記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

ドラマ「マイダイアリー」第6話の感想

※お断り
前回の記事より短くするつもりだったのですが、逆にだいぶ長くなってしまいました。
第6話がとてもよかったゆえのことですので、ご容赦ください。

■「手と本当のきもち」
今週はようやく定時の10時15分の放送に戻ったので、リアルタイムで視聴した。
放送前から期待はしていたが、期待どおりよかった。
よい意味で意外性はなかったが、今までで一番すんなりと登場人物の感情が入ってきた。
優希と姉との関係を中心に、優希と広海、虎之介とまひるの関係の進展があり、ようやくドラマが大きく動き出してきた(かなり遅い気もする)。
第2話から今回の第6話まで、登場人物5人の悩みをそれぞれ掘り下げる内容だったが、その悩み自体は実はかなり深刻、ヘヴィーだったが、向き合い方についてはそれほどシビアな感じには描かれていなかった。
しかし、前回の広海の回から比較的身近な人物と対峙しながら、自分の問題と向き合うややハードな展開となっていたが、今回は肉親の死について実の姉と対峙しなければならないという、現実にはよくある話だがかなりハードな展開になっていた。
その乗り越え方がこのドラマらしく、主人公の優希役に清原果耶が選ばれたのかがよく分かる話でもあった。

■優希と姉の関係
次回予告と第6話のあらすじから物語の展開を推測していたが、ほぼ推測が当たっていた。
優希と姉との関係については、第4話で優希と広海が遊園地に行くシーンで、優希が広海に話した家族で遊園地に行ったときのエピソードが伏線になっているのかなと思ったら、やはりかなり重要な伏線になっていた。
これまで不思議に思っていた優希の行動の理由も、今回明かされることになった。

事実としては、
○優希が高校3年生のときに、母が病気でなくなる。
○優希の母は海が好きで、亡くなったら海に帰えりたいという希望だったので、家族3人で相談して海に散骨することにした。
○優希は、母の遺灰を海にまいたと嘘をつき、遺灰を持ち帰ってしまう。
○母の死後、優希は突然東京の大学に進学すると言いだして、東京に行く。
○姉は、地元の信用金庫の就職し、父と自宅住まい。
○優希は、実家にはあまり帰っていない(大学4年のお盆も実家に帰らなかった)。
ということが分かった。

優希が母の遺灰を持っている時点で、優希の母が通常の納骨ではなく散骨だったのかな、その遺灰が優希の手元にあるということは、本来散骨するはずだった遺灰を持ってきてしまったのかな、と思っていたらやはりそのとおりだった。
優希は、教育学部なのに東京でひとり暮らしをしているが、教育学部志望ならば地元の大学に進学することが多いと思うが、わざわざ東京の大学に進学したことにちょっと違和感があったのだが、それにはやはり理由があった。
母の死後、突然東京の大学に進学したいとなったら、姉が違和感を持つのも無理はない。
(東京の大学に進学となったら、仕送りも大変だ。)

今回の予告編を見て、優希の姉がアポなしで優希のマンショを訪ねてきた理由が気になったのだが、その理由も納得。
実家に余計な金銭的負担をかけて、東京の大学に進学したという負い目、さらに母の遺灰のことを家族に話していないという気後れから、家族と距離を置きたがっている、自分のマンションには来てほしくないという雰囲気を優希の姉は敏感に感じ取っている。
セリフにもあったが、事前に行くことを話したら優希に逃げられそうなので、優希の姉はアポなしで優希のマンションに来ている。
なかなか実家に戻ってこない、連絡もあまりない優希の様子を探る意味もあって、アポなして姉が優希のマンションに来たというのは、個人的にはとても自然な流れだと感じた。
アポなしで来た姉を断れない優希の性格を承知した上での行動なので、このことでこの姉妹の関係性を推測させるものともなっている。

優希の姉が、冗談めかして、遺灰を隠したクローゼットを開けようとするところはちょっと唐突感がありいただけないが、優希のいないときにエプロンを探してクローゼットを開け、母の遺灰を見つけてしまうというくだりは自然でよかった。
なぜ、優希の姉がエプロンを探したのかという理由は劇中で語られてはいなかったが、結婚式から早めに戻った姉が妹と一緒に食べる夕食を作ろうとしたと考えるのが自然だろうか。
家族に言えなかった母の遺灰のことを、優希が話す前に姉が発見することが物語の展開上必要なのだが、優希と姉との関係、姉の性格までもが、そこまでの短いシーンの中で表現されていて、ほとんど不自然な部分がないというのは、なかなか優れた脚本だと思った。
冗談めかして、遺灰を隠したクローゼットを開けようとするシーンは別に必要ないと思ったのだが、このシーンを入れておかないと、そのあと姉が母の遺灰のことを「死体」と呼ぶところにつがならない。
このシーンがないと、遺灰のことを「死体」と呼ぶ優希の姉のセリフに唐突感しかなくなる。

このドラマでは散骨という設定になっているので、一見骨とは分からない遺灰になっているが、骨の形が見える遺骨のままなら、優希は持って帰れなかったし、持って帰らなかっただろう。
母の遺灰に話しかける優希は「普通」ではないとしても、異常とまではいえない。
しかし、これが遺骨だったら、ホラーの世界である。
人骨に忌避感を持つのは、それが死を連想させるからだろう。
遺灰のことを「死体」と呼ぶ人は普通いないと思うが、それをあえて「死体」と言わせることで、遺骨であれば直接的に死を意識させるが、一見骨には見えない遺灰の形になっているがゆえに曖昧になっている母の死を優希に強く意識させる効果を狙っているのだろう。

