母との再会
これから東京へ戻ります。
いつもの朝なら母のために朝食をこさえて、今ごろ母が取ってつけたようなお世辞を言いながらバクバク食べている頃。
「おいしいな〜」と唸るように、その後「お前の家族は幸せだなぁ」と。
昨日の朝食なんて覚えていないからたとえ同じメニューでも喜んでくれる。
私も私のためにと栄養バランスを考えて用意していた。
ところが、今朝は一切何をする気にもなれず、母のおやつだった大袋に入った小さな和菓子を2つだけ。
そして、お隣の方から頂いたハーブティーを淹れて。
こちらに来て翌日にお菓子を持参したのだが、さすがにオーナー先生は気が利いている。心落ち着けそうなハーブティー。
泣きそうな顔をして母の施設入居を報告したからな。そりゃそうか。
東京から着いた翌日、母の元へタクシーで向かう。
着くと、本来玄関脇の対面室でお話しするはずが、母が空間認識ができてきたということで玄関から出ていってしまうのを施設の相談員は恐れている。
ということは母は散歩にも行けないのか。
母の部屋に案内されると、他の部屋のドアに大きく名前が貼ってある。
母が他の部屋を勝手に開けてしまうらしい、と聞いていたが、ここまでご迷惑をかけているとは・・・。
散歩はできないのか、聞こうと思っていたが、流石に口をつぐんだ。
母は洋服を器用にエプロンの紐で縛り上げて、その束が3つほどベッドの上に置いてある。洋服が入りそうな袋は没収されているので、母なりの帰宅準備。
部屋は3週間以上いるのにがらんとしてる。
姉が用意すると言っていた洋服用の収納ケースがない。
後で聞いたら、荷造りしてしまうので、収納ケースがあっても意味がないのだとか。
私が部屋を整えていると、しきりにおばあちゃんやおじさん(母の兄)の加減を聞いてくる。
「お母さん、もうとっくに亡くなっているってば」
他のことに気を取られていると、つい身もふたもないことを答えてしまう。
母はその度にショックを受けているのだ。
今度からは「元気だよ」と答えることに決めた。
そして、万野(母の実家)に帰る、としきりに口にする。
自分が50年以上住んでいた自宅に戻りたいのではないのか?
今は外出、帰宅、外泊も許可が下りないが、OKになった頃には、「ここどこ?」と言われるのだろうか?
皮肉だ。
皮肉だけど、仕方がない。施設を追い出されるわけにいかない。
母の家族の死にショックを受けた厳しい表情を脳裏に残し、施設を後にした。
母は幸せなんだろうか。
私と一緒にいる間、何回笑ったのか。あまり記憶にない。
家に戻っても、つい母の面影を探してしまう。
まるで、小学生の頃のよう。
次の日は持ち出した洗濯物を届けに行った。
親戚のおじさんと一緒に。
本来は面会届を出していないので、玄関で渡してそそくさを帰らなくてはいけないのだが、パジャマを新調し採寸したいからと上がらせてもらった。
心配してくれていたおじさんにも会えて私の心が和んだ。
母は朝の体操を抜け出してきたせいか、昨日よりも少しだけコーフン気味で元気に見えた。
「エラそーにする人がいるけど、相手にしていないから」ぐらいの頼もしい発言もしていた。
ひとしきりパジャマの試着と会話を終えると、スタッフに連れられ2階の体操の場所に戻って行った。
昨日は「帰ろうか」と私に言っていたが、今日は一言もない。
その後、おじさんと朝霧にある温泉に行く予定だったが、清々しく向かうことができた。帰りはミルクランドに寄ってジェラートを頬張った。
いつもなら母が一緒にいた。
歩きはおぼつかないし、先回りしてあれこれと大変だったが、それはそれで楽しかった。
「また、一緒に来れるよね」
そう思うしかないし、実際そうなると信じて。
ちょうど1ヶ月後に大阪出張があるので、その帰りに寄ることにした。
初めての外出届けも出した。
でも家には帰らない方が良いと。
さて、どこに行きましょうかね。
