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ドラマ「マイダイアリー」第8話の感想

■「ギフトとじぶんの役目」

第8話は、ついに5人が大学を卒業した後の話になった。
優希がクリスマス前からその2か月前を振り返る。
予想はしていたが、予想以上に切なく、ほろ苦い話になっていた。
ストーリー自体はほぼ予想どおりだったが、優希と広海の行動に至る心の動きについては少々意外というか、腑に落ちないところがある。
自分が思う以上に、このドラマは「大人になるということ」というテーマが大きな比重を占めているようだ。
「じぶんの役目」を意識して、自分の役目を全うしようとするのが大人になることだと前回書いたのだが、大人になる途中のふたりは、「じぶんの役目」を捉えること、その全うの仕方がうまくできていない(いい年になってもなかなかできるものではないが)が故の、すれ違いを描きたかったのかなと思っている。

■「優希の暴走」

今回は、きっと切ない話になるだろうとは思っていたが、いままで見た映画やドラマのなかでも、一番くらいに切ないシーンがあった。
切ない話はいいのだが、視聴後感がよくない。
見終わったときに何かモヤモヤした感じが残る。
その理由を考えてみたが、「優希は、なぜ広海と別れてまで広海の後押しをしようとしているのか?」という点が腑に落ちていないからだということに思い当たった。
結論として、優希はそういう選択をするだろうというのは、かなり前から想定はしていたが、腑に落ちていないのは、優希がその決断に至るまでの過程、心の動きに不可解なところがあるからだ。
優希が広海に決別の宣告をするまでに、いろいろなことが起こるが、その出来事が優希の行動にうまく結びついておらず、唐突感があるからだと思う。
広海じゃないけれど、優希に対して「全然分かんないんだけど。何でそんなこと言うの?」って思う。
 
そのことを考えているときに、このドラマの脚本家からこの第8話についての投稿があった。
最近ドラマ放送後の翌日に、このドラマの脚本家としてドラマを見た感想が投稿されているのだが、演出と演技という「解釈」を経て作品となったものについて、そのドラマの骨格を作った脚本家に客観的な感想を投稿してもらえる、とても参考になり、ありがたいことなのだが、ここ最近は自分の書いた脚本の補足になりつつあるのは、あまりよいことではないかなと思う。
第8話についての投稿を読んで、自分の「解釈」と合致する部分も多かったが、その意図はドラマを見ただけじゃ分からないよ、という点もあった。
極めて粗く要約すると、優希があんな唐突な行動を取ったのは、優希の幼さ、短所、やさしさに対する不器用さゆえのことで、相手に対する想いが強いからこそ犯してしまう失敗を描きたかったんだそうだ。
あの唐突な優希の行動は「優希の暴走」らしいが、正直放送を1回見ただけでは分からないし、ピンとこない。
自分が第8話を見た限りでは、優希は、広海に対する今の「自分の役目」が広海の背中を押すことだと思い込んで、決別を宣告している、という解釈で清原果耶は優希を演じているように見えた。
学生時代の優希は、別れ話をされそうな彼氏からの呼出に、拾ったリックを持って行ってしまうような人だったが、就職してから優希は「大人になっても、お互い変わりませんな」と虎之介に言われるように、相変わらず絆創膏を持ち歩いている。
優希が、なぜ広海に対する今の「自分の役目」は広海の背中を押すことだと思い込んでしまったか、そこがドラマの中で描き入れていないのが、優希の行動の唐突感につながっているのだろうと思う。
もともと非常に繊細で微妙な感情の積み重ねを描いているドラマなので、優希の行動につながる背景、設定のセットアップをかなりうまくやらないと、見ている視聴者は「なんで?」ということになり、置いてきぼりを食らう。
第6話、第7話はそのあたりが非常にうまくいっているなと思っていたのに、このドラマのキーとなる優希と広海の関係のところで、置いてきぼり食らった感じなので、とても残念だ。
脚本家の「これを描きたい」という気持ちが強すぎたのか、「暴走」気味だったのは、優希ではなく脚本家の方だったのかもしれない。
もう少しだけ視聴者に「やさしい」脚本だったらよかったのにと思う。