人が亡くなったことを意識させられるのは、火葬にされ、人の形を失って骨になってしまったのを見たときような気がする。
棺に入った亡骸は、人の形を保っており、眠っているようで、その人が亡くなったことを感じにくい。
優希の性格、母への関わりからすると、火葬後、骨になってしまった母の姿を見ていない、見ることができなかったのではないか。
(一方、姉の方は、悲しみに耐えながら気丈に母のお骨を拾う姿が想像できる。)
優希が火葬後に母の姿を見たのは、白い粉のような遺灰になってからだとすると、その遺灰から母の死を強く感じることはなく、もともと受け入れがたかった母の死がより曖昧になってしまって、優希が散骨できずに母の遺灰を持ち帰ってしまうという行動に結びついたのかもしれない。

優希が姉に対して「やっちゃった」こととは、なかなか家族に言えなかった遺灰のことを自分から言う前に見つかってしまったこと以上に、そのことで姉を傷つけてしまったことだろう。
その後の「こうなることを望んでいたのかもしれない」という優希のセリフ。
見つかりにくい場所に隠しておくこともできたのに、遺灰を見つかりやすそうな場所に置いたままにしたのは、優希の気持ちの変化があるからだろう。
もし、これが優希が大学には行ってすぐ、母が亡くなって1年も経たない頃なら、優希は母の遺灰を見つかりにくい場所に隠し直しただろう。
母の死を受け入れがたい優希にとって、母の遺灰は心の拠り所だったから。
でも、遺灰を持ち帰ろうが持ち帰るまいが、優希の母が亡くなったという事実が消えてしまうわけではない。
優希が母を心の拠り所にしようとするなら、遺灰である必要はなく、遺品でも、遺影でもいいはずなのだ。
4年経った今の優希ならそんなことわかっている。
でも、高校3年生だった優希には母の死を受け止めきれなかった、受け止めきれずに、家族との約束を破って、嘘までついて、母の遺灰を持ち帰ってしまい、まだその遺灰は優希の手元にある。
そうしてしまった自分への後悔、家族への後ろめたさに苛まれている。
だから、優希は苦しいのだ。
だから、今更自分から言うことができず、姉に見つけてもらって「ほっとしている」自分を「最低だ」といっているのだ。

広海との約束をキャンセルして、帰ってしまった姉を追いかけるように実家のある浜松へ帰るのに、母の遺灰を持って行ったのは、4年遅れたが、母の遺灰を散骨して、楽になりたいと思っていたからだろう。
大好きだった母の死に自分がちゃんと向き合えないことで、姉を傷つけてしまった。
そのことが、「やさしい」優希には堪えている。
そうでなければ、遺灰を持って行かないし、そもそも浜松へ帰っていない。

このドラマをずっと見てきたので、このシーンでの優希の感情の動きがよく分かる。
一番謎なのは、なんでトムさんが影絵をしようと思ったのかだが、まあ今回も「手」というお題縛りがかかっているので、そこは諦めよう。

■設定のほころび
設定がしっかり練られていると書いたが、ひとつだけ、おやと思ったところがある。
それは、姉がマンションを訪ねて来てから、優希が実家に帰るまでの曜日のことだ。
優希の姉が優希のマンションを訪ねてきたのは何曜日か。
自分はてっきり金曜日の夜だと思った。
○信用金庫に勤めている姉は仕事が終わってから、新幹線で東京に来たから、優希のマンションを訪ねたのは金曜日の夜。
○翌日に友人の結婚式に出席するということから、翌日は土曜日。
○結婚式のあった土曜日の夜、浜松に帰ってしまった姉を追いかけて、夜行バスで優希は浜松へ向かう。
○優希が実家に着いたのは、その翌日なので日曜日の午前中。
○優希から風邪を引いたと連絡を受けて、心配した広海が優希のマンションを訪ねたのも日曜日の午前中。
○広海と会ったトムさんが優希の実家の住所を書いて渡したのが、日曜版の競馬新聞。
(赤鉛筆とセットの競馬新聞は、日曜日午前中の見慣れた光景だ。)
○実家に着いた優希は自転車を押して海を向かう途中で、制服姿で昼食を取っている姉と会う。
○海から戻ってきた優希は、夕食の支度をしている姉と母の遺灰のことで言い合いになる。
○その後辛子を買ってくるといって、外に出たら広海に会う。

ここでふと気がついた。
広海が優希のマンションを日曜日の午前中に訪ねたのなら、自宅に戻って準備をしたとしても、その日の夕方には十分浜松に着けるだろうとは思うが、信用金庫って日曜日もやってるの?
優希の姉が優希を訪ねてきたのが土曜日の夜だとすると、姉が出席した結婚式は日曜で、優希が実家に着いたのが月曜日ということになり、実家に着いたときに姉の姿はなく、仕事に行っていたということと辻褄が合う。
ただ、そうなるとトムさんが月曜日の午前中に日曜版の競馬新聞と赤鉛筆をもって自宅にいたことになるが、そんなことある?
日曜版の競馬新聞は土曜日の夕方には店頭に並ぶ。
月曜日に日曜版の競馬新聞を持っていても仕方がないし、そんな人見たことない。
よく考えると、優希の姉が、真夏の8月に外(しかも日向)で昼食を取っているというのもかなり不自然だが、まあそこはそれ、トムさんが月曜日に日曜版の競馬新聞を持っているよりはましだ。
ここは、母の死後、地元の信用金庫(自宅から自転車で通える程度の距離)に勤めながら、実家で家事もこなして父をサポートしているという姉の設定を見せたかったのかなと思うが、それならトムさんが持っている競馬新聞に日曜版という文字を入れずに、曜日を曖昧にしておけばよかったのかと思うが、そこが見落としなのか、確信犯なのかは分からない。
トムさんが競馬ジャンキーという設定を見せたくて、今回の最後でトムさんが牛丼食べているシーンで映されるトムさんのスマホの画面も競馬情報になっていたようなので、広海に渡す走り書きの紙は競馬新聞である必要があったのだろう。
だとしたら、なおさらアップで映される競馬新聞に「日曜版」の文字は必要なかったと思う。
トムさんに関しては、今回左の二の腕の内側にかなり大きなタトゥーが確認できる。
1年前の夏のシーンを確認したら、その時は意図的にこの部分をぎりぎり見えないように服で隠していた。
今回は冒頭のシーンから、ちらちらそのタトゥーが見えているが、後の方でその全体をはっきりと映している。
この回で、トムさんの競馬ジャンキー設定やタトゥーあり設定を見せてきたのは、次回のトムさんメインの話ための設定、伏線と考えられる。
他の設定は優希やその姉の心情を示す土台としてかなりよかったので、この曜日設定のほころびはちょっと残念だ。

