整と体 人生ごと、うつ伏せでどうぞ
整と体
人生ごと、うつ伏せでどうぞ
「それでは、うつ伏せになってください」
この言葉を、私はもう何百回、
いや、何千回と口にしてきた。
今日もまた、目の前の患者に向けて、
淡々とこの呪文を唱える。
すると不思議なもので、どんな人間でもうつ伏せになれば、ふっと肩の力が抜けて、施術室が一瞬だけ静寂に包まれる。
私は、この瞬間がけっこう好きだ。
というのも、顔を合わせて喋っていた相手が視界から一旦いなくなると、
表情筋が、じわっと溶けるように緩む。
仕事用の笑顔が剥がれ落ちて、ようやく“素の顔”に戻れる。
首、肩、背中、腰、太もも、ふくらはぎ……
上から下へと押しながら、筋肉や神経の具合を指先で探る。
触れた感触から、日々の姿勢や生活習慣、もしくは性格のクセすら読み取れてしまう。
「普段、右脚に重心かけてません?」
「左手で荷物持つこと多くないですか?」
「……ソファで寝落ちしてません?」
……尋問、開始。
背中という現場をもとに、
人生の取調べをしている気分だ。
犯人(原因)を見つけ出しては、問い詰める。
「どうしてこんな事をしてしまったんだい?」
すると、沈黙を保っていたどんな患者も喋り出す。
しかも、身体のことに関係のない“喋らなくてもいいこと”も喋り出す。
「親の介護が限界で……。病院は待たされるし、医者も冷たいし」
「妻に内緒で今からキャバクラ行くんだけど、ウケるマッサージってあります?」
……いやいや、知らんがな。
私は整体師であって、占い師でも精神科医でもない。
でも、人の背中に触れていると、つい話を聞いてしまう。
アドバイスをできるほどの哲学も経験も、私にはない。
それでも、“聞いてくれる誰か”がいるという事実だけで、
多くの人の痛みや重さは、ほんの少し軽くなるようだ。
整体とは、ただ身体を整えるだけの行為ではない。
触れた先に浮かび上がってくるのは、その人が歩んできた人生そのものだ。
だから私は、今日もまた呪文のように唱える。
「それでは、うつ伏せになってください」
「会長!背中が語ってます」
「それでは、会長うつ伏せになってください」
私の整体院における“太客・オブ・ザ・イヤー”、それが会長である。
山形で開業するにあたって、なぜか全面的に支援してくれた人物だ。
会長は新潟で運送会社を立ち上げ、巨万の富を築きあげた御年75歳。
今は経営を息子に任せ、気ままなセカンドライフを満喫している。もともとは、妻の母が営む民宿の宿泊客である。なぜかその頃から「会長」と呼ばれていて、そのあだ名が定着したらしい。
我々が山形に移住するとなったとき、会長は開業準備まで手伝ってくれた。その手伝いのスケールがまたおかしい。
まず、開業予定の駐車スペースが雑草で覆われていたので、夫婦でせっせと草むしりをしていたところ、会長が「これ使いな」と、敷地面積ぴったり分の除草剤を差し入れてくれた。
さらに開業祝いとして、誰よりも大きくて立派な胡蝶蘭を“会長名義”で発注。
数日後、来院した地域の患者さんたちから「この人、誰?」と一斉に首をかしげられる。
そして極めつけは、まだ車を持っていなかった私たちに——
「車、10台くらいあるからさ。使ってない軽、あげるよ」
冗談だと思ったら、数日後、本当に軽自動車に乗ってやってきた。
「これでよければ、使ってくれ」と。
リアクションに困るくらいありがたすぎた。
もしかして、これをもらったら「車あげたよな?」と後々脅され、私は会長専属の整体奴隷になるのでは……?と一瞬頭をよぎったが、せっかく持ってきてもらった手前、「やっぱりもらえません」とも言えず、ありがたくいただいた。
その夜、走行距離2万キロのほぼ新品の軽で試運転をしながら、
私は思っていた。
“この先、会長とはどう付き合えばいいのか……”
そんなこともあり、整体院の初日、最初の予約枠には会長を招待した。
成功者というのは「一番」にこだわるはずだし、こちらとしてもNo.1会員証くらいは贈呈したかった。
問診で悩みを聞くと、
「30分歩いたら、足がだるくなる」
「夜、トイレに起きちゃうんだよね」
おじいちゃんあるあるだ。
もっと深刻な症状を想像していたのだが、意外と地味。
ならば治療というより慰安寄りで満足度を高めよう、と方向転換して施術を始めた。
すると、うつ伏せの状態で会長がぽつり。
「女将(妻の母さん)は、俺のことどう思ってるかな?結構いろいろしてあげてるんだけど、俺のことなんか言ってなかった?」
……おいおい。急に何だ。
中学生の恋愛相談か?とツッコみたくなったが、全てを悟った。
