カナダの水力発電所 ~ジェームズ湾計画とラ・グランド川の巨大水力発電所~

以前カナダのロベール・ブラッサ水力発電所の紹介記事を書いた際に、同じ流域に巨大な水力発電所があることに気づきました。

それらの発電所はカナダのケベック州北部に位置するジェームズ湾水力発電プロジェクト(James Bay Project)によって建設されております。

巨大建設事業、特にその中心であるラ・グランド川(La Grande River)流域の開発について、掘り下げてみたいと思います。

1. プロジェクトの全体像

1971年、ケベック州政府はジェームズ湾東側の河川資源を利用した大規模な水力発電計画を発表しました。この地域には数多くの河川が流れていますが、プロジェクトの中核となったのはラ・グランド川です。
このプロジェクトは単にダムを作るだけのものではありませんでした。第1フェーズだけでも、総工費137億ドルをかけ、ラ・グランド川流域に巨大なダム群と発電所を建設するという、まさに国家レベルの巨大事業でした。

2.北米最大級 ロベール・ブラッサ(LG-2)発電所

特筆すべきは、ジェームズ湾プロジェクト第1フェーズの主役であるロベール・ブラッサ発電所発電所(旧LG-2)です。1982年に完成したこの施設は、北米最大級の発電能力を誇ります。

ダム堤体の構造

LG-2のメインダムは、高さ168メートル、堤頂長2,826メートルにも及ぶ巨大なロックフィルダム(岩石を積み上げて作るダム)です。

ここで面白いのが、ダムの水を遮る「コア(遮水壁)」の材料です。このダムのコアには、氷河モレーン(氷河によって運ばれた土砂)が使用されています。

現地のモレーンをそのまま使うわけではありません。建設当時、最適な含水比にするために、巨大な回転式キルン(rotary kilns)を使用してモレーンを乾燥・処理してから突き固めるという工程が踏まれました。

自然の材料を使いつつも、化学プラントのような設備で品質管理を行う。こういった泥臭くも緻密な土木技術が、総体積の20%を占めるコア部分を支えています。

巨大な「階段」:放水路の迫力

LG-2のもう一つの見どころは、メインダムの北端に位置する放水路(スピルウェイ)です。岩盤を爆破して作られたこの放水路は、幅122メートル、長さ約2.9キロメートルに及びます。

特徴的なのは、その形状が階段状になっていることです。16,280m3という膨大な放流能力を持つこの水路は、巨大な階段を水が流れ落ちることで勢いを殺す構造になっており、その高さはナイアガラの滝の約2倍にも達する落差を持っています。

3. 735kVの送電技術

さて、これだけの電気を人のいない北部で作っても、消費地である南部のモントリオールやニューヨークまで運べなければ意味がありません。ここで登場するのが、735kV(73万5000ボルト)という超高圧送電技術です。

実は、735kV送電システムを世界で初めて実用化したのは、この地域の開発を主導したハイドロ・ケベック社でした(最初はマニクアガン川のプロジェクトで導入され、ジェームズ湾にも適用されました)。

なぜ735kVだったのか?

当初、エンジニアたちは当時の世界標準であった300〜400kVでの送電を検討していました。しかし計算してみると、その電圧では南部へ送るために当時の技術では、約40回線程度の送電線建設が必要になることが判明しました。これでは鉄塔だらけになってしまい、現実的ではありません。

そこで、Jean-Jacques Archambaultという一人のエンジニアが、「735kV」という未知の領域への昇圧を提案しました。当時、欧米のメーカーすら「ケベック市場のためだけにそんな機器は作れない」と難色を示しましたが、ハイドロ・ケベックはこれを押し通し、世界初のシステムを構築しました。

現在、ハイドロ・ケベックの送電部門は約25,000MWもの電力をこのシステムで輸送しており、当初の計画の約5倍の容量をさばいています。私たちが普段何気なく見ている送電線ですが、長距離送電の歴史はここケベックの技術者の執念によって塗り替えられたのです。

4. 河川の付け替え

ジェームズ湾プロジェクトの凄まじさは、「川の流れを変える」という点にも現れています。 LG-2発電所の出力を最大化するため、近隣を流れるイーストメイン川(Eastmain)、オピナカ川(Opinaca)、カニアピスコ川(Caniapiscau)の水路を変更し、ラ・グランド川へ合流させました。

これにより、ラ・グランド川の平均流量は毎秒1,700立方メートルから3,300立方メートルへと倍増しました。 2000年代に入ってからのプロジェクト(ルパート川の転流)では、ルパート川の流量の50%がラ・グランド側の発電所へ向けられています。人間のエネルギー需要のために、水系そのものを再設計してしまう土木工学の力には圧倒されます。

5. インフラの裏側にある事実:環境と先住民

インフラを語る上で避けて通れないのが、社会的・環境的な影響です。このプロジェクトは「称賛」だけで語られるものではありません。

水没と環境変化

ダム建設により、最終的に青森県に相当する面積が水没したと言われています。 水没した植生が腐敗することでメチル水銀が発生し、魚類が汚染されるという深刻な環境問題も引き起こしました。また、イーストメイン川の下流は流量が激減し、塩水が遡上する入り江へと姿を変えました。

先住民との合意形成

プロジェクトは当初、現地に住むクリー族(Cree)やイヌイットへの十分な通知なしに進められ、激しい反対運動が起きました。

これがきっかけとなり、1975年に「ジェームズ湾・北ケベック協定」が結ばれました。これはカナダにおける先住民との最初の近代的な条約とされ、補償金(2億2500万ドル)の支払いや、特別な狩猟・漁業権の承認が含まれていました。

その後の第2フェーズ(グレート・ホエール計画)においては、クリー族のロビー活動によりニューヨーク州が電力購入契約をキャンセルし、計画が無期限延期になるという出来事もありました。

現在のインフラ開発においては当たり前となっている「環境アセスメント」や「先住民との共同管理」というプロセスは、こうした長い闘争と対話の歴史の上に成り立っています(2002年の「Paix des Braves(勇者の平和)」協定など)。

感想

ジェームズ湾プロジェクトは、氷河モレーンを加工する現場の工夫から、735kV送電という世界初の技術革新、そして地図を書き換えるほどの規模を持つエンジニアリングの結晶です。

しかし同時に、その建設は自然環境や先住民族の生活に不可逆的な変化をもたらしましたということも知っておこうと思いました。

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