■優希と姉の対峙
浜松の実家に帰った優希が、母の遺灰のことで姉と言い合いになる。
このシーンでの優希、そして優希の姉両方の感情、思いが分かりすぎるぐらいわかってしまったので(特に姉の方)、母が亡くなったことについてお互いが辛く、悲しい思いをしていることをお互いが分かっているのに、その母の死のことについて姉妹にいさかいが生じているこの状況がいたたまれない。

「どんな話した? 今日大学でこんなことあってさ、とか話した?
 好きな人できたんだよねとか話した? 楽しかった?
 心のよりどころだった? 死体と話して」
と優希のマンションに隠しカメラでもつけてましたかと思うぐらい図星を突かれて、言葉に詰まる優希。
このシチュエーションでこの言葉が姉から出るとすれば、母の生前に優希が母に対してこういうことを話していただろうということが推測できる。
ここまでの姉の行動、発言からして、姉の方は優希のように母親に甘えられるタイプではなさそうだから、母親に何でも話せて甘えられる優希にうらやましさ、嫉妬のようなものを感じていたのではないかということが垣間見える。

このシーンでの姉妹の感情の動きが腑に落ちるのは、姉妹の性格や立場の違いが設定にしっかり反映されているからだ。
○姉の方は、しっかりもので、芯が強い。現実にうまく適応できるタイプ。
 言いたいことをはっきり言うが、言い方がきつくなることがある。
 言った後で言い過ぎたと後悔するタイプ
 どちらかというと父と行動パターンが似ている(遊園地で優希が話した
 エピソード)。
 母に対しては、姉ということもあり甘えるようなことは出来ないタイプ。
 姉は、母が亡くなったときはもう二十歳を超えているくらいの年齢か。
 母が亡くなったときに学生だったから不明だが、母が亡くなったため、
 地元に戻り、自宅から通える信用金庫に就職したのではないか。
○妹の方は、どちらかというと内向的で繊細なタイプ。
 言いたいこともあまり言えず、何であの時言わなかったかと
 後悔するタイプ
 どちらかというと母と行動パターンが似ている
 (遊園地で優希が話したエピソード)。
 母に対しては、身近なことを何でも話している。お母さん子。
 妹は、母が亡くなったときはまだ高校生。
 普通でも、高校生のときに母を亡くすのは辛いが、
 お母さん子だった優希にはなおさら辛く、母の死を受け止めきれない。
 そのことが遺灰の持ち帰り、さらに家族と離れ東京の大学に進学すること
 につながってしまい、結果的に家族とは距離を置かざるをえなくなって
 いる。

姉からしてみれば、自分ではしたくてもできない自宅を離れるということを妹がやっていて、わがままにも見えるし、そんな妹に嫉妬ような感情も感じている。
自宅にいたら母のことを思い出して辛いから東京の大学に行きたいと言い出したのかなと思っていたら、家族に嘘をついて遺灰を持ち帰り、4年経った今でもその遺灰が手元にある。
その妹の行為は、姉にしてみたら家族に対する一種の「裏切り」に思えた。
と同時に、妹が未だに母の死に向き合い切れていないことに苛立ちと悲しさも感じている。
そういった状況で姉妹のあの厳しい言葉のやりとりになってしまうのだが、あの姉妹がそういうことを言ってしまうことに説得力を持たせる設定がしっかりとできている。
感情の土台となる設定がしっかりしているので、姉妹対峙のシーンのやりとり、その後の行動については、何の違和感もなく腑に落ちる。

■なぜ優見は優希に対して怒っているのか
今回の放送を見て、母の遺灰を海にまけず持ち帰ってしまった妹に対して、なんで姉がそんなに怒っているのか理解できないという意見をけっこう目にした。
なるほど、そういう見方もあるのかとちょっと意外に思ったが、確かに優希と優見の姉妹の設定とか背景が理解されていないと、そういう風に感じる人もいるかなと思った。
姉の優見役の菅野莉央の演技が素晴らしかったので、余計にそう思った人もいるかもしれない。
今回の放送後、このドラマの脚本家が「優見は優希に何を思ったのか。」と題した投稿をしている。
脚本家としても、この反応は意外だったようで、自分のメモとして、自分の意図を説明し、次に脚本を書くときの材料とする趣旨でこの投稿をしたようだ。
姉の行動、感情についての解釈は、ほぼ自分が考えていたものと一致していた。
書き方が客観的なのは、あくまでドラマとして放送されたものを脚本家として見ているからだろう。
その中で、姉の優見は「優希においてけぼりにされた」と感じたのではないかと書いていた。
母の死を乗り越えて、家族と一緒になんとか前に進もうと姉は思っていたが、振り返ると一緒に歩いていたはずの妹の姿はなかった、という感じだろうか。
しかし、ドラマを見る限り、姉の優見は優希に対して明らかに怒っているという演出になっていると思う。
この状況で姉が怒るとすれば、優希の母の遺灰を持ち帰り、4年間も手元に残していた行為が家族、実家に残ってなんとか前を向こうとしている自分に対する「裏切り」だと感じた、という解釈をしていたのではないだろうか。
実際に、このシーンを見てそういうふうに感じたし、そう考えるととても腑に落ちる。

