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The Covers中島みゆき~「時代」と諦念

■The Covers

しばらく前の話だが、NHKBSの「The Covers」で中島みゆきが初めて取り上げられた。
この番組に出演していた工藤静香が中島みゆきのカバーアルバムをリリースしたばかりなので、このタイミングので企画という頃になったのだろう。

出演者は、工藤静香、郷ひろみ、田島貴男、ELAIZAの4人。
工藤静香と中島みゆきの関係は言うまでもなく、郷ひろみは中島みゆきの曲の提供を受けたことがある。
田島貴男とELAIZAがよう分からんが、この番組の常連(ELAIZAはこの番組の元MC)なので、それでブッキングされたか。

カバーされた曲は、
工藤静香「わかれうた」
郷ひろみ「悪女」
田島貴男「ヘッドライト・テールライト」
ELAIZA「時代」
とシングル曲中心。

田島貴男の中島みゆきに対するコメントが興味深かった。
「歌詞が映像としてカット割りまで見えているのではないか」というのは、まさに自分もそう思っていたところなので、自分で曲を作り、歌詞を書く人の目線だと、やはりそう感じるところがあるのだろう。

歌詞が映像的、それも静止画ではなく、動画なカットが短い歌詞でありありと想像でき、その映像が登場人物の心情をしっかりと表現してしまうのは、まさに映画的かもしれない。

1987年に中島みゆきが松本典子に提供した「儀式(セレモニー)」という曲がある。
1989年のセルフカバーアルバム「御色なおし」に収録されているセルフカバーバージョンがいい。
ベースソロで始まるこの曲は、歌詞の内容と相まってとても切ない。
この曲は、付き合ったときに揃えたペアリングを結び合い、海に投げ捨てるというバイク乗りの恋人たちの別れの儀式を歌った歌だ。

 ひきずられてゆく波の中に光る
 ガラスたちの折れる寒い音がする

抽象的な情景が描写されるが、「ひきずられてゆく波」とか「ガラスたちの折れる寒い音」という表現は中島みゆきらしい。
通常使わない形容詞と名詞の組み合わせも得意で、この「寒い音」のような表現もよく使われる。

 少し着くずれたあなたの衿元を
 なおしてあげる手を途中で引きます
 あの町も行ったね あの海も行ったね
 仲間たちに会ったね いいことばかりだったね

海に向かう途中で、これまでふたりが一緒に過ごした時間を思い出しているのだろうか。

 セレモニー 指輪を結び合い
 セレモニー 涙の海に投げて
 セレモニー 単車の背中から
 みつめた夕日に さようなら

ここで、どうやら女性の方は自分で単車を乗ってきたのではなく、男性の単車の後ろに乗ってきたらしいことが分かる。
別れの情景は、夕暮れと決まっているらしい。

ここで、その前の歌詞を振り返ると、女性の仕草がありありと映像として浮かぶ。

 少し着くずれたあなたの衿元を
 なおしてあげる手を途中で引きます

女性はいつも男性の単車の後ろに乗ったときは、そうしていたのであろう。
ふと視線を向けた男性の衿元が乱れている。
無意識で乱れた衿元を直そうと手を伸ばした自分自身に気づいて、伸ばそうとした手が止まる。
ここまでは、男性の衿元を見ている女性の視線。
ここから伸ばそうとした手を引く映像を映すのは、女性の方を向けたショットに切り替わる。
ヘルメット越しの女性の目の表情。
これが最後のツーリング、別れの儀式なのにそれを忘れて、無意識に男性の衿を直そうとしてしまった自分に驚き、もうこんなことをすることもないことを改めて思い知り、寂しげな表情に変わる。
たった2行の歌詞で、その光景が映像として浮かび、女性の心情がしっかりと伝わってくる。

たぶんみゆきさんは、この映像が頭にある。
その上で、その映像を短い歌詞にして、最も効果的な位置に置いている。
歌も映画と同じように、巻き戻しができない。
最初その意味が分からなかったシーンが後で分かるように作られることある。
そういう意味では、まさに映画的、ショートムービーを見ているような感触のある歌だ。
「いいことばかりだった」のに、なぜふたりは別れてしまうのか。

 24時間の過ぎてゆく早さを
 変えようとしていた夏の日が遠い
 危うげな愛の過ぎてゆく早さを
 予感してた2人 なおさら急いだ
 幻を崖まで追いつめたあの日々
 耳を打つ潮風はたわごとだけを運んだ

