7月6日、南アフリカの法執行官であり、クワズール・ナタール州の州警察長官を務めているンランラ・ムクワナジ中将が、センゾ・ムチュヌ警察大臣、シャドラック・シビヤ警察副長官、そして司法関係者を含む警察高官や政治家に対し、犯罪組織への幇助、捜査への介入、司法妨害の容疑で告発しました。


ンランラ・ムクワナジ中将


シャドラック・シビヤ警察副長官は、犯罪者と共謀した、あるいは違法に事件記録を転用したと不正を訴えられ、彼は警察内部で何人かの人物と知り合いだったことを認めながらも、名前の挙がった犯罪容疑者との交友関係や不適切な関係を否定しました。

シビヤ警察副長官は、政治的動機による殺人やセンゾ・メイワ(プロサッカー選手、2014年に強盗に射殺される)のような著名人の殺害など、多くのデリケートな捜査に関与していた。

2025年7月13日、シリル・ラマポーザ大統領は、警察当局への汚職と政治介入疑惑に関する司法委員会の調査が完了するまで、ムチュヌ氏を即時休職とした。
ムチュヌ氏はかつてジェイコブ・ズマ大統領の盟友でした。警察大臣の前は、2019年5月から2021年8月まで公共サービス・行政大臣、その後2021年8月から2024年6月まで水衛生大臣を務めていました。

センゾ・ムチュヌ警察大臣


ムチュヌ氏は、ムクワナジ中将の告発は根拠がないと否定する声明を発表したが、その後の調査で追求された警備会社のオーナーであるブシムジ・マトラとの関係を否定する声明を発表しました。


実業家ブシムジ・マトラは、現在、元恋人の女優の殺人未遂で投獄され、殺人共謀、マネーロンダリングなど複数の罪で起訴されています。
マトララは、セキュリティおよび医療サービス分野の複数の企業を率いており、メディアの調査では「南アフリカ政府との一連の有利な契約を通じて名声を高めた」ことが強調されています。

2024年、マトララの会社メディケア24は、南アフリカ警察(SAPS)と3億6,000万ランド相当の3年間の医療サービス契約を締結しました。
この契約に基づき、メディケア24は約18万人の警察官に医療評価とウェルネスサービスを提供することになっていたが(2024年6月に警察が公開した入札落札文書によると、マトララの会社のみが唯一の落札者であることが確認されています)、2025年半ば、警察長官のファニー・マセモラによって不正を理由に契約が突然取り消されました。


ブシムジ・マトラ


調査委員会に提出された証拠は、主にマトララの携帯電話から取得したWhatsAppチャットを通じて、SAPSの最高レベルでの犯罪の疑いを明らかにしました。
犯罪情報局長が紹介したこのメッセージは、マトララがSAPS医療契約のキャンセルを阻止するための情報や取り組みと引き換えに、ANCの政治経費に資金を提供したことを示していました。

捜査当局は、マトララをSAPS汚職疑惑の中心人物とみなしており、「ビッグファイブ」と呼ばれる組織犯罪シンジケートのメンバーであると述べています。
「ビッグファイブ」は、麻薬密売、ハイジャック、入札詐欺、請負殺人など、組織犯罪のさまざまな分野に関与しているとされており、「ビッグファイブ」のメンバーのひとりカティソ・モレフェ。ほかの3人の名前は明かされていません。

カティソ・モレフェ

カティソ・「KT」・モレフェ(1975年3月15日生まれ)は南アフリカの実業家であり、裏社会の首謀者と疑われている。
彼は、ウパ・セフォカ(通称DJサムボディ)をはじめとする著名人の殺害の首謀者として告発されている。

ムチュヌ警察大臣はカティソ・モレフェの友人で、転落死したムテトワ大使は、カティソ・モレフェの逮捕を阻止していたと言われています。
つい最近、カティソ・モレフェは家宅捜索を受けたそうでうすが、まだ逮捕はされていないようでした。


2025年8月、警察庁長官ファニー・マセモラが汚職容疑で逮捕されたと報じられました。マセモラ氏は、犯罪諜報機関のシークレットサービスアカウントからの裏金を悪用し、適切な手続きを遵守せずに2つの不動産を購入したとされています。
このファニー・マセモラ氏の逮捕は、マトララの逮捕と契約取り消しに反対したものでもあり、別の実業家で諜報員のブラウン・モゴツィ氏が関与しているとみられています。

警察当局者の証言によると、モゴツィ氏はムチュヌ警察大臣の仲間であり、マトララから資金を受け取った他の人物を暴露すると言っていましたが、2025年11月4日にモゴツィ氏への暗殺未遂が起きたようです。
(自作自演という噂も)

ブラウン・モゴツィ

捜査が真っ最中の大スキャンダルは、このほかにも多くの警察官や軍人が関わっています。
現地の人が「南アフリカはマフィアの国だ」と嘆いていましたが、多くの人がムテトワ大使の偽装死を疑うのも無理はないという感じです。


今年5月に、トランプ大統領に「南アフリカは白人を虐殺している」と責められたシリル・ラマポーザ大統領ですが、目下、自身にも影響が及びそうな警察大スキャンダルに頭を悩ませているそうです。

南アフリカで「白人が虐殺されている」との主張、「現実には起きていない」と裁判所 - BBCニュース


さて、長々と書いてしまいましたが、アパルトヘイトを経験した南アフリカだからこそ、ガザに対するイスラエルの暴虐を強く非難したのでしょう。
その中心人物が、今回転落死したと言われるナティ・ムテトワ大使でした。

今日はこのへんで。
最後までお読みくださりありがとうございました。

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