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「できない」と決めていたのは…

娘が保育園に行く日の朝。
いつものように準備をして車に乗り、保育園へ向かっていると、
「なんか、頭痛い。」
と娘がおでこを触りながら私に伝えてきた。
朝はあんなに元気だったし、ごはんもしっかり食べていた。
少し気になったけれど、そのまま保育園へ向かった。
先生に会うと、娘はすぐに
「頭痛い……」
と伝えた。
熱を測ると37.5度。
正直、微妙なところ。
でも娘は熱性けいれんを起こしたこともある。
今日は私も予定を調整できそうだし、無理はさせたくない。
「今日は帰って様子を見ます。」
そう伝え、保育園を後にした。

本当はその日、実家の畑を手伝う予定だった。
90歳のひいばあもいる。
もし風邪だったらうつしてしまうかもしれない。
そんなことを考えながら実家へ向かい、もう一度熱を測ると36.8度。
「もう頭も痛くない。」
娘はすっかり元気だった。
「じゃあ、ひいばあとおうちで遊んでてね。」
そう伝えると、
「えぇ~。ひいばあは遊んでくれないもん。なぎが言ったこともわからないもん。」
と少し不満そうにいう娘。
ひいばあは耳が少し遠く、足も不自由で、私が実家へ行くと、いつもソファに座ってうとうとしている。
それでも、お絵かきの準備をして、私は畑仕事へ向かった。

キャベツの種をポットに植えていると、
「ママー!」
娘の声が近づいてきた。
「今ね、ひいばあと外で遊んでる。」
何事もないように言う娘。
私も、じいじも、ばあばも思わず顔を見合わせた。
えっ?
いつも誰かに支えてもらいながら玄関を下りるひいばあが、外に出てる?
じいじが慌てて見に行くと、ひいばあは庭の椅子に腰掛けていた。
普段は転ぶと危ないから、一人で外へ出ないようにしている。
心配そうにしながらも、じいじはどこかうれしそうだった。
「外に出られてよかったね。」
ばあばも笑っていた。
娘よ、グッジョブ。

あとで娘に聞くと、その理由は思いがけないものだった。
「部屋で遊ぶの飽きたから、ブランコ行こうと思ったの。でも玄関に大きなクモがいてさ。一人じゃ嫌だったから、『ひいばあ、一緒に行こう』って言って、手をつないで行った。」
そう言って笑う娘。
助けようと思ったわけじゃない。
ただ、一緒に来てほしかっただけ。
その一言が、ひいばあを外へ連れ出していた。

しばらくすると、また娘がやってきた。
「ねぇ、ママ。ひいばあがヤクルトとみかん持ってきてくれた。食べていい?」
私は思わず笑ってしまった。
家の中にも二人で戻ったの?
しかも、ひいばあが冷蔵庫からヤクルトとみかんを出してくれたなんて。
「もちろん、食べていいよ。」
そう言うと、娘は
「ひいばあ、ありがとう!」
とうれしそうに部屋へ戻っていった。
ひいばあも、いつもよりずっと生き生きして見えた。

作業が終わって部屋へ戻ると、
「大丈夫だった?」
と聞いてみた。
「もう、一緒には遊びきらんよ。」
そう笑いながら話すひいばあの表情は、とても満たされていた。
私たちは、「危ないから」と、ひいばあを守ろうとしてきた。
もちろん、それは大切なこと。
でも、その一方で、「できるかもしれない」という可能性まで閉ざしてしまっていたのかもしれない。
あの日、ひいばあを外へ連れ出したのは、大人ではなく5歳の娘だった。
「できない」と思っていたのは、ひいばあではなく、私たちだったのかもしれない。
子どもは、ときどき大人の思い込みを軽々と越えていく。
その先には、誰かの生き生きとした笑顔が待っていることがある。

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