株で一発当てる人が「勇者」なら、僕は「村人A」でいいーインデックス投資と、満たされなさの話
お金は、ちゃんと増えている。増えれば、素直にうれしい。 なのに、どれだけ増えても、いつまでも満たされない。
明日も早いのに、寝つけなかった。気づけば1時をまわっていて、僕はまた、口座の数字を開いていた。 オルカンを、毎月ただ機械みたいに積み立てているだけ。銘柄も選ばない、分析もしない。それでも、静かに増えていく。 誰にも自慢できない。語れる物語もない。数字が、ひとりでに増えていくのを、ただ見ている。 この満たされなさの正体を、しばらく考えていた。そして、たぶん、こういうことだと思う。 みんな、自分の人生の主人公になりたいだけなんだ。 僕が満たされなかったのは、負けたからじゃない。この物語の、主役になれていない気がしたからだ。
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株で一発当てる人は、勇者だ。 スマホと、数千円ぶんの装備。それだけで、今日から魔王に挑める。買ったその日から戦闘が始まって、ステータスがリアルタイムで動く。心臓が鳴る。物語が、動きだす。 現実で主役を張るのは、難しい。起業も、副業も、何かで一流になるのも、才能と時間と運がいる。何年もかかる。 でも、勇者になるのだけは、ボタンひとつでいい。 この世でいちばん手軽に買える、主人公のチケット。だから人は、当たらないと知りながら、その装備を握りしめる。
勇者が挑む戦場には、屍が積み上がっている。 魔王に挑んで、全滅して、蘇生されずに消えていったパーティ。でも、その屍は見えない。 見えるのは、生き残って凱旋した、ごく一部の勇者だけだ。「億のゴールドを掘り当てた」「レア装備を引いた」。全滅した人は、黙ってログアウトしていくから、誰の記憶にも残らない。 だから戦場は、いつまでも満員だ。屍は見えず、勝った勇者の光だけがまぶしい。 そして僕らは思う。あの人にできたなら、自分にも、と。
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ここで、村人Aの話をする。 村人Aは、魔王と戦わない。戦場に登らない。ただ、村にいる。 勇者たちがやっているのは、プレイヤー同士の奪い合いだ。そこにあるゴールドは、総量が決まっている。うまい勇者が多く手にしたぶん、へたな勇者の袋から、同じだけ消える。誰かの勝ちは、かならず、誰かの負けだ。世界は、それで一枚も豊かにならない。ただ、同じ金貨が、強い者の手に移るだけ。 村人Aは、その奪い合いに、入らない。 かわりに、世界そのものに、ちょっとだけ出資しておく。世界じゅうの勇者や、職人や、商人が、今日も働いて、去年よりほんの少し多くのものを作る。その、新しく生まれたぶんの富を、村人Aは、黙って分けてもらう。 これは、奪い合いじゃない。誰の袋からも、抜いていない。パイそのものが、大きくなっている。 勇者は、決まった大きさのパイを、奪い合って削れていく。村人Aは、そのパイが焼き増されるのを、待っている。 他人に勝とうとしないから、自分だけは、静かに増えていく。
ただし、村人Aにも、死に方はある。二つだ。 一つは、自分から降りること。 世界が暗くなって、ステータスが大きく下がったとき。怖くなって、「もう、こんな村はやめだ」と、村を捨てて逃げるとき。これは、避けられる。逃げなければ、来ない死だ。 もう一つは、正直に言っておく。世界そのものが、二度と明けないことだ。 夜明けが、何十年も来なかった国はある。村ごと沈んで、戻らなかった世界もある。だから、これは「絶対に朝が来る」賭けじゃない。村人Aも、無敵じゃない。 ただ、勇者の負けとは、賭けの太さがちがう。 勇者は、「自分が、ほかの勇者より強い」に賭けている。村人Aは、「世界ぜんたいが、これからも何かを作りつづける」に賭けている。どちらが外れやすいかは、考えるまでもない。 村人Aは、いちばん負けにくい場所に立っている。それでも、負けるときは、負ける。その二つは、両方とも本当だ。
