備忘録*初期キリスト教とはじめの聖書
キリスト教の最初の信者は、改宗したユダヤ人とフェニキア人(=レバノン人)でした。
初期キリスト教時代には、使徒時代(イエスの死から十二使徒の最後の一人の死までの期間)が含まれています。最初のキリスト教徒は、イエスを知っていて、イエスの復活を目撃した男女でした。
当時、イエスの信奉者のほとんどはユダヤ人として生まれており、改宗者でさえ初期キリスト教徒をユダヤ教の一部とみなしていました。
エルサレムのキリスト教徒はユダヤ教の安息日を守り、神殿で礼拝を続けていました。
もともとユダヤ教には終末思想があり、彼らはイエスを主、復活した救世主、永遠に存在する神の子とみなし、イエスの再臨と神の王国の始まりを期待していました。
彼らは、ヤハウェが唯一の真の神であると信じていました。

大宣教命令と七つの教会
復活したイエスは、弟子たちに世界のすべての国々に福音を広めるようにと命じました。(「大宣教命令」マタイ28章19節)
それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によりバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことをまもるように、彼らに教えなさい。
信徒たちはエルサレムを離れ、ダマスカス(シリア)、アンティオキア(ギリシャ)などの都市にグループを形成しました。
使徒行伝11章26節には、アンティオキアで初めてキリスト教徒(ギリシャ語:クリスチャノイ)と呼ばれたと書かれています。

初期のキリスト教徒の多くは商人であったり、バルカン半島や北アフリカなどの地域を実際に旅する職業的なネットワークを持っていました。
各地に散らばったキリスト教徒は個人の家で集会を行ないましたが、コミュニティ全体を「教会」と呼んでいました。
7つの教会
7つの教会は、初期キリスト教における7つの主要教会として、新約聖書ヨハネの黙示録で言及されている。「黙示の7つの教会」や「アジアの7つの教会」としても知られている。
エフェソス、スミルナ、ペルガマ、ティアティラ、サルデス、フィラデルフィア、ラオディキア
この場合の「アジア」とはローマ時代のアジアであって、現代で言うところの小アジアすなわちトルコのアナトリア半島を指す。

7つの教会はそれぞれの場所にちなんで名付けられており、『ヨハネ黙示録』ではそれぞれの教会の説明が記されていますが、詳しくは割愛します。

100年までに40を超えるコミュニティが設立され、信徒は約7000人に達したそうです。多くはアナトリア(下図の赤で囲まれた部分)に集中していました。

そうすると、異邦人、異教徒の改宗問題が出て来るのは自明の理。
「割礼」と「モーゼの律法」の遵守を非ユダヤ人に強制するべきか否かが、議論されました。
割礼論争とノア法
割礼を含むユダヤ教の戒律の遵守はアブラハムの契約の会員であることの証しとみなされ、ユダヤ教徒キリスト教徒の最も伝統主義的な一派(すなわち改宗したパリサイ人)は、異邦人改宗者も割礼を受けなければならないと主張した。
包皮を肯定的に評価していたギリシャやローマは、割礼は忌まわしい習慣と反対しました。
改宗したパリサイ人であったパウロは、(ユダヤ法による割礼の義務はユダヤ人にのみ適用されるので)異邦人の割礼は不要であると主張しました。
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ルカによる福音書2章には、ユダヤ法によってイエスが生後8日目にブリット・ミラーの儀式で割礼を受けたことが記されています。
割礼は生後8日目に男性の子孫が従うべき行為とされ、神とユダヤ人の間の契約を象徴しているそうです。

