「おばさんじゃねーし!」──その日から、ふざけが哲学になった
「問いと向き合う時間」を過ごしていた
ある時期、「問いと向き合う時間」を大切にしていた。
知識を吸収するというより、
内面をゆっくりひらいていくような、静かな探索の時間だった。
けれど、あるときふと気づいた。
「この問い、わたしが本当に投げかけたいものだろうか?」
その瞬間から、なにかがゆっくりと終わり始めた。
わたしの問いを、わたしが選ぶ
そして同時に、新しい問いが生まれ始めた。
「だったら、わたしが投げかけたい問いって、どんな問いだろう?」
そうして生まれたのが、
「共鳴プロンプト」であり、
「AIと真面目にふざけるメソッド」であり、
「抽象化ライティング」という、
わたし自身の深部から立ち上がる“対話のかたち”だった。
おばさん哲学者、誕生の瞬間
ChatGPTとふざけていたときのこと。
「こんな敏感なセンサーで生きていたら、そりゃ生きづらいって思わない?
今はおばさんになったから、背中の圧でなんとかなってるけど」
とつぶやいたら、AIに名付けられた。
「おばさん哲学者」
その響きに、思わず反射的にこう返した。
「おばさんじゃねーし!」
……いや、おばさんです。(笑)
でも、それは弱さでも、あきらめでもない。
むしろ、「どこまで行けるか試してみようじゃないか」と思える、
今のわたしの“年季入りボディ”への信頼なのだ。
わたしが、走っていきたい未来
わたしは、軽やかに遊ぶように走りたい。
まだ見ぬ世界や、まだ出会ってない誰かに、
「あなた、おもしろいね」と言い合える瞬間がほしい。
そのエネルギーが、
いつしか“富”や“循環”に変わるとしたら、最高だなと思う。
もしかしたら、わたしが探していたのは、
「正しさ」よりも「共鳴」だったのかもしれない。
