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世界史名将ランキング100 65〜61位

みなさま、ごきげんよう。中々期間が空いてしまったが、張り切って行こう。

前回はこちらから。

では、本題である。


65位 ヨハネス・クルクアス(AD900〜946)

【戦略】A【戦術】S【政治】C【天運】D
【魅力】B【成長】B【影響力】A【総合】A

東ローマの名将。このあとの東ローマ帝国の再繁栄期の土台を築いた偉大な将である。ルーシ、コーカサスの遊牧民、北メソポタミア及びシリアのイスラーム勢力と戦い、無敗。決して圧倒的な国力を持っていたわけではないのにも関わらずこの戦績はかなりすごい。

ただ、晩年が不明すぎる上に、戦況も詳らかではない。その強さを「第二のトラヤヌス」とまで呼ばれたが、その詳細が分からないのは残念なことである。

64位 アブー・ムスリム(AD?〜755)

【戦略】A【戦術】S【政治】A【天運】C
【魅力】A【成長】B【影響力】A【総合】A

偉大なる中央アジアの征服者にして、アッバース革命の指導者の1人。ズィヤードの上司として、タラス河畔の戦いにも関与し、ウマイヤ朝の勢力も瞬く間に殲滅した。

また、謀略にも長けておりホラーサーンの地方領主たちを残らずたらし込んだ。

ただし、その後期な血筋と凄まじい才能はアッバース朝のカリフたちには恐ろしく警戒された。二代カリフたるマンスールは、彼を弑いすことに何の躊躇もしなかった。アブー・ムスリムはこう言って命乞いをした。「私を使ってくだされば、どんな脅威も打ち破ってみせる。」と。それにマンスールは冷たく言い放った。「お前より恐るべき脅威はない」と。

63位 ヴィラール大元帥(AD1653〜1734)

【戦略】S【戦術】B【政治】B【天運】B
【魅力】B【成長】B【影響力】A【総合】A

なんだかとぼけた感じがする優しげな顔だが、フランスに6名しかいない大元帥の1人
彼が得意としたのは烈火の如くの攻めではなく、じっくりと着実に相手を苦しめる持久戦である。しかし、別に攻めが下手ということもない。

何より、プリンツオイゲンとマールバラ公を同時に相手に回して勝利を掴み取ったのは空前絶後だ。マルプラケの敗北は人類の歴史で語り継がれるだろう。勝者が栄光を掴めるとは限らない。特に戦場においては特にだ。たとえ勝っても、犠牲に見合った果実を得られなければ、それは何の意味もないのだ。マルプラケにて惜敗したヴィラールはルイ14世にこう言ってのけた。「陛下、このような敗北をあと2、3度すれば敵は全滅するでしょう!」

62位 劉基(AD1311〜1375)

【戦略】S【戦術】A【政治】B【天運】D
【魅力】C【成長】C【影響力】A【総合】A

中華最強の名軍師。仁智勇に優れ、気骨があり、誇り高い理想的な中華の知識層の具現のような人である。また、朱元璋に目をつけ、彼に早々に天下を取れと進言した審美眼もある。

また鄱陽湖の決戦への一連は、劉基の恐るべき戦略性を示している。汚職を嫌い、政治に長け、軍事にも明るいこの高潔な人物を得られたことは、稀代の英雄たる朱元璋にとってこれ以上ない幸運であったことだろう。

61位 サアド・イブン・アビー=ワッカース

【戦略】B【戦術】S【政治】C【天運】S
【魅力】B【成長】A【影響力】A【総合】A

楽園を約束された10人が1人にして、ペルシアの征服者たる偉大な初期ムスリムの英雄。
このような英雄すら日本語wikiがないことは、この国の、中近東に対する恐るべき無関心から来ていると言わざるを得ない。

彼は忠勇武烈、まことに武運優れたる名将である。最も初期にムスリムとなった男の1人でもあり、人類最後の預言者に最もよく仕えた名臣でもある。

しかし、その恐るべき強さは比類ないもの。特にカーディシーヤでは5倍の敵を殲滅した。また、ティグリスを超えクテシフォンを攻略し、642年にはニハーヴァンドにて3倍のサーサーン朝軍と激突、これを潰滅させた。

彼がこの順位にいるのは、ひとえに大戦略には関わっていないからである。その上司たちも、基本有能極まる人物だ。その点、彼は人と出会う運が良かった。ただし、その戦歴にはたった一度だけ敗北を味わっている。彼ほどの名将を容易く打ち破り、人類史上屈指の軍事的功績を残すその男は最後の投稿で紹介することになるだろう。神の剣と呼ばれた怪物を。

まとめ

本当に化け物ばかりになってきた。ここからは怪物たちの見本市だ!刮目してご覧いただきたい。
では、ごきげんよう。

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