松本典子に提供したオリジナルと中島みゆきのセルフカバーでは歌詞が一部異なる。
「なおさら急いだ」の次の2行がオリジナルではこうなっている。

 もしも 私 あなたと同い年だったなら
 もしも あなた いつもまでも学生でいられたなら

中島みゆきのカバーバージョンを先に聴いていたので、このオリジナルの歌詞を知ったときはちょっとショックだった。
この2行でこの歌の風景が全くと言っていいほど変わってしまうからだ。
オリジナルの歌詞だと、彼氏は大学生で、就職で遠くへ行ってしまうのか、主人公は年下の大学生もしくは高校生なのか、ということになってしまう。
彼の乱れた衿元をそっと直してあげる大学生の女性は、今やかなり古風なイメージだ。
ここをカバーバージョンのように主人公とその彼の年齢を曖昧にして、「幻を崖まで追いつめた」とすることによって、若いふたりの激情がみてとれる。
曲のアレンジ自体も全く異なり、オリジナルは歌詞も含めて18歳のアイドル歌手用になっているので、当時37歳の中島みゆきがカバーするにあたって、さすがに主人公が学生というわけにはいかなかったのだろう。
年齢を曖昧にすることによって、若さ故の性急さ、感情の激しさ、それを大人になった主人公が海を見ながら思い出している、そんな匂いを感じられるようになった。

中島みゆきと音楽的な指向は全くかぶらない田島貴男がチョイスした曲は「ヘッドライト・テールライト」。
選曲の理由は、いちばん歌いやすいということらしい。
田島貴男らしく、ソウルっぽくアレンジされ、あの歌声で歌われる「ヘッドライト・テールライト」はかなり斬新で興味深かったが、何せこの曲はあの番組のエンディングテーマとして数え切れないほど聴いているので、それを乗り越えるのは、田島貴男といえども少々難しかった。

■諦念と希望

しかし、なぜ4人目がELAIZAで、しかも「時代」なんだろう。
非常に気だるい感じで歌われる「時代」は、かなり新鮮だった。

中島みゆきの「時代」の公式な音源は、ライブ音源を除くと3バージョンある。
個人的には、ファーストアルバム「私の声が聞こえますか」の最後に収録されているアルバムバージョンが好きだ。
ほぼアコースティックギターのみの弾き語り的なアレンジだが、この歌の持つ、諦念の中に見える微かな希望という心の情景が一番はっきり見えるからだ。
「時代」という曲は、中島みゆきを代表する曲の一つで、多くの歌手にカバーされている。
カバーされた曲をすべて聴いているわけではないが、その多くはこの曲の持つ「希望」の側面を強調している。
それはそれで間違っているわけではないのだが、そこに至るまでの深い諦念がベースにあるということがこの歌の本質だと思っている。
絶望し切った後諦めるしかない状態になってから微かに見える灯のような希望、それを感じさせてくれるからこの歌は時代が変わっても普遍的であり、特別なものであり続けているのだと思う。

ELIZAのカバーは、そういった諦念とか希望とかそういったものをすっかり通り越して、いい意味でただの曲として歌っているところが面白かった。

工藤静香の「わかれうた」はジャジーなアレンジで、工藤静香っぽくて、なかなかよかった。
工藤静香のアルバムはしばらく買っていなかったが、今回の「Love Paradox」は聴いてみようと思う。
中島みゆき提供の新曲「海燕」も収録されているようだが、なかなかの難曲の模様。
中島みゆきは歌いこなせるだろうと信頼している人にしかこういう難曲を提供しない。
平原綾香に提供した「Aria」もそうだった。

中島みゆきが工藤静香に初めて曲というか歌詞を提供したのは、もう30年以上前のことになる。
そのときに、工藤静香と中島みゆきの音楽的な関係がここまで長く続くとは誰も思わなかったに違いない。
もはや、中島みゆきから最も多くの楽曲の提供を受けているのは工藤静香になってしまった。
数ある中島みゆき提供曲の中で最も好きなのは「そのあとは雨の中」。
2009年リリースのアルバム「Rise Me」のラストを飾るナンバーで、作詞は中島みゆきで、作編曲は後藤次利。
曲はとてもいいが、なにぶん録音が悪いのとアレンジがいま一つで、この曲を聴くたびに、もう少しいい音質で聴けたらな、せめてリマスタリング版が出ないかなと思って、十数年。
工藤静香の初めてのセルフカバーアルバム「感受」の特別盤に、セルフカバーとして新録が収録されていた。

「感受」工藤静香


ハイレゾバージョンがサブスクで公開されていたので、聴くことができたがとても感慨深かった。

 歌う雨に任せて ふたりたたずんでる

 「僕はいつでも君を・・・」
 そのあとは雨の中
 愛してる 愛してない どちらだったの?
 聞こえなかった

 人は淋しくなる ふいに淋しくなる
 何ひとつ疑わず 愛し続けていても

 抱きしめた腕が ふとためらっても
 私たちの愛のせいじゃない
 流れて流れる時のせせらぎが
 私たちをからかうせいよ
 迷うはずがない

 恋は映画のように進んでくれない
 すれ違い カン違い 
 さまにならない場面ばかり

 誰も教わらない 恋を教わらない
 ためらいと とまどいに 立ち止まりかけながら

 誰よりも近く 近づいてほしい
 うまく言えるふたりじゃないけど
 誰よりも近く いつもいてほしい
 その思いが伝わればいい
 そのあとは雨の中

工藤静香は中島みゆきの曲をカバーするより、やはり自分の持ち歌を歌う方が合っている。
「そのあとは雨の中」は工藤静香のベストバラードだと思っているが、この曲を新録のアレンジでライブで聴いてみたい。

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