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竹富島で見た日本在来馬(与那国馬?)のこと



石垣島を出た船はわずか15分で竹富島(沖縄県石垣市)に到着した。

宿の方が出迎えに来てくれていた。車体を左右に揺すりながらしばらく走ると、道路の左手の茂みに白い動物が見えた。

竹富島にヨナグニウマがいるかもしれない

「あ!馬だ!」と思わず子どもみたいに叫んでしまったのだが、運転台のあるじは「あの馬の中に、与那国馬(ヨナグニウマ)がいるかもしれない」と教えてくれた。

日本列島で在来馬はわずか8種類しかない。平成6年には3466頭いたが、今はもう1700頭余りしか残っていない。絶滅と闘う日本固有種は少なくないが、馬たちにも種が絶えてしまう時間が迫る。

ヨナグニウマも在来馬8種類のうちの1つなのだが、令和5年時点で110頭しか残っていない。

もう一度、あの馬に会いたいと夕方、宿を抜け出した。

突如、茂みから出てきた!

勘を頼りに道をたどると、草木の中に少し距離を置いて、体格の小さい4頭が綱につながれていた。

足元の雑草を取ってあげるとムシャムシャと喜んで食べていた。

人がいたので声をかけると、飼い主さんの弟さんだった。


彼らを気にかける観光客は私だけじゃなかった

「兄が飼っている馬だからよくわからないけど、ヨナグニウマもいるかねー」ということだった。

はっきりとヨナグニウマだという証言を得たわけではなかったので、今度は竹富島のビジターセンター「ゆがふ館」に訊いてみた。

ここは島の自然環境や文化、歴史について学ぶことができる施設だ。

電話口での回答では「与那国馬を知り合いからもらって飼い続けていらっしゃるようだ」とのことだった。

「私が見たあの馬は、ヨナグニウマだったの⁈」という興奮が一気に高まった。

昔は大活躍だったヨナグニウマだが…

ちなみに「ヨナグニウマ保護活用協会」のHPには「…『チマンマ(島馬)』として島の人々に愛されていました。今の軽トラックと同じように重い荷物を運んだり、お百姓さんの足として活躍していました」と記されている。

主人に「どんな仕事をするんですか?」と聞いたが…


身体の小さく性格のやさしい在来馬は、昔は大活躍だった。しかし、交通手段の発達や機械化とともに「お役御免」となり、今では活躍の場がほとんどなくなった。

長野県の木曽馬もそうだったが、現場の人々は「この仔たちの現代的役割とはなんだろう」ということを深く考えながら飼育に当たっていた。

観光客がつくる在来馬の明るい未来

絶滅を回避する唯一の施策があるとすれば、その在来馬に再びスポットを当て、価値を見出すことにあるのかもしれない。

そこにいてくれさえすれば、私のように喜ぶ観光客も


「ヨナグニウマ保護活用協会」のHPにはジーンと来る一言がある。

「馬と軽トラと違うのは、人間と心を通わせ、一緒に汗をかくことができるということ」――

同協会はここに唯一無二の存在価値を見出している。

つまり、ヨナグニウマと触れ合おうとする観光客がいればいるほど、この馬たちの未来も明るくなる、ということなのだ。

観光客の間で、静かにアイドル化が始まってる…?


ちなみに石垣島でも、観光客がヨナグニウマと触れ合うことができる。

竹富町観光協会によれば、「平久保集落の「石垣島馬広場」(沖縄県石垣市字平久保355)では、観光者もヨナグニウマと遊ぶことができますよ」ということだった。

ここで「ヨナグニウマ保護活用協会」のHPにもう一度注目したい。

入島税でもらったシール。在来馬は竹富島の新アイコン?


〝国境の島〟ゆえのリスク

「当協会では沖縄本島をはじめ、石垣島、久米島、静岡県にもヨナグニウマを運び、それぞれの場所でヨナグニウマを守り育てようとしています。

戦争や疫病など、災害が起こった時のためのリスクを分散する意味もあるのです」

この協会は、ヨナグニウマを与那国島だけではなく、他の島や本土にまで分散化させて飼育に当たっているのだ。

これは私にとって大きな発見と安心だった。

宮古・八重山の列島を含む先島諸島は、国境の島ゆえに軍備増強の拠点となり、「美しい自然と平和」とは真逆の様相が形作られつつある。

八重山を訪れて感じたのは「人も動物も〝有事〟と背中合わせだということ」だった。

ヨナグニウマからすれば「もうひとつのリスク」である。

〝有事〟はあってはならないし、起こしてはならない。この馬たちのためにも平和外交を祈りたいです。

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