月に1度のうどんを打つ日 ──通勤電車のように「必要」を暮らしに
毎日やらなきゃいけないことに追われていると、ふと気づく。
「やりたいこと」って、いつの間にか後回しになってしまう。

この前の麦づくし講座では、冷やし中華を作った。
麦麦クラブの仲間たちにやってもらったので、あまりタレの作り方はよくわからないけれど、うどん作りとはまた違った盛り上がりがあって、不思議なほどテンションが上がった。
冷やし中華って、なんであんなにワクワクするんだろう。同じ麺なのに、どこか「ごちそう感」があるというか、やっぱりみんなの思い出に深く根付いているのかもしれない。
そんな冷やし中華とはまた違うかたちではあるが、僕は「うどん作り」を続けている。
「やりたいこと」を強制的に置いてみる
毎月1度の「麦曜日」──この日は僕がうどんを打つ担当になっていて、言ってしまえば「強制的にやる日」を自分に置いているようなものだ。
※「麦曜日」は、毎月1度、小麦粉と向き合う日。僕がうどんを打つ日でもあり、"やりたいことを置く"ためのリズムのような日です。
「やると決まっていれば、多少疲れててもやる。やってみると、楽しくなってくる」
イベントって「やらなきゃいけないこと」みたいに思われがちだけど、僕にとっては「やりたいこと」を置くための仕掛け。
やると決まっていれば、多少疲れててもやる。やってみると、楽しくなってくるし、続けていくと少しずつうまくなって、また楽しくなる。
この循環がけっこう大事なんだと思う。
毎日ではなく、きちんと繰り返す
この「必要を置いていく感覚」を例えるなら、毎日乗る通勤電車のとうなもの。それよりも「季節の種まき」に近いかもしれない。
毎日じゃない。だけど、きちんと繰り返す。
それくらいのゆるやかさのほうが、余白が生まれて、他のことにもチャレンジしやすい。

たとえば、最近ずっと練習していた麦わら細工の「ホタル籠」。ようやく少しずつ形になってきて、作るのがだんだん楽しくなってきた。
こういう「リズムに乗ってくる」感覚って、うどん作りと似ているなぁと思う。最初は大変だったことが、だんだん自然にできるようになって、そうすると楽しさが増してくる。
場所があることで「やれること」に変わる
そして、そんな感覚が生まれる場所として、「僕らの集会所」があることも、きっと大きい。

先日、モーニングで来てくれたお客さんやシェフが「この場所のおかげで良い時間が過ごせました」と言ってくれて、嬉しい気持ちになった。
場所があることで、「やりたいこと」が「やれること」に変わる。そして、それを誰かと共有できることで、また次の「やりたいこと」が生まれてくる。
日々の延長のような形で
そんなふうに、"やりたいことを置く"ために、今度また新しいイベントをやる。
8月13〜15日、栃木県足利市のイワナパークで「麦麦庵」出店と、ゆるやかなキャンプ合宿を予定している。
※「麦麦庵(むぎむぎあん)」は、自家栽培の麦を使ったうどんや麦茶を出店で提供する屋号。食と手仕事を通じて、暮らしのリズムを分かち合う取り組みです。
「出店がメインだけど、ただ売るだけじゃなくて、日々の延長のような形で、リズムのある暮らしをちょっとおすそ分けできたらな」と思っている。

やりたいことを日常に置いていく
暮らしって、「やらなきゃいけないこと」よりも、「やりたいこと」をあえて置いていくことでも成り立つ。
うどんを打つ日も、わら細工をやる時間も、キャンプに行くことも、全部「やりたいこと」。でもそれを「やらなきゃいけないこと」みたいにスケジュールに組み込むことで、確実に実現できる。
そんなふうに、うどんやわら細工やキャンプも、暮らしの中に無理なく置いていけたらいいなと思っている。