■怖れと嫉妬

広海がついた「やさしい嘘」が優希にばれるのが、広海のアメリカ留学時代の同級生出口楓の出現によってではなく、他のきっかけであったら、その後の展開は変わっていただろう。
 
付き合い始めてから1年以上けんかしたこともない順風満帆の(少なくとも周りからはそう見える)優希と広海の前に突然現れる人物の設定、演出としては、あまりにもえげつなさ過ぎるのが出口楓だ。
○広海がアメリカにいるときに「お世話になった」女性
○聡明で、明るく、積極的かつ「女性的」
○優希と広海と同い年なのに、ギフテッド広海が「到底敵わない相手」と敬意を込めて敬語を使うほどの数学の天才
○広海に対するギフトが自作の数学の問題(優希は市販のお菓子)
○広海の前に現れた理由が広海を「叱りに来た」こと
広海に関しては、恋敵など存在せず、自分と誰か他の女性とを比較することなんて想像すらしてこなかった優希にとっては、あまりに「強すぎる」相手だ。
相手に対する嫉妬以上に、強すぎる相手に圧倒され、気後れの方が先に立ってしまうような相手から広海の「やさしい嘘」がもたらされるのだから、優希の動揺は計り知れない。
優希は、動揺しすぎて、もはやフリーズ気味になっている。
アメリカの大学からのオファーを断った理由を広海に確認する優希の姿には、優希の部屋から遺灰を見つけてしまった優希の姉の姿が重なる。
あっさり嘘をついていたことを認めた広海に「なんで言ってくれなかったの?」という優希の気持ちはよくわかる。
「やさしい嘘」というが、その嘘が「やさしい」のは、自分を利するためにつく嘘ではなく、相手のことを思ってつく嘘からだ。
広海が優希に語った嘘の理由は、極めて自己防御的で、優希のためとはとてもいえない。
動揺を隠しきれない優希は、思わず広海に対して「あなたは特別」という言葉を使ってしまうが、動揺しているのは広海も同じで、「あなたは特別」という言葉に過敏に反応してしまい、「優希はそういうことを言わない人だと思ってた」と言ってしまう。
ふたりのはじめてのけんかが、広海の最もセンシティブな「ギフテッド」という部分についてだったということが、その後のふたりの行動に影響しているというのもよく理解できる設定だ。
広海との初めてのケンカの後の帰り道に優希のモノローグがある。
 私は帰り道、なぜだか広海との未来を想像した
 10年後も、20年後も、私の隣には広海がいて
 それはとてもうれしいことだけど、
 その未来はあったはずの広海の可能性を奪うことで成り立つんじゃないか
 そう思うと、どうしようもなく怖かった
広海と付き合い始めてから1年あまり、今までおそらく考えもしなかった広海との将来を想像する優希だが、「やさしい」優希には、自分が最も大切に思う人の犠牲の上に自分の幸せがあるなんて耐えられなかった。
「どうしようもなく怖かった」という怖れと、今まで感じたことのない嫉妬を伴った敗北感が優希の判断を狂わせ、優希の「暴走」につながったと考えると、腑に落ちる感じがする。
 
ドラマの演出の中で一番いやらしいというか、えげつないと思ったが、楓にミニスカートを履かせていることだ。
優希、まひる、愛莉の3人の衣装は、肌の露出がほとんどない。
特に優希の服は地味で、あまりおしゃれとは言えない。
就職してからは、仕事着は教員らしく特に地味で、普段着も広海の表彰式の衣装もローゲージのカーディガンに白のワイドパンツと秋服としてはごく普通。
一方、楓は色味こそ紺だが、フリルのついたシャツに、ミニスカートとハイソックス。
優希が飲み物を買いにいって戻ったときに、壇上で広海と談笑する楓のミニスカート姿を優希に(そして視聴者にも)見せる。
楓のミニスカート姿に視聴者の自分ですらドキッとさせられた。
広海の受賞祝いに市販の菓子を持っていった優希が、自作の数学の問題を「ギフト」として広海に渡している楓を見て、「自作の問題かぁ。強いな。」とすっかり気後れしているところに、これを見せられたときの優希の心のざわつき加減は想像するに余りある。
草食系理系男子の代表みたいな広海と優希の関係だから、付き合い始めて1年経っても「大人」の関係にはなっていないのではないか。
手をつないで歩き、キス止まりの高校生のような付き合い。
普通なら、優希が就職した時点で、同棲していてもおかしくない状況だが、このふたりならそういうこと自体考えもしないだろうなということは、このドラマを見ていれば分かる(同棲している優希と広海は見たくはないが)。
「女性」の部分でも自分が敵いそうにもない楓という女性に対して広海が「お世話になった」と言っていたら、その時点で優希はもう冷静な判断が出来る状態ではないだろう。
特に人間の感情の中で一番厄介な感情であり、制御が難しい嫉妬という感情に、その感情に向き合ったことにない優希は、すっかり翻弄されてしまったのではないか。
優希の中の方位磁石が狂い始めているので、全然別物であるはずの生徒の進路指導に関する先輩教員のアドバイスを広海のことに当てはめてみたり、本当は比較する必要はないはずの楓と自分を比べてしまっている。