母の死後、東京の大学に行ってしまって、なかなか実家に戻ってこない、あまり連絡もよこさない妹のことを心配して、妹の元を訪れ、その部屋から4年前に海にまいたはずの母の遺灰を見つけたときの姉の気持ちはどうだったのだろう。
○とにかくショック、まさかそんなはずはないと思う
○同時に、自分がまいた母の遺灰を目にして、
 ようやく薄らいできた母の死の悲しみ、痛みがまた込み上げてくる。
○妹はあっさり自白、いたたまれず、そのまま部屋を飛び出す。
○浜松への帰り道、ずっと違和感があった母の死後の妹の行動の理由に
 思い当たり、妹に裏切られたような気になり、怒りがわいてくる。
○実家に帰ってきて、荷物を持って海に向かう妹を見て、遺灰をまきに
 行くんだろうと思っていたが、海から帰ってきた妹は遺灰の話に
 触れない。
○遺灰のことについて話を振っても(言い方はともかく)、
 妹はその話を避け、自分が無視された形になってしまって、
 姉の怒り爆発。

と、姉が優希に対して怒るのはとても分かりやすいと思うのだが、前提となる設定が頭にないと、姉のあの怒りに拒否反応が出てしまうかもしれない(姉ちゃんの言い方がだいぶきつかったからね)。
母の死後4年というところが絶妙で、ちょうど母の死の悲しみが薄らいできたあたりで、いきなり母の遺灰を妹の部屋で見つけてしまったところが姉の怒りに繋がっている。
これが母の死後7年だったら、また姉の反応も違っていただろう。
また、優希が浜松に戻ったのが、妹の部屋から母の遺灰を見つけた翌日というのもいけなかった。
姉が優希の部屋から遺灰を見つけてしまってからまだ24時間も経っておらっず、姉の方がまだ感情の整理がついていない状態なので、ついつい感情的になってしまっている。
これが1週間後だったら、姉ももう少し冷静になっていただろう。
海から帰ってきた優希に遺灰のことを聞きたい優見だが、ここで
「遺灰をまくために帰ってきたんでしょ? 
 あのとき、まけなくてごめんねって謝りに来てくれたんでしょ?」
と言えればいいのだが、この時点でそういうふうに言える性格の優見ではない。
出てきた言葉が
「あのとき一緒にまけなくてごめんねとか言うつもり、いまさら」
という言い方になってしまったのではないかなと思う。

■妹の言い分
結局、姉妹で言い合いになってしまうのだが、姉妹だからこそ言えなかった本音がお互いから出てしまう。
姉は、思っていた。
母が亡くなって悲しくて、別れ難かったのは妹だけじゃなく、自分も同じ。
亡くなった母を海に帰すのは母の望みだと思ったから、家族みんなで海に遺灰をまいて、前に進もうと思っていた。
母が亡くなったことの悲しみも何とか前に進もうとする気持ちも家族で「分け合えている」と思っていたが、妹の「裏切り」を目の当たりにしてしまう。
自分が手放してしまった母の遺灰を優見だけが、しかも嘘までついて手元に置いていることを、母が亡くなった後も母を「独占」しようとしていると感じたのかもしれない。
姉の優見の言葉、態度には、そんな妹への「嫉妬」も感じられて、様々な感情が入り交じり、その感情の整理がつかず、必要以上に優希に当たっているというように感じられる。

こんなときにもかかわらず、いやこんなときだからこそ、優希が姉に対してずっと引っかかっていたことを姉に直接ぶつけてしまう。
優希は、母が亡くなったときに姉が言った「お母さんは、病気と精いっぱい闘ったんだ」という言葉に引っかかっていたのだ。
その理由が驚きだった。
ここで、その理由が優希から発せられるとは全く予想できなかったが、同時にこれまでの優希の違和感のある行動、発言の理由がようやく明かされることになる。
優希の母は、野球中継が始まると、勝負がつくものが苦手で本を読み始めるような人で、ジャンケンがあいこだとほっとするほど「やさしい」人だと語る優希。
現実には、優希の母のように「やさしい」人はいないと思う。
こんなことじゃ、自分の子供の運動会なんて、とても見ていられないじゃないか、と。
やさしいことを示すことに不器用な優希は、優希の母に「やさしい人になりなさい」と言われて育つ。
この世では生きていられないと思うほど過剰に「やさしい」母にそう言われたら、自分も自分の母のようにやさしい人にならないといけないと思い込んでも無理はない。
その母は、亡くなってしまった。
「やさしい人になりなさい」という母の言葉だけが残された優希は、他人から見れば違和感ありありの「やさしい」行動をとるようになる(広海のリュックの件が典型)。
優希本人は母から言われた言葉どおりに「やさしい人になりたい。ただそれだけなのに」と思っているが、他人からはそれはやさしさではなく、ただ重いだけと思われ、相手に息苦しさを与えてしまっている。
もはや、「やさしい人になりなさい」という母の言葉は、優希にとって行動の指針、道標ではなく、優希を縛る言葉の呪縛、優希の重荷になってしまっている。

