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「線引きの振り返り」

noteに書いた、「ライフライン」展が「始まった。
https://citylife-new.com/newspost/41436/

初日は先週の金曜日。
あれ?もうそんなに、日にちが経ったのかと、ここ一ヶ月間の時間が、小さなボールのような塊になって、遠くへ放り投げられたような感じだ。

 実際に制作を始めたのは、お盆の後少し経って8月24日だった。それから二、三日おきに茨木市福祉会館の地下に通う生活が始まった。
まだまだ午前中の日差しがキツく、昼前に現場の地下室に入ると目が落ち着く。地下室はクーラーはないが日光が入らないので、上階の部屋ほど暑くない。しかし猛烈な湿気がこもり、汗がじわじわと出てくる。
茨木市のスタッフの方が業務用扇風機や、水、暑さ対策の用意をしてくれていた心遣いが気持ちを和らげてくれた。

携帯の電波やwifiは、地下では一切届かない。
参考資料にと、写真を見る気にもならない。頭を働かせて構成するなど、不可能だった。もともとただ、線を引けばいいという、シンプルなところに立ち返ろうとしていたではないか。

画材は、O JUN氏が選んで送ってきてくれたものを使う。アクリル絵の具スプレーと木炭。色の選択はO JUN氏に任せた。自分で選んだものでない色を使う、あくまでこの「線引き」制作は、2名の作家によるものなのだ。普段自分が選ばない色を使うことは、企画意図にあるように「線引き」をはぐらかして行く手段だった。後になって思えば、そのような絵の描き方は、初めてだった。

この方法は、「私が、私の選んだ絵の具で、私の内面を吐露する」という、コテコテの絵描きのエゴを解きほぐしてくれる。
なぜ、このようなやり方を今まで思いつかなかったのだろう。


 O JUN氏が制作に入る9月9日までの間、5日間ほど作業しただろうか。

描き初めは、ただただ楽しいものだ。広いコンクリート空間の中を走り回って書くこともできる。あの色、この色と何も考えずただ線を描く、スプレーで吹き付ける作業は、壁や床との距離があり、筆という厄介な道具を使わないので蒸し暑さの中でも作業が進む。

スプレーの黒に対して、木炭の黒はどうか。木炭はコンクリートの壁面や床にしっかりと黒い色を残す。これも意外な発見だった。
ざらざらした面では、かなり削れてしまい繊細な線を描くことは難しい。
その代わり、三次元の空間内で、木炭を振り回すという傍目から見たら、かなり悍ましい描画をしていた。

頭の中にO JUN氏の描くであろう線が浮かぶ。それと目の前の自分の線が重なり、離れつつ書き進めていった。途中から予定表にも何も書いていない日々が続く。行っても、ほとんど書かずに、ただその場所にいた日も含めて。

このままでは、際限なくダラダラとエゴが垂れ流されるまま、描いてしまいそうになる。入って奥の正面の壁とその横の壁はO JUN氏に最後線引きを締めてもらおうと、空けておいた。
互いの「線引き」の時間は異なっていた。そして、何日同じ場所で描こうが関係がなかった。各々が元から持っている「描き」の時間が異なるからだ。

滞在時間3時間半の間、O JUN氏が本気で「線引き」を行なった。

最後に、地下室の妖精のような少年が現れて、スプレーを吹いた。
少年の「そこにあるからやってみた」色と形は、2名のエゴの輪郭に橋渡しをする役目をし、「線引き」は終了した。

共同作業、共同制作とはまた異なったやり取りによる内向きのひたすら内向きのグラフィティが生じ、ようやく秋を迎える。


©️松井智惠               2025年9月15日筆

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