そういうことか。
会長は、妻の母を、どうやら“女性”として見ている。
我々夫婦が受けていたあの多大なサポートは、まさかの――
「不倫未遂ドラマに巻き込まれた副産物」だったようだ。
老いてなお、枯れない男。
さすが会長。いろんな意味で、老いてない。
……などと感心している場合ではない。だが、車をもらっている手前、強くも言えない。
ただ、妻の父は脳梗塞の後遺症で車椅子生活。昔から頑固で、妻の母は長年苦労してきたらしい。今も性格はそのままで、母も妻も日々ストレスを抱えている。
一方で、会長は人懐っこく、礼儀正しく、誰に対しても気前がいい。新潟からわざわざ訪れ、お土産まで持参し、民宿の従業員や私たちにも惜しみなく尽くしてくれる。
そんな会長の背骨の際を押すと、指がすっと沈み込む。まるで水に触れているような感触だった。
こういう背中には、年に一人会えるかどうか。大抵の患者は姿勢のクセやストレスで骨が歪み、筋肉がこわばって指先に抵抗が返ってくる。
それが一切ない。
背骨がまっすぐな人間は、大体、まっすぐに生きてきた人だ。
自分がどう見られているかを常に意識し、誰かの先頭を歩き続けてきた背中。
一つの時代を生き抜いてきたんだな、と自然に思った。
だが、それでもやっぱり、不倫はダメだ。不倫は不倫である。
……とはいえ、冷静に考えてみても、私たちにとっても、母にとっても、なぜか“悪くない未来”しか浮かばない。略奪愛なんて戦国時代からあるし、強い男に惹かれるのは本能かもしれない。
そこで私は、せめてもの助言をした。
「お母さんも、会長のことはありがたく思ってるはずですよ。
よかったら、旅行でも誘ってみたらどうですか? きっと喜びますよ」
会長は「いいね、それ!早速予約するわ!」とすぐ連絡し、
数日後、本当に女将と銀山温泉へ一泊旅行に出かけていった。
……ただし、メンバーは女将と70代の従業員女性2名、そして会長。
なんだそれ。うん、その構成ならまあ大丈夫か。
後日、会長が施術にいらしたとき、私は何気なく尋ねた。
「会長、旅行はいかがでしたか?」
すると、ニヤニヤしながら語り出した会長の背中は、ほんのり丸みを帯びていた。
あれだけ真っ直ぐだったその背骨に、わずかな揺らぎ。
人は、何歳になっても恋をすると、少しだけ柔らかくなるのかもしれない。
「歪んでしまった背骨と性格」
「それでは、うつ伏せになってください」
今日の患者さんは、通称“ノブさん”。
50代後半の中肉中背の女性だ。
だがノブさんの背骨は、かなり歪んでいる。
うつ伏せになると背中が大きく盛り上がる。長年の姿勢の悪さで骨そのものが変形し、腰が曲がってしまった典型的なパターンだ。
さすがの私も整形外科や大きな病院で診てもらった方がいいと勧めた。
だがノブさんは言う。
「病院は私を出汁にして金儲けのことしか考えてない。私を下に見て騙そうとしてくるから行きたくない」
うちのことは信用してくれているらしい。それはありがたいが、何かと注文も多い。
「整体で喉のイガイガも治せないの?」
「この間の施術のせいかわからないけど、前より痛いんだけど」
「こんなに通ってるんだから割引してくれないの?」
「そこ、もうちょっと長く揉んでくれない?」
とにかく、こちらのペースでは施術をさせてくれない。
わがままというか、正直ちょっと手を焼くタイプの患者さんだ。
ある日の施術中。
あまりに口を挟んでくるので、気分転換もかねてこう聞いてみた。
「地元は長いんですか?」
すると、ぽつぽつと話し始めたのは、予想以上に重たい過去だった。
母親を交通事故で亡くしたのは、小学4年の頃だった。
幼心に感じたのは絶望と喪失。未来なんて何もないと本気で思ったという。
それからは父親とのふたり暮らし。
だが、酒癖が悪く、酔うたびに怒鳴られたり、手を上げられたりもした。
その頃から“酒を飲む男=敵”という感覚が染みついていったらしい。
先に逝った母のことすら、恨んだ時期があったそうだ。
中学では、クラスの女子たちに無視や陰口でいじめられ、不登校に。
その経験から「女は意地汚くて醜い」と思うようになったとも話してくれた。
成人してからは父も早くに亡くなり、「これでようやく自由だ」と思ったらしい。
けれど、今度は隣人の赤ちゃんの泣き声や犬の鳴き声が気になって仕方がない。
休日に何度も文句を言いに行ったり、ついには地域住民に向けて手紙を書いたりしたそうだ。
「やっと幸せになろうとしてるのに、私の邪魔をしないでほしい」
それがその手紙の結びだったという。