姉の言葉に違和感があった理由、そのロジックが優希から語られるが、正直、その発想はなかったと言わざるをえない。
ただ、なぜかこのロジックは不思議な説得力を持っていて、優希ならそう考えるかもねと思ってしまっている自分に気づく。
「お母さんのこと一番知ってる私たちだったら、家族だったら、
 そんなこと簡単に言えるはずないでしょ」
「お母さんは、闘ってなんかない」
「それなのになんで病気になったら、闘ったとか言われなきゃならないの?
 克服した人は勝ちで、お母さんは負けたの?
 そんな闘い望んでもないのに」
優希が母の葬儀の時点で、家族である姉の言葉に対する違和感をここまで言語化、明確化できていたか定かではないが、姉の言葉にわだかまりを持ち続けていた優希が広海の「人生の道の途中に乗り越えられないくらいものを置いたのは誰? 勝手に置かれたものに何で立ち向かわなけりゃならないのかな」という言葉にはっとしたというのもうなずける(脚本家がネタばらししていました)。

この言葉に一瞬ひるむ姉だが、「それと、遺灰まかなかったことと何の関係があるの?」から始まる姉の反撃の言葉は、正論である。
ここで語られる姉の言葉は正しいし、個人的にはとても共感できるものがある。
「死んだら海に帰りたい」のが母の希望だったから、別れがたく辛かったが、辛いのは自分だけじゃないと思ったから、散骨した。
散骨することは家族3人で決めた。
なのに、「死んだら海に帰りたい」という母の願いに背いているのは、おまえの方じゃないか。
「家族ならそんなことと言えるはずがない」というのなら、母を亡くした悲しみを家族で分け合おうとしていないのは、おまえの方じゃないのか。
こう言われて、優希は反論できない。

母が亡くなったことを何とか受け入れて、遺灰をまき、前に進もうとしていた姉。
母が亡くなったこと自体を受け入れられず、遺灰を海にまけなかった妹。
母が亡くなったことを受け入れられない、自分の中では母が亡くなったことになっていないから、「『死んだら』海に帰りたい」という母の願いに反してはいない、という思いが優希にあったのだろうか。

ここまで見ただけでも、主人公の優希の回だけに、設定も感情の動きもしっかり練ってある印象を受ける。
むしろ、これが先にあり、他のエピソードを構成していったような感じさえする。
それに対し、広海については、ギフテッドを扱ったこともあって、練り込みが足りない、未消化の印象を受ける。

■姉妹の影絵
その関係が近いほど、素直に謝りづらいというのはよく分かる(冒頭の高校生の相談が効いている)。
姉妹が仲のよかった子供の頃に戻って、影絵で姉に謝る優希。
姉の方も影絵で謝り、母の葬儀の時に「お母さんは、病気と精いっぱい闘った」といった理由を優希に話す。
そうだよね、姉も母が亡くなってとても悲しかったんだよ。
その悲しみが大きすぎて、少しでも軽くしようと思っただけなんだよ。
優希はその言葉に「分かってる」というが、母が亡くなって姉も悲しかったことなんて、言わなくっても分かっているよね、家族なんだもの。
その悲しみ方が姉妹でちょっと違っていただけなんだ。

影絵にしたのは、優希はカニ、姉はアヒル。
カニは影絵によくするが、鳥は鳥でも何でアヒルなのか。
カニは、前に進めず、ちょこちょこと横歩き、声を発することはない。
アヒルは飛べない鳥の代表で、鳴き声がうるさいかな。
優希と姉の優見のキャラクターを表しているのではないか。
そういえば、トムさんの影絵は、カタツムリだった。
カタツムリは、自分の体に重い物を背負って、その歩みは遅い。
トムさんがカタツムリだとすれば、これが暗喩となって次回のトムさんの回に繋がってくるのか。

■清原果耶の演技
やはり、「泣き」の演技、涙を流すシーンはここにとってあった。
清原果耶の「泣き」の演技をかなり見てきたが、今回は涙を流しながらも、セリフの声のトーンなど感情の高まりの表現はかなり抑え気味だ。
そして、今までになく目が真っ赤になっている。
今までは目があまり赤くならず、涙が流れるという演技も多かったが、今回は違う。
真っ赤になった目、今までずっとため続けてきた感情がついにあふれ出したかのように、とめどなく頬を伝わり、顎からこぼれ落ちる涙。
少し呼吸が乱れ、鼻がひくつき、言葉を発する口元が微かに震えている。
母を亡くした優希の感情の発露がそこにあった。
でも、その言葉、セリフは乱れない。
表情だけでなく、その言葉でも優希の感情がきちんと伝わってくる。
このドラマをずっと見続けてきたので、ここで泣いているのはまさに優希だと思える。
もっと感情的に、激情的に演じることもできただろうが、それをしたのでは優希ではなくなってしまう。

そういえば、優希の姉優見役の菅野莉央は、アミューズ所属だった。
今年の大河ドラマにも出演しているらしいが、どっちも主演女優がアミューズじゃないか。
それはともかく、この姉役はほんとうにぴったり。
悪い人ではないが、キツいことを言う人役がはまっている。
表情の演技もいいのだが、セリフ回しがうまいと思った。
自分がほんとうに姉に責められている感じがして、そのセリフから姉の妹に対する感情が手に取るように感じられた。