■白い悪魔の囁き

久しぶりに5人で集まったのに、広海と自分とのことで気まずくなった雰囲気のまま、優希がひとりで帰る途中で、楓に会ってしまったのが運の尽き。
優希は、広海の「出口さんにはお世話になりました」発言が気になって仕方なかったので、明日アメリカへ戻ってしまう楓を引き留めて、話を聞く。
聞かなければよかったのに、楓が広海をお世話した内容というのが、
○楓は、自分がずっと取り組んでいた数学の問題を先に解かれてしまって、「燃え尽きて」引きこもりになってしまった広海に、毎日弁当作って持って行った。
(もしかして先に解いたのって楓なのか? それにちょっと責任感じて弁当作って持って行ったとか。)
ということだった。
外見からは想像できない楓の意外な側面。
広海の胃袋を掴んでいたのは優希だけじゃなかった。
(優希の作るカレーはおいしそうだったけどな)
「家庭的」な部分でも優希が上回っている要素がなく、全局面で完敗の模様。
それに、自分の他にも広海を支えていた人がいて、その人が今もアメリカにいるということが分かった優希は、広海にとっての自分の存在意義がますます危うくなったのを感じてしまう。
 
楓がいっていることは本当のことだと思う。
嘘をついたところで、広海に確認されればすぐに分かってしまうからだ。
でも、優希に聞かれたからといって、ここまで詳細に話す必要があるのだろうか。
優希の方から聞いてきたとしても、広海のことについて何をどこまで話すかは楓次第。
優希から広海に関することを聞かれたのを利用して、優希が広海の「背中を押す」ように巧みに誘導しているように見えるのは、気のせいだろうか。
 
楓は、アメリカの大学からオファーを受けたのに断った広海を「叱りに」来た。
でも、優希に会って、広海が日本に残った理由を察した。
同じ日本人と言うくらいにしか認識していなかった広海が引きこもりになって甲斐甲斐しく弁当を届けるなんて、楓が広海に対しての何らかの好意がなければそんなことはしないだろう。
日本に来たときに、わざわざ広海を「叱りに」来たのも、そういう理由だ。
そこで知った広海が日本に残る理由、恋人の優希の存在。
ちょっとした嫉妬も感じて、飲み物を買いにいった優希が戻ったのが視界の端に見えたのに、優希が知ったら広海ともめるかもしれないような話を続けている。
(ドラマのシーンで、その位置なら優希が戻ってきたのが分かるはずなのに、話を続ける楓にどきどきした。)
 
