日本の不動産価値に対して思うこと
最近、仕事で海外出張する機会が増えいて、つい先日も日本出張があった。
空港に降り立ち、電車に乗り、街を歩き、打ち合わせをして。
短い滞在だったけれど、今回あらためて強く感じたことがある。
「日本の不動産は、まだ本来の価値を評価されていない」ということだ。
安いと感じてしまう、日本の不動産
現在、私はシンガポールで暮らしている。
駐在員は待遇がよく、コンドミニアムを会社から提供してもらい、そこで家族と生活している。
シンガポールのコンドミニアム、購入しようと思ったら、数億円が当たり前の世界。都心なら1,000万円台の物件なんてありえない。
でも日本では、都心でもまだ「これでこの価格?」と思うような物件に出会うことがある。
実際、今シンガポールで済んでいるコンドと都内で私が貸しに出しているマンションは広さがほぼ変わらないけど家賃は3倍の乖離がある。
もちろん、シンガポールのコンドが3倍程度高いのは言うまでもない。
土地の広さ、建物の質、周囲の街並みやアクセスの良さ――そうしたものを総合的に見ても、価格と価値のバランスがとれていない気がする。
特に建物の質は、都内のマンションの方が圧倒的に良い。
確かに円安やデフレの影響もある。
けれど、もっと本質的な問題は、「価値が正当に評価されていない」ことにあるのではないか。
「差別化」という視点
ビジネスではよく、価値のあるものを見極めるときに、「それが他人に真似できるかどうか」という尺度が使われる。つまり、差別化がどこにあるか。
たとえば、技術、ブランド、ロケーション、文化的な背景。
真似しようとしても簡単にできない「独自性」こそが、本来の価値だ。
そう考えると、日本の不動産には、他の国では決して再現できない魅力が多くある。
歴史ある町並み
四季の移ろいを取り込んだ設計
地域コミュニティや文化の深さ
これらは、資本をいくら投下してもすぐに作れるものではない。
「唯一無二」こそが、真の価値の源泉なのだ。
まだ“底力”を見せていない
もちろん、東京や大阪の一部エリアでは不動産価格も上がってきている。
インバウンドや海外投資家の視線も集まりはじめた。
でも、まだまだ実力はこんなものじゃないと感じている。
本当に価値あるものが、国際的な評価基準に照らしても適切な価格になるには、もっと時間がかかるのかもしれない。
それでも、そこにある可能性は確かだ。
日本の不動産は、眠っている資産だと思う。
シンガポールの良さ、日本の良さ
今の生活拠点であるシンガポールにも、もちろん素晴らしい点がある。
機能性、清潔さ、安全性、制度設計のスマートさ。
でも一方で、日本には時間の積み重ねが生んだ深みと豊かさがある。
それは、他の国ではなかなか手に入らない種類の“良さ”だ。
どちらが優れている、という話ではない。
シンガポールにはシンガポールの良さがあり、日本には日本にしかない価値がある。
そして、日本の良さは、もっと世界に評価されていい。
最後に:価値を見る目を持ちたい
安いから買う、高いから価値がある、という短絡的な判断ではなく、
「なぜそれが価値あるのか」を自分の目で見極める視点を持ちたい。
不動産を通じて見えてきたのは、モノの価格だけでなく、
文化や歴史、暮らしに根ざした「目に見えない価値」の再発見だった。
日本の底力は、まだこれからだ。