■4人の後押し
姉と言い合いになってしまったが、父が現れたので言い争いは中断。
辛子を買ってくるといって外に出る優希だが、外に出ると「散歩」に来ていた広海に会う。
辛子を買いに来たのに、その手には母の遺灰もあったということは、今度こそ遺灰を海にまこうと思っていたのだろう。
浜松まで来てくれた広海に自分の母のことを話したが、なかなか母の遺灰をまく踏ん切りがつかない。
そんな優希に、後押してくれる人はもう3人いると、広海は言う。
そして、広海の助言で、優希は4人に対して「告白」をするが、SNSでの告白ってのが今っぽい。
相手がひとりなら電話と言うこともあるだろうが、自分の気持ちの整理もかねて、文字で伝えた方がより伝わるだろうか。
この「告白」のメッセージが優希の声で読み上げられるのだが、その言葉遣いがとてもやさしく、心地いい。
「前へ進めって、みんなの心の中の手で、私の背中を押してくれませんか」
そんな言葉を清原果耶の声で聞けるのは、清原果耶の声のファンとしては堪りません。
そして、このメッセージを読むときの4人の表情がまたいい。
4人の個性がしっかりと出ているが、特に愛莉役の見上愛の表情が素晴らしい。
自分の「告白」をしっかりと受け止めてくれた優希のこのメッセージを読んで、愛莉がどんな表情をするのか興味があったが、期待以上だった。
優希がずっと心の内に秘めたものがついに優希の言葉で聞けたことで、愛莉の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
優希の「告白」を受けて、東京にいてリモートで優希の背中を押すような人たちじゃないことは、このドラマを見ていれば十分分かる。
優希の前に現れ、4人並んで優希に微笑む姿は青春ドラマっぽい。
愛莉は「背中を押しに来た」と言い、まひるは「手を貸しに来た」という。
自分が優希にしてもらったことのお返しに来たのだ。
優希とは心配性同盟の仲間で、とにかく配慮の人である虎之介は「ちょっと散歩がてら」。
東京から浜松まで「散歩」に来てもいいじゃないか。
遺灰をもって桟橋に立つ優希の背中を文字どおり押す姿も、めちゃくちゃ青春ドラマっぽくていい。
優希の背中を押した4人の手のじんわりとした熱がこちらにも伝わってくるようだ。
ここまで、ドラマ的なシーンはあまりなかったのだが、優希姉妹の対峙のシーンがなかなかハードだったので、仲間とのシーンはこのぐらいベタでちょうどいいバランスになっているかもしれない。

優希は4人の「手」助け、やさしい後押しで桟橋の先に立つ。
優希が自分の手で遺灰をまくのではなく、手に取った遺灰が風にさらわれていくのがよかった。
4人の後押しで優希が桟橋に立つことができれば、自然と優希は息ができようになるのだ。
母の死に向き合いきれない自分に負い目を感じながら、友人たちの「後押し」で4年かかって母の遺灰をまいた優希。
4年という時間は、母の死と向き合うための時間であるとともに、その背中を押してくれる人たちと巡り会うための時間だったみたいだ。

このシーンの桟橋のロケーションが最高だった
設定は浜松だが、ロケ地は千葉の模様。
ドローンと使った引きのショットからの優希のクローズアップもよかった。

母の遺灰をまくセリフのない、表情だけの演技が清原果耶の真骨頂。
母との別離の悲しみ、心の拠り所をついに失ってしまった虚無感、そして自分の背中を押してくれた手のやさしさと確かさ、熱を感じられた幸せが、その表情に移ろいゆく。
このドラマの撮影は清原果耶のスケジュール待ちだったというが、このシーンを見ればその期待に十分応えるものだったと思う。

4人に後押しされて遺灰をまく優希の姿を父と姉が自宅の2階から見届けているシーンが個人的には大のお気に入り。
姉の優見は、優希の「私決めたから」という言葉を聞いてから、優希が突然実家に帰ってきた理由を父に話したんだろう。
ほんの短いシーンだが、優希の姿を見つめる父と姉はどんな思いで見ているのだろうと感じ入ってしまういいシーンだ。
4年前に自分が遺灰をまいたことを思い出して優希の今の気持ちに想いをはせているのか、家族である自分が優希の背中を押してあげられなかったことの後悔か。

無口な父が仏壇に向かう優希に「からっぽじゃさみしいだろう」と道ばたに咲いていた一輪の花を差し出すシーンもいい。
かけた言葉は少ないが、父親のやさしさがじんわりと伝わるセリフと表情だった。
優希の母は、きっと花のような人だったのだろう。

5人にとっては、どんな遠い場所へ行く卒業旅行より素晴らしい、忘れられない卒業旅行になった。
5人で見た夕日の美しさは、ずっと忘れられないと思うよ
5人で優希の実家の銭湯「恩の湯」に入って湯上がりに談笑するシーンがあったが、女優陣が風呂上がりっぽい薄いメイクになっていたのが貴重なショット。

そういえば、このドラマのように
・同級生男女5人
・女性主人公は高校卒業後に実家を飛び出したが、その女きょうだいは
 地元に残って働きながら実家の手伝い
・主人公と女きょうだいの関係がギクシャク
・「手」当て
・銭湯で5人が談笑
というようなドラマをどこかで見たような気がする。
たしかNHKのドラマで清原果耶が主演だったような気もする。
まあ、オマージュでしょうね。
でないと、優希の実家が銭湯という必然性が全くない。

■優希と広海の関係
他の3人は一泊したのか、日帰りだったのか不明だが、夜の海辺に優希と広海がふたりで佇んでいる。
波の音が心地よい。
優希とはしばらく会えなかったが、心の支え、心の中にいつも優希がいて、友人としての信頼以上のものを優希に感じている自分を再確認した広海。
だけど、あの会話の流れで、いきなり手を握るとか「好きだよ」と言わせるとか、広海がやらなさそうな行動と言わなさそうなドストレートな告白をさせるなんて、この脚本はずるい。