一通り話を聞き終えた私は、心の中で静かにうなずいた。
「ああ、だからこんなにも背骨が歪んでいるのか」と。
身体の歪みとは、まさに人生そのものだ。
ノブさんの背中は、歩んできた道そのものが形になったような、そんな背中だった。
ただ初めてノブさんの背中を見た時、私が思ったのは――美しい、だった。
整っているわけじゃない。
健康的なわけでも、若々しいわけでもない。
けれど、その背中には理由があった。
時間が刻んだ跡と、抱えてきた痛みと、挫けなかった強さがあった。
レントゲンに写らない意味を抱えた背中であった。
どれほどの出来事が、この身体を形作ったのか。私はただ、見とれてしまった。
とはいえ、「私が絶対に治しますよ」なんて無責任なことは言えない。
ただ、ノブさんが話してくれたこと、それを私が聞けたことが、とても意味のある時間だったと思っている。
ノブさんの背骨の歪みは、たぶんもう性格と同じくらい、変わらない。
それでも施術が終わると、当たり前のようにこう聞いてくる。
「次、いつ来たらいいの?」
愚痴をこぼしながらも、予約はしっかり取っていく。
他の患者さんに噛みつこうとすることもあるので、気を使う場面は多い。
けれどせめて、この整体院、できれば私だけはノブさんの味方でありたいと思っている。
施術中にノブさんがつぶやいた。
「先生がイケメンだったら、もっとここ繁盛したんでしょうにね」
私は心の中で「うるせぇ、こいつ……」と呟きながら、黙ってその背中を押し続けた。
「背中に彫った、覚悟と宝玉」
「それでは、うつ伏せに──。」
そう言いかけて、私は言葉に詰まった。
その患者の背中が、あまりにも“異様”だったからだ。
異様と言っても、骨格や筋肉の異常ではない。異様なのは、その「彫り」だった。
この話をするには、まず彼のことを説明する必要がある。
⸻
開院当初から通ってくれていた男性がいる。仮に「ゾロリさん」と呼ぼう。名前の由来はあとで説明するので一旦ここでは省かせてもらう。
ゾロリさんは、細身で色白。見るからに内向的で、猫背とストレートネックが目立つ。運動不足と柔軟性のなさが一目でわかるような姿勢だった。
初診のときは、特に会話が盛り上がったわけでもなかった。ただ、施術後に「回数券をお願いします」と言われたとき、心の中でガッツポーズを決めた。実感してくれてるじゃん、と思った。
そこから少しずつ会話が増え、彼のプライベートな話も聞けるようになった。まだ29歳だというのに、10歳と6歳の姉妹を育てているという。19歳のときに付き合っていた彼女と、いわゆる“おめでた婚”。共働きで子育てに奮闘しているとのことだった。
最近は夫婦の会話がすれ違い、ケンカも増えているという。
「僕は子どもに好きなことをさせたいんですけど、妻は妻のやらせたい習い事を押し付けてきて……どっちがいいと思います?」
この手の質問には慎重になる。私は基本的に中立を貫いている。
「どっちにも良さがあると思いますよ」
「なぜ、好きなことをさせたいと思うんですか?」
そんなふうに返して、波風が立たないようにしている。
そんなある日、施術中にゾロリさんがこんなことを言った。
「どうしたら院長先生みたいに、話がうまくできるようになりますか?」
奥さんとまた何かあったのかと聞いてみると、案の定だった。
長年の付き合いの中で、妻の悪いところばかりが目に入ってしまい、ついダメ出しばかりしてしまうのだという。
そして、ついに子どもたちの前で大ゲンカ。
自覚もあるが、傍から見ても家庭は崩壊寸前だった。
「だけど、もう一度ちゃんと向き合いたい」
「家族との会話をもっと増やしたい」
そんなことを考えたとき、ありがたいことに私の顔が浮かんだという。
整体師というのは、ときに不思議なポジションになる。
家族でも友人でもない、でも体と心の距離が近い。
吊り橋効果というか、“わかってくれる他人”になってしまうのだ。
今回はいつものように受け流せなかった。
素直に、私の考えを伝えた。
「相手の悪いところが見えるのは当然。でも、その背景や理由を考えてみる謙虚さが必要なんです」
「ダメ出しじゃなく、まずは『なんでそうなったのか?』を聴く姿勢が大事ですよ」
「納得できること・できないことをちゃんと話し合って、お互いが譲れる部分を探すしかない。それでも無理なら……最後は男が折れるしかないと、私は思っています」
ゾロリさんは、うつ伏せのまま黙って頷いていた。
施術後、「ちゃんと妻の話、聞いてみます」と言って帰っていった。
それから半年、ゾロリさんは来院しなかった。
⸻
