誕生日に、名前をもう一度
誕生日に欲しいものが無くなる日が、いつか来る。
奥さんから「なにがほしい?」と聞かれて、
とうとう来るべき時が来たのだと知る。
質問にはハキハキ答えるよう、
鍛えられてきた筈なのに、
初々しいくらいの沈黙が一秒、二秒…
欲しいものが無い人間だと思われたくないから、
時間切れギリギリに、当てずっぽうで捻り出す。
「二つ名かな」
言ってみてから、
意外とそれを欲している自分が居て、驚く。
0歳の時にもらった名前に、
不満があるわけではないのだけれど。
するすると記憶の糸を辿り、
憧れの起源に辿り着く。
確かそう、「焼却炉の魔術師」だ。
テレビで芸人さんが集まって、
幼少期の「あだ名」の話をしていた。
容姿へのイジりが多数を占める中、
ひときわ異彩を放つ「焼却炉の魔術師」。
ゴミ係だったから、渡せば何でも燃やしてくれる。
その異質さを、ずっと覚えていた。
肥満王とかハゲネズミとか、
歴史上、ひどいあだ名は沢山ある。
けど、中には「偏在する蜘蛛」みたいな
痺れるものがあって、
それは「あだ名」と言うより「二つ名」と言う方がしっくり来る気がする。
別にそこまでかっこ良い響きでなくてもいい。
なんなら容姿をイジってくれてもいい。
誰かに名付けられた名前が、
奇跡的に自分の在り方とぴたりと合う。
みたいな、感覚を味わいたい。
この誰かに、というところがポイントで、
SNSでの自称「山上いくら|年商100億円社長」みたいなのでは、全然満たされない気がしている。
他者にしか成し得ない、遠慮のない辛辣さが、
致命的に足りていない。
誕生日に、
いつもより高い居酒屋に連れて行ってもらう。
洒落てはいるが、
得体の知れないお通しを咀嚼して、
どこにでもある酎ハイで流し込む。
食事が来るまでの間に、手紙をもらう。
宛名は、「いつも優しいシロクマさん」へ。
それが彼女の精一杯考えた、
私の二つ名であるらしい。
嬉しいが、そういうのじゃない。
自分では刺せないくらい強く刺してほしい。
心の奥に隠れている私を、
痛みであぶり出すために。
脚注のようなもの:
【焼却炉の魔術師】
→博多華丸大吉の大吉さん(魔術使いそうな色白の方)のエピソード。
【偏在する蜘蛛】
→フランスのルイ11世を指す。
蜘蛛の巣のような複雑なスキームで、中央集権化を進めた。
英語では"the Universal Spider"だから遍在(どこにでも在る)の方が正しい筈だが、なぜかどの文献も偏在(偏って集中している)と記述。
まあ蜘蛛は集まっていた方が不気味だからこれはこれで。