優希の方は、広海に対する「好き」の感情ははっきり意識していたものの、直接会えなくても平気な自分にちょっと不安になっていた(ノーコンタクトではなかったから問題ないが)。
優希にしてみれば、自分がとても辛い状況のときに、広海が浜松まで「散歩」のついでに来てくれて、やさしく「後押し」のサジェストしてくれたことは、本当にうれしかったに違いない。
好きな人にこの状況でこんなふうにされたら、そりゃたまらんわ。
その日の夜に広海が優希に告白でしょ。
告白のタイミングとしてはこれ以上ないが、天然ぶっているが広海は意外と策士、やり手かもと思えるほど出来すぎたシチュエーション。
広海は優希の前では素直になれるので、思ったことがつい口に出てしまう。
遊園地の似顔絵のときに続いて、広海の天然砲炸裂といったところだね。
「手に感情がある」といったのは広海で、優希はその言葉に応えて、広海の手を握り返したが、「好き」を言葉にはしていない。
このシーン、何となく就職後の広海との関係の伏線になっているような気がする。

そういえば、このドラマのように
・男性が右、女性が左(歩いているか、座っているの違いはあり)
・男性が不意に女性の手を握り、女性がハッとして男性の顔を見る
・握った手のクローズアップ
というようなシーンを映画で見たような気がする。
たしか、今年公開の映画で清原果耶が主演だったような気もする。
さらに、その映画について自分は駄文を書きまくったような記憶もある。
自分としては既視感ありまくりのこのシーンだが、このドラマの脚本制作の時期から考えて、たぶんオマージュでしょうね。
映画のこのシーンのファンが多く、特に女性に多い。
このシーンで、清原果耶が男性の方を見上げる表情がいい。
もちろん、このドラマでは映画とは状況が違うので、当然清原果耶の表情も映画とは違う。
その違いを楽しむのもまた一興。
演者は同じでも、メイクが違うとはいえ、表情そのものが全然違う。
映画の方はまさに「はっ!」という表情だったが、今回手を握られて、広海の顔を見る優希の顔は「はっ!」ではなくて「ほぇ?」だな。
「好きだよ」という想定外の告白を受けて広海の顔を見る優希の顔は「ほ?ほぇ?」だな。
清原果耶本人も映画のことを意識して、演じ分けていると思う。
確かに優希なら「ハッ!」ではなくて「ほぇ?」だよな、と思う。
Netflixに加入している人で、まだ映画を見てない人は見てみてください。
「青春」映画の79分頃のシーンです。

■虎之介とまひるの関係
虎之介とまひるのシーンはラブコメ風で、シリアスな展開の今回にあって、とてもほっとする。
虎之介は、まひるをまだ全然意識していない(友人のひとりという意識)。
まひるの方は、虎之介のことが「推し」以上の存在になりつつある。
虎之介と初めて二人きりで話して、敬語になっちゃうまひるかわいすぎるだろ。
しれっと、まひろが金持ちエピソードぶち込んでくるのもいい。
卒業するまでに二人の関係がどう変わるのか、変わらないのかも気になる。

■愛莉
春先に就活始めて、夏休みまでに内定もらっちゃう愛莉は優秀だな。
就職先は、大手文具メーカーの総合職と推測される。
会社としては女性の総合職はほしいが、全国異動のある総合職に女性の応募がなかなかない状況だろうから、いったん優希から離れて自分の気持ちを確認したい愛莉にはちょうどよかったのだろう。
ただ、1年くらいの研修から東京本社へ戻ってくることになった、という設定だろうか。

卒業旅行について、優希と広海、虎之介とまひるはチームになるが、自分の道を行く愛莉はひとり。
「いや、闘う。徹底的に闘う。」という愛莉がなんだか愛おしい。
「大事な」優希からあの「告白」が届いたら、愛莉なら何を置いても優希の背中を直接押しに行くだろう。
これまで登場人物のキャラクターの掘り下げを丁寧にやっているから、愛莉をはじめ、登場人物の行動に全く違和感がない。

■次回はトムさんの回(予想外)
5人以外の登場人物メインの回があるとは考えていなかったが、次回はトムさんがメインの回のようだ。
サブタイトルは「フィルムカメラと人生の日記」
「人生の日記」の伏線回収は最終回かと思っていたが、意外と早かった。
番組の企画で「マイフォトダイアリー」とかやっていたのはこの伏線だったのかと今さらながらに気づかされる。
優希の母親が関係しているので、今回の続きとも考えられるが、予告編を見ただけで設定的に厳しくなりそうなことが予想されるが、それでもトムさんメイン回を作ったのは、余程言いたいことがあると思われる。

予告編から分かることは、次のとおり。
○優希の母とトムさんは知り合いだった、というか「心友」だった。
(第5話で、トムさんが優希の母の遺灰に挨拶をするシーンがあり、
 そのときにトムさんが遺灰に手を合わせながら「お久しぶりです。
 なんとか気にやってます」と言っていたので、「あれ、トムさん、
 優希のお母さんと知り合いなの?」と思った記憶がある。)
○トムさんが優希の母に頼まれたことは2つあるらしい。
 その頼み事に「人生の日記」が関係しているらしい。
○優希は母の遺灰をまいて以来、トムさんに遠ざけられている。
○トムさんは持ち物の処分を始めている。
○トムさん所有のフィルムカメラが広海の担当教授の手に渡りそう。
○優希も同じカメラを持っているが、同じカメラが2台あるのか。
○トムさんも「前に進まなきゃ」と思っているらしい。

