肩書きのあとに始まること
合格証を手にしたとき、世界が変わるような気がしていた。これをもって登録手続をすれば、晴れて『行政書士』を名乗ることができる。そうすれば、まだ何者でもない自分を社会が少し認めてくれるかも知れない。こんな自分を尊重してくれ、必要としてくれる人や会社が現われるかもしれないーそのような期待を抱え、登録申請用の書類を揃えた。
迎えた登録証授与式の日。登録が完了し、正式に『行政書士』としての一歩を踏み出したとき、ささやかな高揚感を味わっていた。これで、名乗れる。ただの一般人だった私も、『行政書士』という肩書きとともに、名だたる難関資格者たちの列に加わることができた。
しかし現実は、思ったほどロマンチックでも、奇跡的でもなかった。
開業日、傍らに置いていたスマートフォンが鳴った。画面に表示された見知らぬ番号に胸が高鳴り、架空の”お客様”との会話を想像しながら通話ボタンをスライドした。その結果、相手は紹介サイトを運営する会社の営業電話であり、こちらが『顧客』という名の”カモ”だった。
また、郵便受けに封書が届いたこともあった。届いたのは他県で活動する行政書士からの『副業のススメ』や、『実務講習のご案内』だ。パーティーの企画から準備、主役まで自分で務め、ゲストをおもてなしするはずだったのに、結局私は呼ばれる側(しかも参加費まで徴収される)でしかなかった。
確かに世界は動いていた。けれど、私が願っていた種類の反応とはほど遠い。このことから、『名乗っただけ』では何も変わらないという事実を思い知り、じわじわ打ちのめされていった。
その後、SNSや音声配信での発信をはじめたところ、わずかながら反響があった。中でも印象的だったのは、『飛行機のチケットを送るから、自分の事業を手伝ってくれないか』という申し出だった。場所は熊本県。内容は、絵本の読み聞かせ事業だと説明を受け、行政書士業務とは呼べないが、今後のためにプラスにはたらくかもしれないと思い、話を進めることにした。
けれど、報酬の話題に触れた途端、『お金に困っているのか』と言われ、私は言葉を失った。なにせ仕事だとばかり考えていたため、報酬をいただく覚悟を決めていた。しかし結局、相手は仕事とは考えておらず、『厚意で呼んでやったのに』と激昂された。行政書士として社会に出るとはこういうことなのかと、私は静かに打ちのめされた。
本当の意味での『行政書士業務』が舞い込んだのは、それから数ヶ月後のことだった。毎月定期的に行う市役所での無料相談会に先輩行政書士と共に出席したのがきっかけだ。
無料相談の場は、思っていたよりもずっと静かだった。市役所の一角に設置された個室の中、奥に二脚、手前に二脚と長机を挟んで設置されたその空間には、無駄なものが何ひとつないので、まるで”取調室”のようでもあった。
「○○さんです、よろしくお願いします。」
定刻となり、はじめの相談者が入室する。我々の前に座る相談者は、何かを必死に訴えるでもなく、ただ、『こんなことを相談しても良いのでしょうか』と躊躇いがちに言葉を紡ぐ。私はできる限り耳を傾け、相手の表情を読みながら必死に言葉を探しては、手元のノートにメモをとり続けた。一方、先輩はほとんどメモを取らず、ただ相手の話に相づちを打ち、時折回答を繰り返す。
後日、この相談者から正式に依頼があった。ただし、研修も兼ねてとの意図を示したうえで、支部長の指示により、私たちは共同受任することになった。
私は、この先輩が苦手だった。というのも、初めてご挨拶にうかがった際、彼女は開口一番『お互い個人事業主なのだから仕事をもらおうなんて思わないでね』とひきつった表情で言い放った。おそらく彼女自身、開業当時から並々ならぬ努力と苦労をされてきたのだろうと考えを巡らせ、笑うにとどめるしかなかったのだが、受任中も一貫して、ところどころに嫌味を挟まれ辛かった。
業務完了時、私は初夏の草原のように晴れやかで清々しい気持ちだった。
それと同時に、いくつもの反省点に気がついた。次の予定はまだない。それでも、いずれ来るべき時に備え、私は追い立てられるように改善策を洗い出し、書き留めた。
悔しいが、先輩がいなければ私はもっと不安の渦に飲み込まれていたと思う。言葉の端々に仕掛けられた棘には疲弊したが、それでも目に見えぬところで支えられたいた。私は、未熟だった。人の好き嫌いを語れるフェーズにはほど遠く、知らないことが多すぎる。
名乗るだけでは何も変わらない。
社会は、私という個人を歓迎してくれるわけではない。
それでも私は、『行政書士』を名乗り続ける。それは、単に肩書きを手に入れたからではない。名乗ったあとの未熟な自分を奮い立てるための小さな小さな近いのようなものだ。
『行政書士』という言葉が勝手に奔走し、私のもとに仕事を届けてくれるのではない。実際に『仕事』の形をした大切な荷物が届くかどうかは、これからの私の振るまいや、人との向き合い方にかかっている。
名乗った瞬間、私は問いかけられている。
本当に、誰かの力になれる自分になろうとしているのか。
本当に、自分の名をこの手で育て上げる覚悟はあるのか。
答えは考えるまでもないが、証明は始めたばかりだ。今はそれでいい。
私たちは、肩書きに救われるのではない。名乗ったあとの証明に全力を注ぎ、目の前の顧客を救い、自分も救われる。
そんな生き方を、私は選んだ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
名乗ったあとに始まる歩みをこれからも丁寧に重ねていきます。
どこかであなたの物語と重なっていたら、嬉しいです。
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