母は娘を呪い、息子に祟る

隠された敵意とは

隠された敵意(Hidden Hostility)とは、直接的な攻撃ではなく、受動攻撃的行動(パッシブ・アグレッシブ)や隠蔽された怒り、人間関係を破壊する心理的態度を指します。怒りの否定、引きこもり、サボタージュ、皮肉などで現れ、結婚や職場環境において深い心理的溝を生む原因となります。(AI)

私だ。

私が一日の大半を使って、妻に、仕事仲間に、そしてもちろん自分に対しても行っているのがこれだ。目つきで、態度で、ありとあらゆる非言語的コミュニケーションを利用して、お前はばかだ、お前の話は聞くに値しない、お前が嫌いだ、と伝えているわけだ。
自覚ある。だって本当にそう思ってるし。
なんだか前立腺の辺りにズーンと痺れと重みを感じる。

もう一つ、同じことを違う角度から説明する加藤諦三先生バージョンの「隠された怒り」もある。

隠された怒りの正体は怒りを表に出すことはいけないことだと思い込んでいる人や、良い人を演じ続けている人の心に溜まりやすく、相手や状況に対する根深い敵意や不満が、意識の表面に上がらないよう「無意識」に隠されている状態。 怒りは二次感情であり、その根本には悲しさ、寂しさ、不安、無力感といった「一次感情」が隠れていることも多いとされています。(AI)

加藤先生は通俗心理学の人なので、ここから先は全てのことが母原病(家族病)に還元していくのでここまでにしておくが、「無意識に『悲しみ』や『寂しさ』が隠されている状態」が原因って言われると気持ち悪いですね、中年がね、悲しいとか寂しいとかやってるわけですからね、しかも無意識下で。

で、隠された敵意の話をしたあとで加藤先生は必ず言うのです。
「あなた、周り全部敵だと思ってるでしょ」

母は娘を呪い、息子に祟る


もちろんそんなことはない、論理的に考えてそうじゃないから人の形を保って生きてるわけだけど、ニュアンスとしては伝わる。それが通俗心理学の怖さでもある。
「そうだ俺には味方がいない」。

加藤先生のお話は通常ここから急ハンドルを切る。受容のほうに。無論そんなことはすぐにはできない。が、自分を受け入れるという道があるということを知ることそのものが救いなのだと加藤先生は語る。この部分は根本的には遠くナポレオン・ヒル辺りからのインフレーションを感じますね。

でももちろんそんなことで恨みは消えない。私が日常的に滲出させているのもそう、そしてアンフェ / ネトウヨの人が女性に対してしてること、TERFがトランス女性にしてることは、消えない「恨み」=完全には成されない自己受容なのです。

と、ここと私がなぜ日々妻を殺すか(想像の中で)と結びつく話になるはずだったが、そろそろ妻が帰ってくるので食事の支度をしなくてはいけないのですごく途中の話から急に結論(加藤先生ばりの通俗心理学)に飛びます。

アンフェの人はみんな永遠に終わらないお母さんとのバトルを続ける孤独な戦士です。「恨み」の根本理由は「生まれ」たことです。

母は娘を呪い、息子に祟ります
断ち切るには母殺しです

よく言われる「フェミニストはママじゃない」ですが、ママと自分で世界が止まってるから彼らにとってはママなんです。
「女の賃金上げろ!」「ずるいぞ、男の賃金も上げろって言え」「自分で言え」というやり取りをたまに見かけますが、彼らたぶん家族で外食行くときも、注文を直接店員じゃなくてお母さんを経由してやりとりしてますよね。

では次回はきちんとアトモキセチンを飲んで書きます。


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