広海に対して、日本に恋人がいるなら仕方がないと思った楓だが、オファーがあるなら広海にまた挑戦してほしいと思っていたのは確かだ。
その楓に優希は、
 私が、私たちが徳永君の居場所になっていることが
 本当に徳永君のためになっているのかわかんなくなっちゃって
 出口さんならどうしますか
と聞いてしまう。
ほぼ初対面の恋敵に普通そんなこと聞かないだろう、というツッコミ多し。
普通ならそうだが、そのときの優希は普通ではない。
優希が広海に関する悩みを他に聞く相手がいないところに、広海を「知っている」人、広海が「尊敬している」人、自分は何ひとつ敵わない人が目の前にいるなら、優希が聞いてしまってもおかしくはないと思う。
この問いを楓に発してしまった優希に「白い悪魔」が囁く。
 やさしい嘘をつきますかね
 やさしい嘘は大切な人の背中を押す最後の手段ですから
 それがせめてもの、最大限の愛情なのかなと
 ただ、まあ、相手も自分も傷つくことになると思いますけど
自分から言ったわけではない。
優希から聞かれたので、「私ならこうする」ということを話しただけ。
ただ、その言葉選びは、優希を動かすのに最も効果的かつ甘美なのものだった。
「やさしい」
「大切な人の背中を押す」
「せめてもの、(首を振りながら言い直して)最大限の愛情」
「『最後の』手段」、「相手も自分も傷つくことになると思いますけど」という留保をつけるのも忘れていない。
仮に、優希が楓にこんなことを言われたと誰かに話したとしても、広海と別れるように楓が優希をそそのかしたとは思われない内容だ。
これが意図的な誘導なら、あまりにも完璧な誘導だ。
完璧すぎて、言われた優希は誘導されていることに全く気づかない。
ラーメン屋に入るときに優希に言った「私と手を組みませんか」という言葉すら、優希に対してのサブリミナル効果を狙ってのものとも思えてしまうほどだ。
 
楓は、偶然会った優希から聞かれたことに素直に答えただけかもしれない。
ただ、結果として、楓の答えは優希にとって「悪魔の囁き」となり、優希は悪魔と手を組んでしまったことになる。
冷静に考えたら、広海の背中を押す手段なら他にもあるはずなのに、いまそれを言う必要はないのに、「洗脳」されたような状態になってしまった優希は、広海に対していきなり「最後の手段」を使ってしまう。
広海の嘘が分かってから、優希が広海に「別れの宣告」をするまで、おそらく1週間程度しか経っていない。
(広海の表彰式に渡そうとしていた半生っぽい菓子を、「別れの宣告」の日にそのまま渡しているので、そんなに日にちは経っていないはずだ。)
そんなに性急に決めなければならないことではないはずなのに、優希は結論を急いだ。
広海と仲直りをしてしまえば、その状況に甘えて「自分の役目」を果たせなくなる、広海の背中を押せなくなる、広海の背中を押すのは今しかないと思ったのかもしれない。
それが、広海と自分をどれだけ傷つけることになるかを知らずに、広海の背中を押せるのは自分しかいない、自分が広海と別れることが広海の背中を押すことになる、それが広海に対する「自分の役目」、広海に対する「最大限の愛情」だと信じ込んで。
そう信じ込んでしまったことが「少しずつ大人になった」はずの優希の未熟な部分だと言ってしまえばそれまでだが、優希がいきなり「最後の手段」を使ってしまった理由、「別れの宣告」をこれほどまで急いだ心の動き、これがドラマでは十分に描かれないまま、優希と楓が話したシーンから、いきなり「別れの宣告」の喫茶店のシーンに繋がってしまっているので、優希の行動に唐突感があり、「何でそんなことを急に言うの?」ということになっていると思う。 
ここの優希の心の動きは非常に繊細で、これまで描かれていた優希の人物像だけでは、その動きを察することはできないし、視聴者がそれを考える時間も与えられていない。
「別れの宣告」の喫茶店のシーンの前に、優希の心の動きがもう少し分かるようなシーンがあったらな、と思わずにいられない。

■広海の気持ち

かなり唐突感のあった優希の行動に対して、広海の気持ち、感情の動きはよく分かる。
ギフテッドとして孤独に生きてきた広海が、日本でようやく得た友人、恋人を手放したくなかった、またひとりぼっちになりたくなかったというのはとても理解できる。
広海の核であり、大好きな数学の研究により没頭できる環境、学生から一研究者となる機会を諦めても、手放したくなかった大事なものだったのだ。
大人になりきれない子供が、自分の手にしていたものを手放せず、自分の本当の気持ちを隠し、自分の大切な人に嘘をついてしまったというのは、優希と同じ。
おそらくここは、優希と広海がパラレルになるよう意識されていると思う。
(遥斗ですら、自分の宝箱の中から「幸運の」フィルムカメラを出して、優希に渡したのにね。)
広海の「ギフテッド」が、数学という就職に結びつきにくい分野だったというのもポイントのひとつだと思う。
理学部数学科を出てその専門性を生かそうとするなら、高校の数学の先生か、研究者ぐらいしか途がない。
(このあたりは、理学部数学科出身の脚本家の経験が生かされているような気がする。)
広海なら研究者の途しかないと思うが、自らその道を閉ざした理由が恋人としての自分の存在だと知ったら、その事実が重く優希にのしかかってくるのは当然だと思う。

