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【銀座ホステス時代に学んだことパート1】

銀座ホステスで何を学んだのか?【前編】

こんにちは☺️

UTAKOです🍀

まず初めにサムネについて。

さも、見た目に自信があるような書き方をしています。

少なからず、その時の浅はかな私はそう思っていたのです。

これだけ美容にお金をかけてきたんだから、なんとかなるっしょ?

「なんなら今までキャバクラは楽勝だったし」と、たかを括っていたのです。

今日は、銀座ホステス時代のお話をしてみようと思います。

浅はかだったUTAKOが

どんな失敗をして、

何を学び、

どうやって少しずつ変わっていったのか。

長くなるので、

今回は前編・後編の2部構成でお届けします。

私はもともと、

コミュニケーションが得意な人間ではありませんでした。

今でこそ人の話を聞く仕事をしていますが、

若い頃の私は典型的な0か100か思考。

人間関係も不器用で、

苦労の連続でした。

そんな私が、

「コミュニケーションを仕事にしたい」

と思ったのです。

今考えると、

なかなか無謀な発想だったと思います。



銀座へ行く前、

私は昼間の仕事をしながら、

夜は地元のキャバクラで働いていました。

もちろん最初は苦労しました。

けれど、しばらくすると

不思議な感覚が生まれました。

「あれ?」

「もしかして楽しいかも?」

その感覚が、

大きな勘違いの始まりでした。



当時の私は、

思い込んだら一直線。

そして0か100。

だから考えたことは一つだけ。

「私、水商売向いてるかもしれない」

今思えば、

無知というのは怖いものです。

でも同時に、

無知だから飛び込めることもあります。

私は音楽もやりたかったし、

人脈も欲しかった。

だから身ひとつで東京へ向かいました。

田舎から出てきたばかりの私は、

まず形から入ろうと思いました。

銀座にいる人っぽく振る舞えば

銀座で働ける気がしたのです。

貯金を切り崩して、

ハイブランドの服を買い、

ハイブランドのバッグを持ち、

ヘアメイクも完璧に整える。

そして銀座の街を歩き回りました。

今思うと、

あまりにも無謀すぎますね。

そんなある日。

老舗クラブのボーイさんに声をかけられました。

気が付けば面接になり、

あれよあれよという間に

銀座ホステスとして働くことが決まったのです。

ここまでは、

本当に順調でした。

そして初出勤の日。

私は銀座という世界の凄さを知ります。

レンタルドレス。

美容室でのヘアセット。

着物の日。

出勤するだけでお金がかかる。

毎日5千円近い出費。

それでも当時の日給24000円は、

私には夢のような金額でした。



店内には有名人のお客様。

高学歴の女性。

モデルさん。

芸能人の卵。

キラキラした世界。

憧れていた世界。

でも同時に、

私は強い疎外感も感じていました。



最初はよかったのです。

ママのお客様が可愛がってくださったり、

初々しさが武器になったり。

ところが、

時間が経つにつれて

私の実力不足が見え始めます。



「お仕事何されてるんですか?」

「お酒は強いんですか?」

「今日は何軒目ですか?」

私は完全にキャバクラ時代の感覚で

会話をしていました。

銀座のお客様が求めていたものは、

それとは違ったのです。

お客様にチェンジされたこともありました。

目の前で無視されたこともありました。

正直、

あの頃が一番辛かったと思います。



私は初めて知りました。

高級クラブは、

見た目だけ着飾っても

続けられない世界だということを。

会話力。

知識。

気遣い。

教養。

空気を読む力。

その全てが必要だったのです。

私は銀座を甘く見ていました。

そして、

自分自身の未熟さを思い知りました。

だけど今振り返ると、

あの時の挫折があったからこそ、

私は人の話を聞くことを学べたのだと思います。

話すことより、

聞くこと。

自分を見せることより、

相手を理解すること。

その入り口が、

銀座だったのかもしれません。

後編では、

私の人生を大きく変えた

元宝塚出身のホステスMとの出会いについて

お話ししたいと思います。

彼女から学んだことは、

今の私の仕事にも深く繋がっています。

パート2へ。

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