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「事務物語」〜病院のよろずやと夜のパズル〜

第二話:怒声とメディエーション。怒りの奥にある『本音』の解き方

「責任者を呼べ! なんで入院中の親父に会えへんねん!」
夜の22時過ぎ。静まり返った病院の総合受付に、雷のような怒号が響き渡った。
立っておられたのは、50代半ばくらいの男性。肩をいからせ、顔を真っ赤にして受付カウンターをバンバンと叩いている。
夜間の面会時間はとうに過ぎている。防犯や病棟の環境維持の観点からも、原則として夜間の面会はお断りするのが病院のルールや。
こういう時、事務員が一番やってしまいがちな失敗がある。
それは、相手の勢いに押されて**「ルールですので無理です」「私は夜間の受付なだけなので分かりません」と、マニュアルの盾に隠れて逃げてしまうことや。
そんな対応をしたら火に油。「頼まれたら逃げへん」のが俺の信条や。
そこで俺が使ったのが、事務員として学んできた「医療メディエーション(対話仲介)」**の技術や。
「夜分遅くにお父さんのことが不安になったんですね。それは心配でしたね。
詳しいお話を伺いますのでちょっとあちらでお話伺いますね」
俺は男性の興奮を受け止めつつ、怒りの視線を遮る静かな相談スペースへと誘導し、落ち着いて座ってもらった。

メディエーションの第一歩:感情の「共感と傾聴」

メディエーションの極意は、どちらが正しいかを裁く裁判官になることやない。「患者・家族」と「医療側」の間に立ち、双方の思いを繋ぐ架け橋になることや。
パイプ椅子に腰掛けた男性は、なおも「対応が悪い」「患者の家族をなんやと思ってるんや」と不満をぶちまけてくる。
俺はメモ用紙とペンを手に取り、男性の正面ではなく、あえて少し斜めの位置(圧迫感を与えない角度)に座った。
まずは、相手の**「怒りの感情」をそのまま受け止める(承認する)**。
「おっしゃる通りですね。夜遅くにご足労いただいたのに、受付で突っぱねられたら面白くないお気持ちになるのは当然です」
反論も弁明もせず、まずは相手の言い分をそのまま言葉にして返す。
すると、一方的に攻撃していた男性の表情に、かすかな変化が現れた。「この事務員は、自分の味方になろうとしてくれている」と感じ取った瞬間や。

「背景(ニーズ)」を問いかける問い直し

男性の怒りの波が少し引いたタイミングを見計らい、俺はメディエーションの要である**「問い直し」を行った。
「差し支えなければ教えていただけますか? 今夜、どうしてもお父様にお会いになりたかったのは、何か特別なご事情やご心配があったからでしょうか?」
ただ「ダメです」とルールを突きつけるのではなく、「なぜその行動に至ったのか」という背景(ニーズ)にアプローチする。
すると、男性はついに視線を落とし、ぽつりと本音を漏らした。
「……実はな、親父が急に入院して……俺、仕事が忙しくてずっと見舞いに来れへんかったんや。今日やっと仕事が一段落して、どうしても親父の顔が見たくなってな……。もし万が一のことがあったらどうしようと思ったら、焦ってしまって……」
怒りの奥にあったのは、病院への攻撃やなくて、「親に会いに来られなかった自分への苛立ち」と「親を失うかもしれない恐怖」**やったんや。
「そうでしたか。お父さんのこと、心配でたまらんかったんですね。遅くまでお仕事頑張って、急いで駆けつけはったんですね」
男性の思い(ニーズ)を言葉にしてフィードバックすると、男性は小さく頷き、目元を少し赤くした。これで、心の対話の準備が整った。

橋を架ける:ルールの意味と『代替案』の提示

お互いの感情が整ったら、最後のステップ。「医療側の事情(ルール)」と「家族の願い」を調停する
「お父様を想う〇〇さんのお気持ち、本当に contemporary(よく)分かります。ただ、今夜お父様がベッドでぐっすり眠って体力を回復されているとしたら、今起こしてしまうことが、お父様のお体にとって一番良い選択かどうか……そこだけが僕も心配なんです」
病院の「面会謝絶」というルールを、「お父様の回復のため」という共通の目標として言い換える。
その上で、事前に病棟看護師へ確認しておいた状況を伝え、具体的な「代替案」を提示した。
「今、病棟の師長に確認したところ、お父様は呼吸も安定してスヤスヤ眠られていますよ。僕から夜勤の看護師に『息子さんが心配して夜遅く駆けつけてくれましたよ』と伝言を残しておきます。明日の面会時間にお顔を見ていただくのはいかがでしょうか?」
「……そうか。無事ならよかった。兄ちゃん、無理言ってすまんかったな。明日の面会時間に出直してくるわ」
怒りで爆発しそうだった男性は、最後は納得した表情で俺の手を握りしめ、夜の街へ帰っていった。
ただルールを押し付けるのではなく、対話で解きほぐす。
医療行為はできへんでも、「メディエーション」という技術を使えば、事務員だって患者さんとご家族の心を救うことができる。
今夜もひとつ、難解なパズルが綺麗に解けた気がした。
(第三話「緊急事態発生!コードブルーのサイレンと走る事務員」へ続く)

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病院の裏側で奮闘する事務員のリアルなストーリー、次回もぜひお楽しみに。

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