予告編以外でも、今回の内容で、
○トムさんの左腕に大きなタトゥーあり。
○トムさんはどうも競馬ジャンキーらしい。
○なぜか優希の実家の住所を暗記していて、何も見ずに人に教えられる。
ということも分かっている。

さて、このドラマの最大の伏線のひとつ「人生の日記」だが、「人生の日記」に違和感があるのは、まだ就職したての優希が「人生の日記」という言葉を使っているからだ。
通常、日記はそれを書いた人以外が持っていることはないので、てっきり「人生の日記」を書いたのは、その日記を持っている優希だと思い込んでいた。
しかし、どうも違うらしい。
では、「人生の日記」は誰が書いたのか?
なぜ優希がその「人生の日記」を持ち、就職後にその日記を読み返したくなっているのか?
ということが疑問として浮かび、これまでの話の展開から推測されることはいろいろがるが、それは次回までの楽しみに取っておこう。
少なくとも「人生の日記」を書いたのは、優希に関係がある人、優希と近しい人というのは間違いないだろう。

気になるのは、結構年の差があるはずの優希の母とトムさんがどうやって知り合って、「心友」にまでなったのかということだ。
優希の母が亡くなったのは40代後半と推測され(高校3年生の次女がいる)、トムさんは見た目30代で、10歳以上年の差があると思われるのに、だ。
と思っていたら、次回の先行ショットが公開されていて、優希の母はどうも看護師だったらしく、優希の母が勤める病院にトムさんが入院してきたらしい。
しかし、腕に包帯して車いすって、トムさん何をしたの?
トムさんは、なぜ優希が家族にも話していなかった遺灰のことを知っているのか、ということもずっと気になっていた。
優希が母の遺灰のことを他人に話すなんて、どんなきっかけだろう。
予告編からすると、トムさんが優希の隣人になったのは偶然ではなさそうだ。
優希の母からの依頼に関係しているとすると、どうやって優希のマンションを知ったのかも気になる。
優希が東京の大学に進学するのを決めたのは優希の母の死後。
優希の母から優希に関して何か頼み事をされたとしても、優希の東京の住所なんてその時点では決まっていないから、トムさんに分かるはずがない。
仮に何とか調べて優希の東京の住所が分かったとして、優希の隣室をどうやって確保したのか。
これを考えただけで、今回のようなしっかりとした設定を組むのが厳しいことが予想されるが、まあ、そんなところも含めてお楽しみだ。

残りは、あと2回が濃厚。
次回、第7回は、優希たちが大学を卒業するまでの話かなと思ったら、予告編で卒業式のシーンがでてきたので、やはりそうだった。
優希とまひるの袴姿、愛莉のおしゃれ系スーツ姿がは、かなりいい。
そして、卒業式の優希の手には、なぜかトムさんが持っていたフィルムカメラがある。

その後は当然就職後の話になるので、就職後の話は最終回のみか。
広海に関して伏線になりそうな出来事が一向に回収されていないので、そのあたりがからんでくるんだろうと思っていたら、ロングバージョンの予告編、そして番組ホームページアップされた次回のあらすじには重要な情報があった。
英語で書いた広海の論文は雑誌に投稿されたのだろう(学部生の論文が雑誌に投稿されるのはあまりないと思うが、アメリが留学の経験のあるギフテッド広海なら十分あり得る)、それがアメリカの大学の教授の目に留まり、研究のお誘いが広海の元に届く。
広海は優希のことが気がかりなのか、あまり喜んだ様子ではない。
優希がネットで「遠距離恋愛 不安」と検索する様子が映っている。
やっぱりそう来たかと言う展開ではある。
前回ちらっとパソコンの画面に映った広海の論文が英語だったし、初回冒頭で優希が広海と別れたらしいシーンを考えたときに、別れる理由として有力だったのが、広海の再渡米だったからだ。
笑顔で広海と並んで歩く優希の手が広海と恋人つなぎになっているという眩しすぎて、目が潰れそうになるシーンも次回の予告編にあったので、優希の不安そうな表情を見るとほんとに気の毒といった感じだ。
ただ、初回冒頭のシーンでは、広海はまだ日本にいて、服装も大学生の時と変わっていない。
広海がアメリカに行くのをやめて、日本の大学院にでも進学したか、アメリカ行き待機中なのか。

初回の冒頭で、ふたりは一緒に見たサメの映画の話をしている。
優希と広海が出会ったばかりの頃、恋人に振られたばかりの優希を広海が誘ったのが「フライングシャーク」という映画。
2年後にふたりは、その続編を見て、第1弾では飛ばなかったサメがようやく飛んだという話をしている(タイトルどおりになった)。
「続編、来年公開だって」、と優希が話すと、広海は「来年かあ」と意味ありげなことを言う。

初めて映画を見たとき、相手に気を遣わず自由に食べたポップコーンは、映画が終わったときには、ちょうどなくなっていた。
2年後は、違う。
映画を見終わってもポップコーンはなくならず、余ったポップコーンを広海が一人で食べている。
それを見た優希は「無理しなくていんだよ」と広海に言うが、広海はその声が聞こえていないかのように全部食べてしまう。

第6話までの本編と第7話の予告編を見たうえで、初回冒頭のシーンを見ると、ふたりが別れてしまった理由がなんとなく想像ができるが、それは最終回までのお楽しみ。
いずれにせよ、ふたりの過剰なまでの「やさしさ」が関係してくるのは間違いないだろう。

いいなと思ったら応援しよう!