■別れの宣告

喫茶店での、優希と広海の会話のシーンは、切なすぎるが素晴らしいものになっている。
まず、ふたりのセリフが素晴らしい。
脚本家の渾身のセリフだろう。
広海が自分のギフトが何なのか分かったと語る。
ギフトはそれがギフトだと分かるように包まれて、初めてギフトだと認識できるようになるというのは、喜田教授の受け売りだが、広海にとって優希がギフトだというのは、まっすぐな本当の気持ちだというのが伝わってくる。
仲直りをしようとする広海の言葉を遮って、優希が放つ「待って」という言葉のトーンは、強く、冷たく、硬い。
 もし、これから先、またアメリカの大学からとか、
 そういうことがあったらどうする?
こんな声のトーンで、優希が広海に質問をしたことがあっただろうか。
その声のトーンと質問の中身にちょっと驚いた様子の広海だが、素直に「僕は、優希と一緒に生きていく道を選ぶと思う」と答える。
広海が自分のことを「ギフト」と言ってくれたことは、優希にとって、その言葉どおり、本当にうれしかっただろう。
もうこのあたりから優希の目には、涙が浮かび始めている。
その後の優希の切り返しがすごい。
 私は包み紙とリボンだよ、ずっと取っておくものじゃない
 役目を終えたら捨てていいものなんだよ
 私の役目は終わったんだよ
広海自身が言った言葉を捉えて優希が放ったカウンターに戸惑う広海。
 そのいつかに、私はいないよ
 そのいつかに、私はいない
ゆっくりとした口調だが、決然とした口ぶり。
冷たく突き放した口調ではないのに、この言葉を聞いたときの絶望感はどうだろう。
 
優希の表情は、穏やかだ。
なぜか笑っているような顔、口角が上がっている。
強がっているという感じはあまりしない。
聞き分けのない子供を諭すようでもあり、自分自身に言い聞かせているようでもある。
広海の言葉に心が揺れながらも、必死に「自分の役目」を果たそうと言葉を続けるが、広海のまっすぐな言葉に涙がこぼれ始め、ついに言葉が継げなくなってしまう優希。
 
広海の涙のシーンは初めてだったが、佐野勇斗の表情、セリフの言い方も素晴らしい。
まさに、そこにいたのは、大人になれずに泣いている広海だった。
まるで、拾われた子犬が自分を捨てようとしている飼い主の足下にすがっているよう。
(楓も広海を犬扱いしていたな。)
このシーンの優希を演じる清原果耶については、言うことはない。
清原果耶なら、これができると思うからだ。
表情のコントロール、セリフの強弱、声のニュアンスの付け方、ちょっとだけ視線を外す目の動き、そして涙を流すタイミングとその流し方、もはや、ちょっと怖いほどの完成度だ。
脚本とふたりの演者の素晴らしい演技によって、このシーンの切なさは今まで見たことがないほどになっている。

■ふたりの歩幅

ふたりの歩幅が一緒だということを確かめようという広海。
店を出て歩き出すふたりだが、広海が先を歩き、優希がその後を歩く。
優希が並んで歩いていないことに気づいていないのか、広海はその歩幅を優希に合わせることはない。
わずか半年前は、ふたりは笑顔で手をつなぎ並んで歩いていた。
眩しいほど幸せそうな光景を知っているだけに、このシーンは寂しすぎる。
 
行き先は映画館。
2年半前にふたりで初めて見た映画の続編「フライングシャークⅡ」。
前の彼氏にフラれたばかりの優希に寄り添ったのが広海だった。
仲が悪くなったときに、仲がよかった時と同じことをしてなんとかしようとするのはよくあるパターンだが、だいたいうまくいかない。
そのときにように、ボックスのポップコーンをふたりの間において食べ始めるが、2年半前は、お互いが気をつかわなくても映画が終わったときにちょうど食べ終えていたポップコーンが、今は余っている。
今のふたりのすれ違いを確認しただけだった。
映画を見終わってすぐに帰ろうとする優希を「もう少しだけ」と広海は引き留める。
 
