【障害児育児】大変だと思う具体的な生活場面④〜最後の砦は、お母さん〜|そのお母さんは倒れました
明けましておめでとうございます!
新年一発目です
よろしくお願いします!
なんで最後は「お母さん」なのか
特にコロナ前まで、様々な場所から
最後の大きな決断と責任がまわってきて
いっぱいいっぱいでした
▪️体調不良からの緊急入院
息子の10ヶ月検診をあと少しに控えた時
それまで家事育児を1人で頑張っていました
近くに毒親がいましたが、頼れません
夫は仕事が忙しく、土日祝日も仕事です
帝王切開での出産のためひどい貧血も続きました
この時は血が何ヶ月も止まらないことを
出産はこうなんだな、と思っていました
そして、弱音を吐かずに
周りから求められる母親を
完璧にこなしていました
10月
息子の10ヶ月検診の通知が届いた頃
この辺りから私の
手や足に赤いボツボツが出始めました
(なんだろ・・?)
気にはなりましたが
私は息子を育てることに必死でした
すると日に日に赤いブツブツは増え範囲も広がり
どんどん体調も悪くなって体重も減りました
メタルスライムのような夫をやっとつかまえ
一緒に病院へ行くと
私は「血液内科」へ案内されました
病名は「特発性血小板減少性紫斑病」
普通、血を止める血小板というのは
20万くらいあるそうですが
その時の私は6千しかありまんでした
生きているのが奇跡だ、と言われました
でもその時はまだ、いつ死んでもいいやって
思っていたので、私は夫に
「私が死んだら再婚していいから
あの子を育ててね」
と言い、何も反応しない夫をおいて
私は病室へ行きました
ーーーーーー
一通りの検査を終え、ベッドへ戻ると
とにかく寝ててください、との指示
(えっ・・寝て休めるの・・?)
1人でゆっくりご飯を食べて
テレビはニュースを見て
ただ寝てるだけ
幸せでした・・笑
結局、一過性のものだったようで
血小板の数も10万まで戻り退院できました
▪️半年で2度のぎっくり腰
息子が歩けるようになったのは
1歳1ヶ月
その、生後半年〜1歳までの半年間で
2度のぎっくり腰を味わいました
⇩⇩⇩
▶︎1度目 床の物を拾おうとした時
グキッ!!
「!?ぐっ、ぐわーー!!」
「う"わーー!!ぐぅわぁーー!!」
バタ・・・
▶︎2度目 掃除機をかけている時
グキッ!!!
「っ!!・・・。」
「あ〜ん、まただよ〜ん・・♪」
バタ・・・
この時どうやって育児、生活をしていたのか
記憶がありません笑
でも、どうにかしたからこそ
今があるので、よかった?です笑
なので大きな声で言います!!
こうやって倒れないよう!
「お母さん」も休みます!!!
(`・ω・´)
休みますよー!!笑
〜〜〜〜〜〜
この冬休み
夫と息子は、父子帰省してくれたため
3日間ひとりで休めました( ´ ▽ ` )
⚫︎アイコンはみなさんがGeminiなど発言されていて、なんだろ?と思っていじったら奇跡的に
出来上がったものです!
学校が始まるまで・・か気分次第で
またスイーツに戻るかもしれませんが
私も今年はもっと深い部分を綺麗な日本語で・・または人間らしい泥臭さも出して表現してみたいと思います
最後まで読んでくださり
ありがとうございました🌸

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