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でも、現実にずっと多いのは、一つめの死に方、つまり自分から降りるやつのほうだ。 逃げなければ、少なくとも、そっちでは死なない。ただ、いればいい。 でも、その「ただ、いる」が、いちばん難しい。 人がいちばん耐えられないのは、強い敵じゃない。何も起きない時間だ。何も起きない時間は、「自分が、この物語の何者でもない」時間だから。その空白の中で、自分の値打ちのなさと、向き合わされる。 だから人は、無理にでも戦闘を起こしにいく。勇者になりたがる。たとえその先が、さっきの屍の山でも。
でも、僕がいちばん薄ら寒いと思うのは、勇者じゃない。 戦いもせずに、戦っている勇者を、遠くから笑っている連中だ。「あんなの無謀だ」「どうせ全滅する」。 たぶん、あの人たちも、本当は勇者になりたかった。でも、怖くて登れなかった。だから、挑んだ誰かが全滅すると、安心する。ほら、動かなくて正解だった、と。 戦う勇気も、村を守る覚悟もなく、挑んだ人を採点することでしか、自分の位置を確かめられない。 あれは、村人Aじゃない。村人Aのふりをした、見物人だ。 戦って死んだ勇者には、少なくとも物語がある。笑っているだけの見物人には、それすらない。いちばん出口がないのは、たぶん、あそこだ。
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じゃあ、村人Aは、勇者を見下していいのか。安全なところから、挑んだやつを。 たぶん、その権利は、誰にもない。 勇者も、村人Aも、見物人も、金貨の増減はちがっても、根っこで動かしているものは、同じだからだ。 ——自分の人生の、主人公になりたい。 勇者は、それを戦場で叶えようとした。見物人は、叶えられなくて、他人の採点に逃げた。村人Aだって、あの深夜の口座の前で、同じ欲に、ちゃんと灼かれていた。 だから、見下せない。みんな、同じ火で燃えている。
しんどいのは、たぶん、その火を、一つの戦場でしか燃やせない人だ。 お金でしか、自分の強さを測れない。だから、お金で勝てないと、勝っている誰かを引きずり下ろすことでしか、立っていられなくなる。 救いは、たぶん、ここにある。 主役を張る戦場を、別に持てばいい。 剣術でも、料理でも、歌でもいい。別のクエストで主人公になれる人は、お金のクエストでは、村人Aに徹していられる。 むしろ、そのために、村人Aをやる。 全部の戦場で主役を張ろうとすれば、荷が重すぎて、どれも中途半端に全滅する。だから、お金の戦場では、あえて装備を捨てる。荷を軽くするから、本命の戦場まで、たどり着ける。 どの戦場で主役を張るか。それを決めた人だけが、生き延びる。 僕にとって、それは、こうして夜中に、言葉をこねくり回していることだ。それが、僕がいちばん主役でいられる場所だと思う。
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最後に、ひとつだけ。 この世界のレベルが上がり続けるのは、みんなの「もっと」という欲望が、燃料になっているからだ。もっと強く、もっと何者かになりたい。その欲が、世界を前に進めている。 それは、勇者が魔王に挑む理由と、まったく同じ欲だ。 主人公になりたくて戦場に登る勇者たちの熱が、世界そのものを育てている。そして、その実りを、戦場に登らなかった村人Aが、静かに受け取る。 だから、勇者を笑えない。あの人たちがいなければ、この世界は、育たない。村人Aが待っている「朝」は、勇者たちが燃やした熱で、明けるんだから。
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じゃあ、自分の主戦場はどこなんだろう。 勇者になりたいなら、堂々と剣を買って、戦場に行けばいいと思う。逃げじゃない。自分で選んだってだけだ。書くことで主役を張りたいなら、書けばいい。歌でも、絵でも、なんでもいい。 それさえ決めたら、あとは村人Aのまま、夜を越えていける。
ほんとは、これだけ言っておいて、僕の机の隅にも、派手な剣が一本、隠してあるんだけど。主人公になりたい気持ちは、たぶん、死ぬまで消えない。 でも、消さなくていい。消すんじゃなくて、置き場所を、決めるんだ。 僕はもう、この欲を、口座の数字にはぶつけない。夜中の、この机の上で、ぜんぶ使いきる。 お金の戦場では、村人Aのまま、ただ、いる。 そう決めた夜から、数字が増えても減っても、心臓は、もう鳴らなくなった。 あの静けさは、満たされなさじゃなかったんだと思う。 剣を、一本、置いた音だ。
