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【UTAKO夢日記#1/7月7日に見た前世の記憶】

あれは、6〜7年前に見た夢の話です。

今でも忘れられません。

その日は、
7月7日――七夕でした。

夢の中で、
私は知らない街を歩いていました。

でも、不思議と怖くありませんでした。

それどころか、どこか懐かしい。

初めて来たはずなのに、
ずっと昔から知っている場所のような感覚。

石畳の路地。

オレンジ色の壁。

深緑の窓枠。

小さなバルコニーから溢れる花々。

遠くで鳴る教会の鐘。

風に揺れる洗濯物。

路地の向こうから聞こえる子どもたちの笑い声。

誰も急いでいない。

誰も時間に追われていない。

そこには、
日本では感じたことのない
ゆっくりとした時間が流れていました。

私はイタリアへ行ったことがありません。

けれど夢の中では、
なぜか確信していました。

「ああ、ここはイタリアなんだ。」



その街に、
ひとりの青年がいました。

30代くらい。

青い瞳。

ベレー帽。

斜めがけのバッグ。

七分丈のズボン。

マウンテンバイク。

どう見ても、
私の知っているおじいちゃんではありません。

でも。

振り向いた瞬間にわかりました。

「あ、おじいちゃんだ。」

顔は違う。

年齢も違う。

なのに。

笑い方も。

私を呼ぶ声も。

空気も。

全部がおじいちゃんだったのです。

夢の中では、
それが少しも不思議ではありませんでした。

おじいちゃんは笑いながら言いました。

「早くこっち。」

そして走り出しました。

私は慌てて追いかけます。

「おじいちゃん待って!」

でも、
おじいちゃんは止まりません。

振り返りながら笑います。

「早く、早く。」

私は必死に追いかけました。



しばらく走った先に、
ひとつの看板がありました。

そこには、

Saizeriya(サイゼリヤ)

と書かれていました。

私は首をかしげます。

するとおじいちゃんは言いました。

「おばあちゃんを連れてきて。」

その瞬間。

目が覚めました。



朝の光の中で、
私はしばらく呆然としていました。

意味がわからない。

なぜイタリアだったのか。

なぜ若いおじいちゃんだったのか。

なぜサイゼリヤだったのか。

そしてなぜ、
おばあちゃんを連れてこいと言ったのか。

でも、
おじいちゃんは昔から謎かけが大好きでした。

だから私は、
きっとこれは最後まで解かなければいけない難題なんだと思いました。

そして調べました。

「Saizeriya」

まずはその言葉の意味を。

すると、
古いイタリア語で

「くちなしの花」

を意味すると書かれていました。

さらに。

その花言葉には、

「私は幸せです」

という意味がありました。



鳥肌が立ちました。

そして、
その日は7月7日。

七夕。

調べてみると――

なんと7月7日の誕生花も、
くちなしの花だったのです。 

サイゼリヤ→イタリア→クチナシの花→7月7日

全部がストーリーになっていました。

私はその瞬間、
自分の勘違いが恥ずかしくなりました。

「おばあちゃんをサイゼリヤに連れて行けってことかな?」

なんて考えていた自分が、
少し可笑しくなったのです。

おじいちゃんが伝えたかったのは、
そんなことじゃなかった。

きっと。

「私は幸せだから。」



その一言だったのです。



父も母も共働きだった私にとって、

おじいちゃんとおばあちゃんは、
第二の両親のような存在でした。

たくさんの愛情を注いでくれました。

たくさん守ってくれました。

たくさん笑わせてくれました。

だからこそ。

おじいちゃんが亡くなったあと、

おばあちゃんが家から出られなくなった姿を見るのは辛かった。

本当に辛かった。

でも。

少しずつ。

少しずつ。

おばあちゃんは外へ出るようになりました。

旅行へ行くようになりました。

外食へ行くようになりました。

笑うことも増えました。

その姿を見ながら私は思います。

もしかしたら。

おじいちゃんは、
ずっと見守っていたのかもしれない。

実はおじいちゃんは、
自分の死が近いことを知っていたかのように、

銀行の手続き。

郵便局の手続き。

区役所の手続き。

たくさんのことを、
おばあちゃんに教えていました。

「一人でも生きていけるように。」



それは愛情だったのだと思います。

おばあちゃんはよく言っていました。

「おじいちゃん、私の夢に出てきてくれないのよ。」

と。

少し寂しそうに。

でも今なら思うのです。

おじいちゃんは、
おばあちゃんのことを信じていたのかもしれない。

「まだ生きているんだから。」 



「ちゃんと自分の足で歩いてごらん。」


そんな風に。

だから夢に出てくる役目は、
私だったのかもしれません。

私はただの孫なのに。

気づけば。

おじいちゃんの想いを。

おばあちゃんへ届ける。

小さな橋渡し役になっていました。

あの日のイタリアの街並みを、
私は今でも覚えています。

本当にそこへ行ったことがあるかのように。

もしかしたら前世の記憶だったのかもしれない。

もしかしたら、
ただの夢だったのかもしれない。

でも。

ひとつだけ確かなことがあります。

愛する人は、
姿が見えなくなっても、

いなくなるわけじゃない。 

あの日、
若い姿のおじいちゃんが笑いながら伝えてくれた言葉。

「私は幸せだよ。」

その言葉は今も、
私の心の中で静かに生き続けています。  

ちなみに余談ですが
イタリアンレストラン"サイゼリヤ"の
創立記念日は
7月7日だそうです。

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