特別な事情がない限り、自発的に割礼を行わないユダヤ人は、ユダヤ教の神学においてカレス(魂の消滅=来世を奪われる)に苦しむとされているのですが、この戒律はユダヤ教徒とユダヤ人に限定されていました。
そのため非ユダヤ人の場合はノアの法(ノアの七つの戒め)に従うことで、来世で分け前を得ることができるということになりました。
タルムードを編纂したラビ達は、「シナイ半島のシナイ山での、モーセに対する啓示『モーセの十戒』以前に、神がノアを通じて、ノアの三人の息子であるセム、ハム、ヤペテとその子孫である、非ユダヤ人を含む人類全体をも拘束する法(戒)を与えた」と考え、創世記の記述を基に以下の法(戒)を導き出した。それが「ノアの七戒」である。
ゆえに、「モーセの十戒」を含む律法がユダヤ人を拘束するのに対し、「ノアの七戒」は非ユダヤ人を含む人類全体を拘束する(適用される)ものである(とラビ達に考えられている)。
【ノアの七つの戒め】
1.偶像を崇拝しないこと。
2.神の名を冒涜しないこと。
3.司法裁判所を設置すること。
4.殺人を犯さないこと。
5.姦淫や性的不道徳を犯さないこと。
6.盗みをしないこと。
大洪水の後、「生きた動物から臓器を引き出して食べてはならない」(肉食を禁じてはいない)という第七の戒めが加えられた(創世記9章4節)。

虹はノアハディズム(非ユダヤ人を対象としたユダヤ教の活動)の非公式なシンボルであり、洪水後にノアの前に虹が現れるという創世記の洪水物語を思い起こさせる。
これは、地球を再び洪水で襲ってすべての生命を滅ぼさないという神のノアへの約束を表している。
新しい契約(新約)
西暦48年から50年頃のエルサレム公会議で、キリスト教に改宗した異邦人は、ユダヤ人の食事に関する律法や男性の割礼に関する規則を含む他の特定の儀式など、モーセの律法によってユダヤ人に定められた規則のほとんどを守る義務がないと決定しました。
しかし、血、血を含む肉、絞め殺された動物の肉を食べること、および淫行と偶像崇拝の禁止については保持されました。
新しい契約
新契約は、ヘブライ語聖書(キリスト教聖書の旧約聖書)のエレミヤ書31:31–34 に含まれるフレーズから派生した聖書の解釈である。
※エレミヤ書31:31–34は、ユダヤ教とキリスト教では解釈が異なる。
ちなみに旧約は「神は、神だけを崇拝する見返りに民を保護する」こと。
神との新しい関係は、聖餐の一部として最後の晩餐で制定されたと信じられており 、ヨハネによる福音書では新戒(イエスが弟子に語った「互いに愛し合いなさい」)が含まれている。
これにより、モーゼの律法では異邦人の改宗者にも義務付けられていると信じていたユダヤ主義者と対立することとなり、最終的にユダヤ教とは異なるキリスト教(パウロのキリスト教)の創設につながりました。
1世紀のエルサレムの役割
初期のエルサレム教会の初代教会長は、ヤコブ(英語表記ではジェームズ (James)であったことが使徒行伝からうかがえます。

ヤコブ(? - 62年)は、ナザレのイエスの異母兄または従兄あるいは実弟とされる人物です。
イエスの親族たちは、イエスの生前はその教えを信じていませんでした。
ヤコブも同じくイエスの言動が理解できなかったそうですが、十字架刑の後に復活したイエスに出会い(第1コリント15:7)、エルサレム教団(ユダヤ人キリスト教徒のグループ)に加わったのです。
ヤコブは西暦62年に大祭司の命令で殺され、エルサレム教会の指導者として後を継いだのは、イエスの叔父クロパの息子シメオン でした。
西暦70年のエルサレム攻囲戦 (70年)で、シメオンらはペラに逃れました。
この戦争で、クムラン教団(イエスが属していたエッセネ派と言われる)は壊滅しました。

戦争が終結しエルサレムに戻ったシメオンは、120歳!の時(107年または117年)にユダヤ総督アッティコに捕らえられ磔刑に処せられました。
ローマ皇帝トラヤヌスがダビデ王の後胤を絶滅するよう命じたため、ダビデの血を引くシメオンは標的になったのです。
シメオンの後は、ヤコブの息子ユストゥス(ユダ)へ引き継がれました。
しかし、135年にバル・コクバの乱(第二次ユダヤ戦争)が起き、ハドリアヌス帝はユダヤ教とその文化を根絶することにしました。
ユダヤ属州は、シリア・パレスチナと改名され、さらに割礼を禁止し、ユダヤ教のラビたちを殺害し、律法の書物を廃棄処分にするなど、ユダヤ教文化を一掃しました。
またエルサレムもアエリア・カピトリナと改名し、ユダヤ人が都市に入るのを禁じました。違反した場合は死罪になったそうです。

