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広島育ちなのに一度も登ったことのない広島城。 閉城前に出かけたけれど

「耐震基準がクリアできてないから、広島城を閉じます!」

そのニュースを聞いて、「そう来たかあ」と思った。広島育ちだけれど、私は一度も広島城の天守閣に登ったことがない。

「あれは鉄筋コンクリート造りだから、重厚感がない」とかなんとか。今まで散々、社会の授業で聞いていたからね。

小学3年生の4月に意気揚々と、教科書に取り上げられる広島市の場所巡りに連れて行ってくれた父も、広島城はスルーしてた。あれは、車窓から眺めるモノだ。

お堀の水が循環しなくて汚いと、新聞にデカデカと載ったこともあった。お堀から本川まで、中央公園のなかに水路を作って水を循環させると知り、「そんなことまでするんかい」と子ども心に突っ込んだものだ。

イノシシがお堀に飛び込んで捕物したり、とっても重要な人が広島に来るときには、お城の駐車場にズラッと全国から集まった機動隊のバスが並んでいたり。

私にとっての広島城とは、街の景色でしかなかったのだ。


わざわざお城見物に出かけるほど興味もない。何せあれは鉄筋コンクリート

当時の広島市民が、「天守閣を作ろう」と意気込んだ気持ちはわかる。原爆の爆風により、一瞬で崩壊したのだ。市街地の全ての文化財を失った喪失感たるや。文化財飢餓状態だったのだから。


そんな広島城が、2026年3月22日で閉城する。先の予定は決まっていない。

どうやら陸軍さんが計測した、詳細な設計図は残っているらしい。そういえばここは、日清戦争で大本営が置かれた場所でもある。そんな記述が、小学校の副読本にあったなあ。

今のお城を壊して、木造建築で建て直す?どんだけ時間とコストがかかることやら。新しいモノを作るときの広島のスローペースぶりは骨身に染みている。

私が生きている間に、再びお城のなかに入るのは無理だろう…と思ったら、「行こう」と決心した。

一度も天守閣に登ることなく、さよならするのはなんか寂しい。


サクッと天守閣の最上階まで登った。実は高所恐怖症の私。庇の下をぐるっと一周と思ったが、半分でリタイアした。お尻がブルブル。無理だった。

気になるアングルだけ、出入りしながら撮影しておいたよ!

遠く宮島を眺めるこの風景は外せない。この弥山の凸凹とした頂を見ると、どんなに遠くからでも「宮島が見える」とざわめくのが広島の人間だ。でもこのアングル、今は「Eピーススタジアムが見える」になるのかしらん。

遠く私のふるさとの山並みを眺める、北側の風景。右側の山は、毛利輝元が広島城築城のときに見分けんぶんしたという見立山みたてやまだ。

ちなみに目の前のモダンな建物は、広島市立基町高等学校の校舎。わが母の母校である。「びっくりするくらいモダンな建物を建てて、驚いた」と母がいつも言っているが。まあ天守閣からこの距離だ。景観重視&プライバシー保護は必須条件だと思うぞ。

この景色を見るためだけに登った天守閣。でもやっぱり、私にとって広島城は、街の景色の一つでしかない。

記憶によみがえるのは、お堀のほとり満開になった桜とか、被爆後最初に咲いた夾竹桃の濃いピンク色が目に焼きつく夏のお堀端とか、フードフェスタの屋台が並ぶ秋のお堀とか、水面みなもに雪が吸い込まれる冬の景色とか。すべてお堀なのだ。

仕方がない。だって広島城の別名は鯉城りじょうだ。水と切り離せないお城なのだから。

これから天守閣がどうなるか。私が生きている間に新天守閣が完成するのか、ちょっと疑問だけど。お堀があれば、それが私の広島城の景色!

お堀と被爆樹木のユーカリ


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