そして、今日。久々に現れた彼の背中には──彫り物が入っていた。
Tシャツの襟元から覗く、鱗のような模様。見たところ龍の刺青の一部だ。
私が無言になっていると、彼が察して言った。
「背中ですよね?彫ったんです」
どうやら、前回の施術の数日後に、奥さんから離婚を切り出されたらしい。しかも、他に男がいたという。
話し合いの末、2人の娘はゾロリさんが育てることになった。
「院長の言う通り、妻の話をちゃんと聞いてみたんです」
「そしたら、ずっと我慢してたことや、自由になりたい気持ちを打ち明けてくれて……だから、納得して別れました」
「でも一つだけ条件を出したんです。自由を取るなら、“子どもに会いたい”は言わないでくれと。それは約束してもらいました」
「今回は僕のせいなんです。妻の話をちゃんと聞いてこなかったから」
私は、感心と同時にまだ刺青の理由が気になって聞いた。
「それで……どうして刺青を?」
「これは“覚悟”です」
「怒りが収まるわけないじゃないですか?でも暴れるわけにもいかないし……だから彫ったんです。龍に、子どもたちの名前を刻んだ宝玉を持たせて」
「5ヶ月もかかりましたよ。長時間うつ伏せで、肩も背中もバキバキで。だから、整体にまた来ようと思って」
私は基本、患者さんの選択に対して否定も肯定もしない。
けれどこのときばかりは、内心でこう思ってしまった。
「この人、怖い。真面目に、不真面目すぎる」
ふと頭に浮かんだのは、あの児童アニメのキャッチコピーだった。
“まじめにふまじめ かいけつゾロリ”。
ちなみにその後、健康診断で彫り物がバレて会社を解雇されたらしい。
ゾロリさんは今、漁師として昼夜海で働き、見た目も筋力もすっかり変わってしまった。
日焼けした肌に伸びた髭、体幹の強さとたくましさは、初来院時とはまるで別人だ。
けれど本人は、「院長のアドバイスのおかげです」と今でも言ってくれる。
猫背もストレートネックも、もうそこにはなかった。
彼の身体はたしかに整った。
だが、私のアドバイスが“覚悟の龍”を背負わせてしまったのだとしたら、「よかったですね」なんて、軽々しくは言えない。
今でも、ゾロリさんをうつ伏せにして施術を始めるたび、背中の龍に睨まれているような気がして、胃のあたりがきゅっと締めつけられるのだ。
それでも私は、今日も整える。背中に、人生に、そっと触れながら。
「整と体」
整体師というのは、技術職だ。筋肉を触り、骨格を整え、血流や神経の通り道を確保する。身体にとっては間違いなく「手当て」だ。
だけど私には、そこにもう少しだけ、別の意味があるようにも思う。
歪んだ体の奥には、歪まずにはいられなかった背景がある。
人はまっすぐに生きたいと願っても、まっすぐになんて生きられない。
誰かの言葉、幼い頃の出来事、家族との関係、別れや挫折。
そんな積み重ねが、少しずつ筋肉をこわばらせ、背骨を歪ませていく。
ただの腰痛のように見えても、そこに詰まっているのは十年分の怒りや孤独だったりする。
だから私はいつも、どこまでが身体で、どこからが心なのかを、指先でたしかめている。
もちろん私は医者でもカウンセラーでもない。
だけど、その背中を前にしたとき、私はどうしても“整えたい”と思ってしまう。
それが、私なりの誠意であり、祈りのようなものだ。
「整と体」は、私が整体師として生きていく上での、美学であり哲学だ。
これは、哲学者・三木清の『人生論ノート』の生と死に触れたときに芽生えた感覚でもある。
人の生き方や苦しみは、二項対立のように語られがちだが、実は常に混じり合っている。
“整う”ことと“乱れる”こと、“体”と“心”、“癒し”と“痛み”──それらが背中の上で交差し、混ざり合って生きている。
私はその交差点に、そっと手を添えるだけだ。
背中は、語らずして多くを語る。
硬さも沈み具合も、左右差も、すべてがその人の人生の証のようだ。
私はそれを、少しずつなぞっていく。
ノブさんの曲がった背中にも、ゾロリさんの彫り込まれた背中にも、そして会長のまっすぐな背中にも、確かに“生”が刻まれていた。
整っている・いないは、もはや問題ではない。
その背中がどんな風にここまで来たのかを、私は見届けたいだけなのだ。
たとえ過去を変えられなくても、これから先をほんの少しだけ、軽くできるかもしれない。
ほんの数分、ほんの数センチでも、人生が“整う”瞬間があるのなら、それに手を添えられる存在でありたい。
だから私は、これからも言い続ける。
「それでは、うつ伏せになってください」
人生ごと、うつ伏せでどうぞ。