バル・コクバの乱(第二次ユダヤ戦争)以降は、エルサレム教会は非ユダヤ人の司教が任命されるようになり、イエスの親族による教団は衰退したと考えられています。
伝説ですが、イエスの女弟子たちが船でヨーロッパへ向かったという、まったく空想とも言いきれない話があります。
フランク王国メロヴィング朝の王族が、自分たちはイエスの子孫だと主張した理由はこの伝説によるのじゃないかと思います。

新約(新しい契約)聖書が書かれ始める
『新約聖書』には27の書が含まれています。新約聖書は初めから聖書を作るために書かれたのではなく、著者も時期もバラバラな書物を寄せ集めたアンソロジー形式になっています。
それらはイエス・キリストの生涯と言葉(福音と呼ばれる)、初代教会の歴史(『使徒言行録』)、初代教会の指導者たちによって書かれた書簡からなり、『ヨハネ黙示録』が最後におかれています。

現代の日本キリスト教において広く用いられている聖書が、1987年に日本のカトリック教会とプロテスタント諸教会の共同事業により発行された『新共同訳聖書』と、もっとも原語に近いとされているのが『口語訳聖書』があります。
そのほか27書以外にも、『新約聖書』の正典には含まれない外典と呼ばれる書物があります。時期や地域によっては、それらが正典に含まれていたこともあったそうですが。偽典もあります。
私がよく参照するのは『新共同訳聖書』ですが、『欽定訳聖書』のほかにグノーシス主義の外典と言われている『トマスによる福音書』『ユダの福音書』を持っています。
まあ、このへんはマニアックでないと手に取らないですよね(苦笑)
新約聖書の4つの福音書
新約聖書のメイン・メニューは4つの福音書です。
『マタイ福音書』は、税吏であった使徒マタイ
『マルコ福音書』は、ペトロとパウロの弟子であったマルコ
『ルカ福音書』は、おそらくパウロの弟子であったルカ
『ヨハネ福音書』は、イエスに「最も愛された弟子」と呼ばれたゼベダイの子ヨハネが著者であるとされています。
この中でイエスから直接教えを受けた使徒は、マタイとゼベタイのヨハネの二人ですが、ヨハネの福音書はいちばん成立時期が遅いため、複数人で書かれたかもしれません。


ヨハネ黙示録
新約聖書の最後に置かれた『ヨハネ黙示録』Revelationは、終末予言の書として陰謀論者にも大変人気があります(笑)
上述の使徒ヨハネが書いたとwikipediaにも書かれていますが、別人のヨハネが書いたものです。
ドミティアヌス帝(在位81年 - 96年)がキリスト教徒を迫害した時代に、パトモス島に追放されていたヨハネによって書かれたと言われています。

ヨハネ黙示録の内容は、パトモスのヨハネが終末に起こるであろう出来事の幻(ビジョン)を綴っています。
もっとも話題になるのは6章から8章の部分で、「子羊が七つの封印を開封」するところです。
第一の封印:白い馬。勝利の上に更に勝利を得ようとして出て行く(6:1-2)
第二の封印:火のように赤い馬。戦争をもたらす(6:3-4)
第三の封印:黒い馬。飢饉をもたらす(6:5-6)
第四の封印:青ざめた馬。死をもたらす(6:7-8)
第五の封印:殉教者が血の復讐を求める(6:9-11)
第六の封印:地震と天災(6:12-17)
神の刻印を押されたイスラエルの子ら(7:1-8)
大患難を通り、子羊の血で洗った白い衣を着た大群衆(7:9-17)

『ヨハネ黙示録』は礼拝で読み上げられることはありませんが、多くのキリスト教徒は未来の事柄について語られた終末預言書とみなしています。
(もうすでに起こった事と見る=過去主義もあります)
ヨハネが見たビジョンは、イエス・キリストの再臨、人間の体の復活、最後の審判、天国あるいは地獄への裁き、王国の到来を預言していると信じられ、文学や芸術にも大きなインスピレーションを与えました。

13章18節にあらわれる第二の獣に従うものに押された「六百六十六」という数字は数秘術ゲマトリアで「獣の数字」と呼ばれています。
また16章16節の「ハルマゲドン」という言葉は、本来は神との戦いに備えて汚れた霊が王たちを集める場所「メギドの丘」を意味します。



今日はこのへんで。
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