美術館がこの世にある意味とは
私は美術館がよく好きで足運ぶ。
美術はもともと好きだったけれど、いった何に心が惹かれているかはわからなかった。
ただ、あの世界から色々集まってるコレクションとか
展示されているもを作った人は大昔にもう亡くなっていたり、ここに存在しない人の人生を見ているようなそんな気持ちにさせられることや
その人の思想考察を含めてすごく哲学的な抽象的なものに触れることが
すごく自分の心にいちいち響くのだと思う。
今美術館に行ったとき、大体の作品には解説文が載ってたりして
なんとなくその作品の背景が見えるしわかる。
でも美術館のいいところは、自分自身の経験や今ある価値観のよって作品の見え方が人によって変わるというところだ。
もし自分がとてつもない虚無感に襲われ、なにかを感動して見るエネルギーすら残っていないとき、美術館でもしかしたらその虚無感に襲われたような絵を見て、普段だったらなんて気味の悪い絵なんだろうとか思うかもしれない。でも自分の気分次第ではその瞬間この芸術家の絵がすごく美しいもの見えたりするかもしれない。絵というよりは、この人は一体何を思って絵を描いたのだろうか、人間味あるその表情を捉えられた芸術家の内面のすごさや美しい描写に心を射たれるのではないか、と。
そして亡くなった芸術家たち、その人たちがピカソやゴッホ、モネのように有名であっても、その美術館に無名の芸術家の壺が置いてあっても
死は必ずどんな人にも訪れる。
でもその人たちの作品は全て世の中に生き続けるというロマンがそこにある。
昔、それこそピカソたちなんかが全然有名でなかったときに、画廊を開いた女性がピカソたちを有名にしていった。
彼女も家柄や当時女性だったということもあり世間での彼女の扱いはひどいものだったが、彼女の献身的な芸術家へのリスペクトとサポートにより、彼らたちの絵は世の中に広まっていき、今20世紀にも私たちはこうして彼らたちの芸術に触れられることができる。
彼らが生きてた時代を感じることができるのだ。
美術館は哲学的思想と、芸術家たちの生涯を作品として残し
それが世界各国から集まっている神聖な場所でもある。
もし美術館に全く興味がなかった人も、芸術家の名前を知らなくても
立ち寄ってみて、自分が今感じてる目線で作品を見てみるのは楽しいかもしれない。
世の中に出会わなければいけない人は今生きてるだけの人ではないし私はいつも彼らの作品を見ながら対話をしている。
時々、もし芸術家の彼らたちが生きていて、一緒にワインを飲みながら
いったい今何を考えているのかを一緒に話せたら
これほどまでに幸せな瞬間はないだろうって。
2026年、今年もたくさんの美術館に足を運びたいと思っている
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