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覚悟して開いた経本が、日曜学校だった

疲れたああ。疲労に対して達成感がない疲れだ。

私は本家の娘だ。今はもうそんな時代ではないけれど。

私が育った頃には、まだ明確に「トップオブザトップ」という空気が親族間に流れていた。

そして、わが実家は女性が仕切る家だった。こっそりと。

だから法事の時なぞは、子どもながらに裏方を仕切る伯母の姿を観察していた。伯母もまた、「かつての本家の娘」である。

だから……法事そのものはどうってことない。

でも自分の裁量で回せない法事は、ちょっとかなり疲れる。


今日は初盆の法要だった。夫の家と私の実家の宗派は同じである。大きな違いはないと思っていたのだが。

数ヶ月前に「初盆をするから食事を用意する」と聞いた時には、「は?それ何?」と固まってしまった。

初盆って、白い灯籠持ってお墓に行って手を合わせ、親族だったら家に寄り仏壇に手を合わせる…だけだよね。

お茶菓子くらいは用意しておくけど、食事はないでしょう。それ法事じゃん。


ここは山口県だ。安芸門徒の習慣を持ち込む訳にはいかねえ。大人しく従い、粛々と私のできる準備を整えた。


さて本日、いよいよお勤めが始まる。

「皆さんが揃っているので、一緒に唱えましょう。140ページを開いて」という言葉で、開いたページに絶句した。

嘘でしょ。このためにわざわざお寺に集まったのか。


そこにあったのは、私が日曜学校で唱えていた「らいはいのうた」だ。えっと正信偈は?仏説阿弥陀経とは言わないけどさ。

50年ぶりに唱えたよ。

「阿弥陀ほとけを拝まずや やすけき国にかのほとけ♪」

私、小学生の時に暗記したんだよね。
これ。稚児舞で。


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