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フジTVバイト時代の思い出④新春スターかくし芸大会《後編》沢田研二・石川ひとみ・高見知佳・天地真理・ドリフターズ

大学2年生だった1980年11月中旬、「芸能人水泳大会」「芸能人大運動会」に引き続き、フジTVの「新春スターかくし芸大会」のバイトを引き受けた。ー《前編》からの続きー
社員のMさんの指令で、日替わりで色々な芸能人のリハーサル室に派遣され、現場ディレクターの指示で下働きをこなしていくのが僕の仕事だった。

「酒場でdabada」沢田研二

指示された部屋に入ると、そこにいたのはなんと沢田研二だった。当時の沢田研二の印象は長髪をグリースで固めた、男くさいダンディーなロッカーというものだった。
しかし、その日の沢田研二は全く化粧っ気もないスッピンで、グリースをつけていないウェーブした柔らかな亜麻色の長髪をなびかせた貴公子だった。
印象より小柄で、服はヨットパーカー風なジャージ姿であったが、その顔は筆舌に尽くしがたいほどの美形だった。こんなに美しい男性は数十年たった今でも見たことがない。100%「のんけ」の僕だが、思わず「ジュリー!」と叫んでしまいそうになるほど、しばしその美男子に見とれてしまった。
殆ど何もしないまま1m程度の至近距離でジュリーを見続けていた僕は1時間後には呼び出されて、他の現場に移動することになった。
男性を見て美しいと感じたのは生涯でこの時1回きりだ。

「くるみ割り人形」石川ひとみ

移動した部屋にはレオタード姿の美少女がひとり熱心にダンスのレッスンをしていた。少し前にチャイコフスキーでも、エマーソン・レイク&パーマーでもない「くるみ割り人形」という曲をスマッシュ・ヒットさせ、新人賞も獲得したアイドル・石川ひとみだった。何故に一人きりで、レオタード姿で僕の至近距離でダンスのレッスンをしているのかは不明だったが、指示されることが少なかったので、1時間ほど、ひたすらその姿を見つめるしかやることがなかった。石川ひとみは少し、不審げな顔をしていたが。
彼女が「まちぶせ」を大ヒットさせるのはこの時から数か月後のことだ。
まさに、努力は人を裏切らないということだろう!

「誘惑の熱い砂」高見知佳

次に派遣された部屋には、ショート・カットで小柄な少女が普段着で現場のスタッフたちと談笑していた。どうやら予定より多少早い時間にやってきて暇を持て余しているらしい。その少女は何を歌っているのかは知らないが、バラエティ番組などでよく見かけるアイドル・高見知佳だった。
その少女は僕のような末端のアルバイトにまで気を配って、
「飴ちゃん、食べる?」と言って、自前のキャンディーを笑顔で手渡してくれたりした。そのボーイッシュな女の子に異性としての関心はなかったが、性格の良さは他のスタッフたちとのやり取りを見ていても一目瞭然だった。
僕はすぐにファンになった。仕事柄、そこそこの数の芸能人に会う機会があったが、数十年たった今でも一番印象の良い女性が高見知佳だ。
その数年後、「くちびるヌード」のヒットを放った時は心の底から嬉しかった。まさに、性格の良さは人を裏切らないということだろう!

「愛・つづれ織り」 天地真理

次に派遣された部屋には河合奈保子など10人近い女性アイドルが集まっていた。全員揃ったらダンスの稽古を始めるようだ。すると一人の女性が皆の前に立ち、こう呼びかけた。「もうすぐこの部屋に天地真理が来るけど、絶対話し相手になっちゃダメ。知ってると思うけど、あの人頭おかしいから。」70年代に何曲もヒットを出した実力派歌手・Qだった。
しばらくして、部屋に天地真理が入ってきた。「みなさん、お早うございます。」アイドル陣は誰も挨拶を返さなかった。「あれ?もうすぐダンスのレッスンだよね?」呼びかけても誰も返事をしない。「あれ、おかしいな?」「おかしいな?」と言った後、しばらくして天地真理は部屋を出て行った。するとまたQが出てきて、「じゃあ、みんな稽古始めましょうか。」と事も無げに言ってアイドルたちやスタッフ陣を動かした。
同年代で先に売れていた天地真理に、どんな仕打ちをされていたのか僕は知らないが、この態度は許せなかった。僕はこの日からQのことを嫌いになった。正月にTVでかくし芸大会を見たが、天地真理の姿はそこになかった。

『「ヒゲ」のテーマ』ドリフターズ

その会議室はたばこの煙と陰鬱な空気が充満していた。子供の頃に大好きだったドリフターズのメンバーが全員いるのに、誰も何も面白いことを言わなかった。いかりや長介だけが、大会社の部長のような感じで他のメンバーに指示を出していた。休憩時間になり、加藤茶が「俺、ラーメン」と言うと、他のメンバーもそれに倣った。僕はディレクターに命じられて、フジTV内に店を構えているラーメン屋まで使いに出た。
その年のドリフターズの演目は「大皿回し」で、長い棒の先に皿を乗せて、次々に回していくものだった。なんのトリックもなく、小さな皿から初めて何度も失敗を重ねながら、次々に難易度をあげてチャレンジしていく、彼らの舞台裏での努力を垣間見て、正直頭の下がる思いだった。
そして本番では一度も失敗することなく、全員で見事に大皿を回し切った。
荒井注好きだった僕はメンバー交代時にドリフターズとは縁遠くなっていたので、間近で見たはずの志村けんの印象は希薄だが、その当時流行っていた「ヒゲダンス」はさすがに知っていた。その時はまさか志村けんがブラック・ミュージックに精通していて、テディ・ペンダーグラスの曲を引用して自身のギャグに活用しているなんてことは全然知らなかった。

エピローグ

これでフジTVでのアルバイト体験記はこれで終了。実はこの後に「夜のヒット・スタジオ」のアルバイトに誘われていたのだが、このまま、この世界の底辺から出られなくなりそうな気がして、断りを入れた。中森明菜、小泉今日子、早見優といった花の82年組に会えなかったことは心残りではあるが。

フジTVバイト時代の思い出④新春スターかくし芸大会《後編》 了

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