そして、第1話冒頭にあった川辺でふたりが話しているシーンに時間が追いつく。
第1話冒頭のシーンと比較すると、カットされているシーンもあるが、第1話が引きの画で撮っていたのに対し、今回は寄りで撮っており、第1話では見えなかったふたりの涙が見える。
第1話冒頭の優希の服装で、このシーンの季節がよく分からなかった。
このシーンの前の広海の表彰式のシーンの時の優希の私服とか、優希の学校での服は、はっきり秋とわかるのだが、このシーンの優希の服装は、色味的には秋ぽいのだが、服の形がそうとも言い切れず、春かもしれないと思わせるもの。
第8話に繋がるこのシーン、「このドラマの要」のシーンがいつの時点のものか、曖昧にするために、この服を選んでいたのかもしれないと思った。
(卒業後ということは分かっても、その時期が春か秋かで、このシーンの意味合いが全く変わってくるからだ。)
 
さっき見た映画について話すふたり。
優希の表情もさっきまでの硬い表情とは違い、すこし柔らかく穏やかだが、ふたりの視線は合っていない。
「フライングシャーク」と言うタイトルなのに前回は飛ばず、今回ようやく飛んだと話す広海。
今の状況を考えると、とても意味深だ。
続編は来年公開だと話す優希に、「来年かぁ」とこれまた意味深につぶやく広海。
このふたりが来年「フライングシャークⅢ」を一緒に見ることはないんだろう。
ポップコーンが入ったボックスを抱えたまま、余ったポップコーンを口に入れる広海。
「(ふたりの関係は)もう冷めているよ」
「(私のためにアメリカに行くこと諦めるなんて)もう無理しなくていいんだよ」
そういう優希の表情は、恋人ではなく、子供を心配する母親のようだ。
ポップコーンを食べ終えた広海が優希の頬にそっと手を触れ、キスをする。
キスをした瞬間に、優希の頬を一筋の涙が伝い落ちる。
その瞬間、優希は広海と初めてキスをした日のことを思い出し、そしてこれが最後のキスになることを感じたのだろうか。
優希の涙を流すタイミングの完璧さ、涙の流し方の美しさは、もはやCGで後から足したんじゃないかと思わせるほどで、清原プロの技量に唸るしかない。
涙を流すタイミングも打ち合わせた上で現場の撮影は行われているはずだが、現場でこのシーンを見ていたら、感動するよりも、びっくりして震えが来そう。
 
ふたりの歩幅があっていたことの象徴だったポップコーンのボックスを「捨てておくよ」という優希。
優希を引き留めることができない広海の情けないやさしさが切ない。
ここで、優希に「(今まで)ありがとう」としか言えず、泣いてしまうのが広海なんだよ。
 
どうしようもなく切ない別れのシーンだが、優希は広海に対して「別れる」という言葉を一言も言っていない。
優希に「好きだよ」と言葉にした広海に対し、優希はそれを言葉にせず、広海の手を引き寄せて握り返しただけなのを思い出した。
優希は、広海と「別れた」つもりはなかったのか。
優希は、広海の背中を押すことだけを考えていたのかもしれない。
 
最後のシーンは、2か月後の12月の場面だが、そのときの優希の表情はどうだ。
無表情に近い、心をなくしたような表情。
「最後の手段」を使ってしまったことの傷は、優希にとってもかなり深かったようだ。

