「汚い、危険、稼げない」で終わらせてたまるか。現場の泥をすすってきた私が、若者と世間に伝えたいこと。
「底辺の業界に、ずっといる。」
まずは最初に、そう言わせてほしい。
私は進学校に通い、当時は医療系の大学を目指していた。けれど夢を断念せざるを得なくなり、大学進学を選ばず、そのまま建設業界の現場へと飛び込んだ。
カッコつけて「誇り高い素晴らしい仕事だ」なんて綺麗事を言うつもりはない。
現場は服が汚れるし、常に危険と隣り合わせだ。楽な仕事なんてひとつもない。世間からどう見られているかも、長年この業界に身を置いて汗を流してきたからこそ、痛いほどよく分かっている。
今でも、ここは「底辺」だと思っている。
だけど、だからこそ声を大にして言いたいことがある。
「汚くて危険だから高給」で終わらせていいのか?
よく「現場の仕事は汚くて危険だから、その分稼げる」と言われることがある。
だが、「危険だから我慢料として金を払う」——そんな理屈だけで片付けていい仕事じゃないはずだ。
リスクの対価として金を払うだけなら、それは単なる「条件のトレード」だ。
「じゃあ、もっと綺麗で安全で楽な仕事に行くよ」となって終わってしまう。それでは若い人にとっての本当の魅力にはならない。
本当に必要なのは、**「この社会の足元を支えている、絶対に欠かせない大切な仕事なんだ」という社会的リスペクト(誇り)**と、それに見合った対価がセットでついてくることだ。
人と人が泥臭く繋がる、この仕事の本当の面白さ
挫折のすえに飛び込んだこの業界で、なぜ私が今日まで現場を続けられたのか。
理由はシンプルだ。この仕事が「人と深く関わる仕事」であり、それが好きだったからだ。
現場は、一人じゃ何も作れない。
頑固な職人さん、近隣の住民の方々、施主さん、行政……あらゆる人とコミュニケーションを取り、信頼を重ね、全員の力を合わせて一つのものを形にしていく。
誰もが画面に向かって無機質な作業をする時代だからこそ、人間臭い信頼関係のうえで、自分の手がけたモノが何十年も街に残る。この面白さと価値は、世間が思っている以上に深く、誇れるものだと思っている。
建設業界に、若者が入ってこない本当の理由
人手不足だ、高齢化だと叫ばれて久しいが、若い人が入ってこない理由は明確だ。
魅力と本当の姿が伝わっていないからだ。単に「きつい・汚い・危険」というイメージだけが一人歩きして、この仕事が持つ「人の温かさ」や「モノづくりの手応え」を知る機会すらない。
だからこそ、若い人に知ってほしい。
「自分たちの手が、この街を、この国を支えているんだ」と胸を張れる場所がここにあるということを。
政治家にメールを書いた、本当の理由
先日、私は政治家に「現場の賃金を上げるべきだ」とメールを送った。
単に「自分たちの給料を上げてくれ」という愚痴や要求を言いたかったわけじゃない。
この業界の先輩として、若い人たちが夢を持って飛び込める環境を作りたいからだ。
そして何より、この仕事の価値と重要性を、若者と世間に正しく認めて欲しいからだ。
世間からの「底辺」という印象を、私たちは本気でひっくり返さなきゃいけない。
汗をかき、人と関わり、社会の土台を作っている人間が、正当に評価され、年齢に関係なく稼げる場所へ。
現場の泥をすすってきた一人の人間として、これからも声を上げ、この業界の未来を変えていきたい。