■やさしい嘘

優希は、広海に「やさしい嘘」をついた。
「やさしい嘘」というけれど、その嘘の何が「やさしい」のか?
相手のためを思ってつく嘘だから、やさしいのか。
優希は、喫茶店で広海に語りかけるが、その言葉のどこが「嘘」だったのだろう。
「私の役目は終わったんだよ」という部分については、優希は本当にそう思い込んでいる。
「広海は遠くに行ける人だよ。行くべき人なんだよ。」というのも、優希は間違いなくそう思っている。
数学という広海の核をなす分野に優希は入り込めないと以前から思っていた。
それと同時に、「ギフテッド」広海が数学の分野で今どれぐらいすごいのか、広海が「遠くに行ける人」なのかどうかを計りかねていたところがあると思う。
その広海が日本で初めて書いた論文が表彰されたことに加え、広海が数学の才能について敬意を払い敬語で話す相手である楓が広海のことを評価しているのを知り、広海が「遠くへ行ける人、遠くへ行くべき人」だというのを確信してしまった。
その確信は、優希が広海の隣に恋人として居続けることで「その未来はあったはずの広海の可能性を奪う」ことになることについての確信につながった。
「そのいつかに、私はいない」
これが、嘘なんだ。
広海との将来を想像した優希は、10年後も20年後も自分の隣に広海いることが「とてもうれしい」と思えている。
それなのに、優希が「そのいつかに、私がはいない」ことにしたいのは、本当は「その未来はあったはずの広海の可能性を奪うことで成り立つんじゃないか」という自らの疑問が確信に変わり、増幅されたどうしようもない怖れから逃れたかった自分のためであって、広海の嘘と本質的には一緒だったのだ。
それは、広海に対する嘘であると同時に、優希自身に対する嘘でもあった。 

■虎之介の告白

気になるよね、虎之介とまひるの関係。
しかし、配慮の人虎之介も自分のこととなるとなかなかうまくいかないようだ。
まひるに対する最悪の部類の告白の仕方とタイミング、そしてその撤回の仕方。
まひるは、困るし、傷つくよ。
まひるの最後の顔の演技はいいね。

■オマージュ説は否定された

そういえば、このドラマの脚本家の投稿の中で、このドラマに他のドラマのオマージュがちりばめられている説(自分もそう思っているが)を明確に否定していた。
そういう意図は全くなく、ただの偶然だとのこと。
自分だけでなく、結構な人が他のドラマのオマージュがあると感じているにもかかわらず、それが脚本家の意図するものではなく偶然だとすると、それはそれで問題だ。
そのシーンを脚本家が実際に見たことがあるかどうかにかかわらず、他のドラマと同じようなシーンが脚本にあって、それに気づかずにドラマにしてしまったら、パクリの疑いをかけられかねない。
それを避けるために、第三者がチェックして、はっきりと違うものにするか、明確にパクりではないオマージュだと分かるようにしてしまうかのどちらかにすると必要があるのではないかと思う。
このドラマを見た限りでは、いくつかのシーンについて、演出側はオマージュだと思って演出しているのではないかという節がある。
そのあたりのチェックというか、確認は脚本家とドラマ制作側の間でしないものなのか。
本当に余計なお世話だが、今の時勢に多くの人の目にとまる可能性のあるものを作るのなら、そういう配慮が脚本家も含めて必要なのじゃないだろうかと思う。

■次回ついに最終回

このドラマも次回第9話が最終話となる。
最終話なので、予告編の情報少なめ。
キーアイテムは「五角形の傘」らしい。
傘と言えば、10時さんと虎之介の話を思い出す。
予想どおり、トムさんが最終話に登場する。
優希の部屋で、「ひとりじゃないよ」といいながら、優希の頭を手でポンポン。
やはり、トムさんは優希の母親の代わりなのかな。
まひるが優希の手に自分の手を合わせて、「ちゃんといるよ、わたしたち」と言っている。
その時の優希の泣き顔は、とても切なくて見ていられない。
広海の背中を押す「最後の手段」の傷は、とても深くて、痛かったようだ。
1年前の冬と同じように、5人で優希の部屋に集まっておでんを食べるみたいだ。
広海を部屋に迎え入れる優希の顔は穏やか。
卒業式の時に撮って中身を見ないでみんなに配った写真が入った封筒を5人が持っているので、「またみんなで集まれる約束」の証だった写真の開封が、このとき5人が集まる口実なのかな。
優希の自宅ということは、まだ1枚も撮っていないフィルムカメラがあるのだが、ついにここで優希は写真を撮るのか。
そして、その「幸運を呼ぶ」フィルムカメラを広海に渡すのだろうか。
広海は何かを決断したようだが、やはりトルネードポテトのように、1周回ったが、元の位置には戻らず、先に進む、ということになるのだろうか。
 
第8話が、このドラマに似つかわしくなく猛烈に切なく、しかももやっとしたまま終わってしまった。
このドラマのことだからドラマチックではっきりとした結末にはならないと思うが、最後はこのドラマに相応しく「癒やし」のエピローグを期待したい。

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